「バンド入って、メンバーに相手してもらえ」
「じゃなくて。あのひとといっしょにやりたい、ってひとが弟先輩しかいないのかなって、おもって」
「弟先輩?」
「浦部先輩の弟。バンド仲間ってより、相棒ってかんじなの。他に入った同学年、みんな玲先輩の実力にびびって逃げちゃったんだって」
「ギターとボーカルか?」
「ううん、ベース。でも、都先輩の方がずっと上手なんだけどね」
「いやいや。都ちゃんと、凄腕のワンマンギタリストがいっしょにやるなんて考えられねーよ。都ちゃん、ぜったい譲らないだろ?」
「うん……」
「ギターは、張り合ってくるベースは大っきらいだからな。歓迎ってやつはまずいねーよ。ギターが下手なら、黙るしかないってだけで」
「…………それで、バトルが始まっちゃったわけか」
今日、学校で勃発したソロ合戦の話をしたら、兄はひとしきり腹を抱えて笑った。
「それってさ、相手を黙らそう、ってやってんじゃないんじゃねーの?」
「──どういうこと?」
「おまえの前だから、張り合ってたんだとおもうけど」
「え。なんで?」
「だって、おまえはどっちの音もリスペクトしてんだろ」
「そりゃ、どっちもすごいもん。誰が聞いたってわかるよ」
「誰が聞いてもねー」
にやにやと笑った兄は、歌月に背を向けるとあろうことかTシャツを脱ぎだす。
「ちょっ。何で脱ぐの」
「風呂入ってくる」
「まだ話のとちゅう!」
「上がってくるまで待ってろよ」
「そしたら部屋行って、鍵かけて、ヘッドホンつけてベースの練習するんでしょ。いっつもそう! ご飯だって外で食べて来ちゃうし! いつ話せっていうのっ」
廊下に出た兄が、くしゃりと頭をかく。
「おまえ、ホント、バンド入れ。そんで、メンバーに相手してもらえ」
「やだ。あの都先輩でさえ、どっちのバンドも入れないんだよ。女なんか相手にしないって言ってるみたいで感じワルイ」
「入れない、ねぇ。ていうか、──入ってくんなよ」
浴室のドアを開けながら、兄が歌月の額を突く。
「お兄ちゃん!」
「風呂につかったら声かけてやる。それまで廊下で待ってろ」
「もう!」
目の前で閉まったドアを蹴りつけた歌月は、壁にもたれた。
黙って頬をふくらませていると、兄のことばがよみがえってくる。
『それがおまえのやりたかったことなのか?』
玲のギターはすごいとおもう。
でも、あんなふうになりたいかと言われたら、ちがう気がした。
都のベースもすごい。
でも、あんなふうになったからといって、バンドに入れないのではまるで無意味だ。
鷲尾のように歌えたら──きっと、バンドをやるのも楽しいだろう。
でも、曲やバックの音をえり好みして、気に入らないものをまるっきり評価しないような人間は、理解できない。
すごい人間といっしょにやるから、よりすごいものが生まれるのではないのか。
自分が鷲尾だったら、玲や都の音を放っておいたりは、ぜったいにしない。
彼らの音は、そばにあって無視できるようなものではなかった。
強烈な自我とプライドを、持っている。
鷲尾の歌が、そうであるのと、きっとなにも変わらない。
それなのに──
「誰が聞いても、っておまえ言ったけどさー」
脱衣所に入ってからぶちぶちとそんなことをぼやいた歌月に、笑い混じりに兄が返す。
「軽音って、聞かせたいやつ、自己主張したいやつの集まりだろ。他人の音なんか、おまえがおもうほど聞いちゃいねーとおもうぞ」
「え? だって、そばで鳴ってるんだよ?」
「おまえ、興味ない授業、頭に入ってる? 右から左に抜けてくだろ?」
「それとこれとは別でしょっ」
「音楽になってない音だって右から左だよな? 聞こえてたとしても、聴かなきゃ耳に入らないものはいっぱいあるんだよ」
「……そっかな」
「で、おまえはちゃんと音を聴いてる。聞かせたいやつはな、聴く耳持ってるやつに、案外敏感なんだ」




