歌月&太陽
「もう! ほんっと、信じらんないー」
「あーあ。かわいそうに。コバヤカワレイ……こりゃ、ずーっと言われるな。──まあ、いい気味だけど!」
ソファに座った兄が、にやにやと笑って言う。
打ち上げ帰りのわりには、帰宅時間も早かったし、ほとんど酔っている様子はない。
「お兄ちゃんこそ、あんなの根に持ってるわけ?」
「あたりめーだ。妹離れしろだとー? 昨日今日おまえの人生に現れたくせに、でかい顔しやがって」
「バンドの仲間だもん。兄妹以上だよね、お兄ちゃん?」
今までさんざん妹など放って、バンド活動を満喫していた兄の顔がとたんに引きつる。
「歌月、おまえ。高校卒業するまで、外泊禁止! あと、門限は八時な!」
「いーもん。来月からは私が部長だから、合宿組むもん。学校で」
「だー! よけいなことおしえなきゃ良かったぁ」
ソファを叩いて、本気で嘆いている。
歌月は、となりに腰を下ろした。
「でもね。私から言う気だったけど…………玲先輩にバンドに入れって言ってもらえた方が、うれしい」
「──そりゃそうだろ。誰だって、必要とされりゃうれしいに決まってる」
「うん。誰が相手でもね。……でもやっぱり、玲先輩なことが、いちばんうれしい」
「ほーらな。おまえは、あいつといっしょにやりたかったんだ」
こっくりと、歌月はうなずき返した。
最初に兄に問われたときは、ぜったい無理だとおもったけれど。
今ならわかる。
自分も、玲の実力にびびって逃げたという連中と、おなじだったということが。
「玲先輩のギター、聞いた?」
「聞いたよ」
「あのギターをずっと聞けるの。私のアレンジで弾いてくれるの。いっしょに、ギターで唄ってくれるんだよ。すごいでしょ?」
「ああ。必死についていく価値のあるフロントマンだ」
「ついて行く。いっしょにやりたいから。──だから、お兄ちゃんの門限なんか、くそくらえってカンジ!」
べえ、と舌を出す。
「くそぉ。おまえ、都ちゃんに似てきてないか」
兄は頭を抱えたが、歌月は褒めことばだ、とおもった。
自信があって、プライドがあって、玲に対しても堂々と一喝できる都は、鷲尾とはちがう意味で憧れだ。
女であることなど、ロックをやるのに何にもハンデではないと、彼女や『折音』の花蓮がおしえてくれている。
だから、兎ヶ丘学園軽音部の伝統として、今度は歌月が後輩たちに身をもって示さなくてはならない。
まわりが男ばかりだからって、ひるむことはないと。
自分だけの音や歌で勝負するのは、男も女も変わらない、と。
女だって本気でやれば、ちゃんと認めてもらえるのだ──と。
相手が、公平な心と耳の持ち主ならば。
「歌月。おまえら、まずは『ビートカフェ』でやれ。小さいステージでメンバーの音を聞きながらやる方が、のちのちバンドの力になるから」
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