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8/8 -兎ヶ丘学園軽音部ー  作者: 十七夜
1:8月の荒れ模様 シーン2-兄妹-
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「軽音部、楽しいって言ったじゃない」

「もう、軽音部なんてやめる!」


夜の十一時をすぎてようやく帰宅した兄に、玄関口でそう告げたら、ぽん、と頭を撫でられた。


「そういうことは、楽器のひとつも練習して、挫折してから言えっての」


ずっしりとけっこうな重さのギグバッグを歌月の膝に乗せてスニーカーの紐をほどく兄を、じっとりとにらみ上げる。


「鍵盤、弾けるもん」

「それがおまえのやりたかったことなのか?」

「──わかんない」

「自分のやりたいこともわかんねーやつ、誰だって仲間にしようがねーだろ」

「やりたいことがあったって、四人も五人も集まれば、どうせ揉めておもいどおりにはいかないんでしょ」

「がーがー揉めてやり合うのもバンド活動の一部じゃねーか。誰だって、自分の望みを抱えて本気でやってんだぜ?」


ひょい、とギグバッグを持ちあげた兄がリビングに向かうのを、歌月はあわてて追いかけた。


「そんなの嘘。ギターやりたいって言ってたやつが、バンドに入れてもらうために、かんたんにベースに持ち替えたりするじゃない」

「じゃあ、そいつのやりたいのはギターじゃなく、バンドでの演奏だったんだろ」


リビングの入口で、歌月はおもわず足を止めた。

ソファにギグバッグを置いた兄が、けげんそうに振り返る。


「歌月?」

「──だって」


歩み寄って来た兄のTシャツを、むんずと掴んだ。


「軽音部、楽しいって言ったじゃない。三年のひとたち、みんないいやつだよって。嘘ばっかり!」

「は? 一年をいじめるようなやつ、いないとおもうけどな」

「いっ、いじめられてはないよ。ないけど……」

「俺が三年のときの一年、四人ともいるんだろ? イケメン鷲尾は幽霊部員だったけど、他は毎日部活来てたし、まじめに練習してたぞ」


イケメンというなら兄もそれほど負けてはいないとおもうが、身長だけは二十センチほど負けている。

歌月の視線に気づいた兄は、眉を寄せた。


「え、おい? まさか、鷲尾に告ってふられたからやめる、とか言ってんじゃねーよな?」

「こっ、告ってなんかない! 第一、好きじゃないし! あんなっ、ア──」


アニオタホモヤロウ、と口走りそうになって、歌月はあわてて飲み込んだ。


「だよなー。おまえ、ギターのやつの話しかしねーし」

「ちっ、ちがっ! 玲先輩としか、関わりがないってだけ。でも、あのひとも、下らない雑用させようとするだけなんだもん」

「ふうん? 歌月は、そいつといっしょにやりたいわけか?」


おもいがけない問いに、歌月は息を呑んだ。

まさか、とおもったが、口をついて出たことばは別だった。


「ぜったい、ムリ──」

「無理かどうかなんて訊いてないだろ。やりたいのかって、訊いてるんだ」

「だって……あのひとたち、プロめざしてて」

「歌月。プロをめざしてる者同士だけがいっしょにやるんじゃねーよ。いっしょにやりたいから、どこまでもついて行くってやつもいる」

「……いっしょに、やりたいから?」

「やりたいのか?」


歌月は首を振った。

どこまでも玲について行く、なんて断崖絶壁の岩山登山に向かうよりおっかない。

しかも、彼は命綱をにぎって引っ張って行ってくれるどころか、仲間が転落したことにも気づかないタイプだ。



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