ブルー
「……くやしい」
「よしよし。泣かないで」
「ぐすっ。だって、ぐやしい」
「あー、ひどい声だね。しゃべらなくていいよ。それより、これで涙拭きな」
うつむいた顔に、ぼふっと布地が当たる。
タオル……ではない気がしたが、歌月は顔をうずめた。
涙を吸い込ませ、頬をぬぐって、ようやく視界が戻ってくる。
「──これ」
どこかで見たブルーだ、と歌月はぼんやりおもう。
けっこう最近ではなかったか。
記憶をたどって、はっ、と蒼太の顔を仰ぐ。
「部長、これって」
「そう。魁のパーカー」
「!────」
すでに自分の涙でぐちゃぐちゃで、部分的に色が濃くなっているが、たしかに鷲尾が着ていたパーカーの色だ。
広げてみれば、ちゃんとファスナーやフードがついている。
歌月はあぜんとした。
「気づかなかった? 一曲目の終わりに脱いで、こっちに放ったの」
「ちょっ……な──!」
何てもので涙を拭かせるのだ!
かすれた声では抗議にならないので、歌月はせめて蒼太をにらんだ。
おかげで、涙など引っ込んでしまったではないか。
「年下の女の子相手に本気を出して、つぶして泣かせちゃった男には、このくらい当然のむくいだよ」
歌月は、あと四、五分でどうにか乾くようにとパーカーを振ってみた。
それを見て、おかしそうに蒼太が笑う。
どこが笑い事なのか、わからない。
「ねえ、妹ちゃん。──ステージの魁は、かっこいいだろ?」
「……は、い」
「隣に立ちたいとおもうきもちは、おれもよくわかるんだけど……あれは、さすがにマズかったね」
あれ、とは何だろう。
歌月の視線に、蒼太はくす、と笑った。
「そうか。気づいてないか。君はね、不用意に魁の間合いに踏み込んじゃったんだよ。魁が笑ってたの、気づかなかった?」
「わらっ……?」
そうだ、笑っていた。
あれは、一曲目のAメロの、まだ出だしのころ──
「魁は、ステージに慣れてるから、マイクの位置はちゃんと加減して歌ってたけどね。あんなに近づいたら、魁の声しか聞こえなくなっちゃったんじゃない?」
こっくりと歌月はうなずいた。
笑ってないでそう言ってくれればいいのに、とおもう。
心を読んだように、蒼太は苦笑した。
「それだけじゃないよ。君、うっかりバスドラの前に立っちゃったでしょ。だから、自分の歌もよく聞こえなかったんだよね?」
「あ……」
「魁は気づいてたから、とちゅうで立ち位置を変えてあげてたけど──二番からちゃんと声が聞こえるなーとか、おもわなかった?」
「…………おもい、ました」




