『六区バトル』の改革についての重大なお知らせ
『六区バトル』の改革についての重要なおしらせ──
SNS『六区』に登録する全住人約三万人の元へそのメッセージが送信されたのは夏休みのさなか、八月一日のことだった。
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『コピー禁になるってさ、どうしよう?』
そう、鴻池蒼太はすぐに、軽音部の仲間でありバンドのメンバーでもある鷲尾魁に途方に暮れたウサギの画像つきでメッセージを送った。
返信があったのは、それから一時間後。
こちらは、画像も絵文字もなしのそっけなさだ。
『おまえがやるなら、俺は何だって歌う。好きにしろ』
魁らしい、と蒼太は自室のベッドに腰かけたまま、手の中のスマホに向かって微笑する。
そして、傍らに置いた奇抜な色のストラトキャスターに手を伸ばした。
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「えーっと。第七回から、動画エントリー曲の統一化および公募化をはかり、すなわち『課題曲』制を導入します、だってよ」
「……どういう意味?」
スマホを手にした兄・浦部譲のことばに、箸を手にした年子の弟・徹がけげんな視線を向ける。
すると、なぜか兄弟とともに浦部家の食卓についていた徹の相棒、小早川玲が笑いだした。
その高笑いは、さながらテレビアニメの悪役のようだ。
「百コのバンドに同一曲でもって、純粋に音楽性とパフォーマンスを競わせる、ってことだろ。おっもしれーじゃん!」
「はー。よくこの王様といっしょにやってやるなんてドラマーが見つかったな、徹?」
「いや……あの話なら、消えた」
「え? また逃げられたわけ?」
「ちがう! こっちから断わったの! どんなに上手いリズム隊だろうと、ベースとのセット売りはいらねーんだよ!」
ドラマーの兄は、わめいた当人ではなくベース弾きの弟に向かって、やんわりとほほえみかけた。
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「第七回から、トップテンの決戦ライブはスタジアムでやるらしいぞ」
バイト帰りの兄が、冷蔵庫を漁りながら口を開く。
ダイニングテーブルの上に広げた宿題の英語プリントから顔を上げて、長勢歌月は小首をかしげた。
「何のはなし?」
「『六区バトル』がマイナーチェンジするって話、知らねーの? それでも軽音部員か、歌月」
「バンドに入ってないもん、私。お兄ちゃんたちのバンドだって解散したんでしょ?」
「してねーよ!」
「でも、ジョン担のリーダーが抜けたんだよね? 国外逃亡したとか」
「国外逃亡じゃなくて、海外留学な」
ちなみに、ビールの缶のプルを開けながら応じた兄・太陽は、ポール担ということになる。
ビートルズのコピーもやっていた兄たちの四人組バンドは編成も彼らと重なっていたため、歌月はそのメンバーに例えるのが常だった。
「で、オレたちはどーすっかなって話してたんだけど。スタジアムでライブとか、超燃えんじゃねーか!」
「え。ジョン抜きで参戦すんの?」
「おう。ボーカル入れて、新バンドで天下取ることにした!」
兄が封を開けてテーブルの上に置いた袋から、さきいかをひと切れつまんで、歌月はピコピコと振った。
「『六区』で天下って……『折音』みたいにプロをめざしてたはずが、とんだ下方修正じゃない?」
「ジョンのヤロウはめざしてたけど、オレたちはなー。おもしろくて、観客が踊ればそれでいい」
「でも、優勝はめざすんだ?」
「そりゃーな。『六区』って、優勝してんの『ビートカフェ』にスポットで出演してた連中ばっかだろ。レギュラーが負けるとおもうか?」
「はあ。でも、ジョン担が抜けたなら、別モノでしょ」
歌月のことばに、兄が缶で冷えた指先を額に突きつけた。
その顔には、自信ありげな笑みが浮かんでいる。
「別モノ──たしかにな。けど、それで良くなるか悪くなるか、音を合わせてみないとわかんねーのが、バンドってもんだよ」
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八月一日の『六区バトル』改革は、二カ月後には『六区』の登録ユーザー倍増というかたちで成功をおさめる。
第七回から新たに参戦したバンドは、二十あまり。
そのうちのひとつは、長勢太陽を──
またべつのひとつは、長勢歌月をリーダーとして、結成されている。
しかし、この時点ではまだ、歌月は担当楽器さえ定まらない、単なる軽音部員のひとりにすぎなかった。