15話 「油断」
「まずは、ここを出る前に俺達の荷物を探そう」
「そうですね、大事な物もありますし」
「そんで荷物を回収したら、なるべく急いでここを出る。
無事ここを出たら人がいっぱい居るところまでダッシュだ」
「はい」
「了解だ」
さっきあの男を捕獲して情報を聞き出す事に成功したおかげで、皆に余裕が生まれた。
ここまでくればもう脱出は確定だろう。
「クリス、常に後ろを警戒しててくれ。 もしかしたらさっき拘束したやつが来るかもしれない。
見えたらすぐに教えてくれ」
硬めに拘束したとはいえ、所詮は初級魔法だ。油断は出来ない。
「あぁ、任せろ」
よし、順調だ。 後は荷物を取って脱出するだけだ。
「あ、明かりが見えます! きっとあそこが荷物部屋ですよ!」
俺達の進んでいる方向に光が見えた。
この通路は暗いのでよく目立つ。
「よし、急ぐぞ…!」
俺達は駆け足で明かりの元へと来た、部屋の扉は少しだけ開いていた。
だから光が漏れていたのだろう。
まずは俺が先にその部屋に入った。
そして周りを確認、誰も隠れてないことを確認。
「よし、入っていいぞ」
外の皆を呼ぶ。
「なるべく急いで荷物を探してくれ」
荷物部屋には色々な物があった。
木箱や袋、中には子供用の服から大人用の服まであった。
だが俺達の荷物はあっという間に見つかった。
「よし、僕とクレアの荷物は回収したぞ」
「私も回収しました」
見るとクリスは長い杖を1本だけ持っており、クレアはポーチを首にかけ、アリスは俺と似たような片手剣を腰にさしていた。
俺も自分の片手剣を見つけ、背中にさす。
「随分と荷物が少ないみたいだけど、本当に全部か? もう戻ってこれないぞ?」
「それはルージュも同じだろ。 元から僕はこの杖1本だけだったよ」
「私もこのポーチだけだったよ!」
「私もです。 それより、ルージュさんって剣も使えるんですね」
アリスが俺の背中の剣を見て言ってくる。
「あぁ、まだまだ初心者だけどな」
そんな会話の後、俺達は素早く元の隊列に戻り、扉を開けて廊下に出る。
「後は脱出するだけだ、なるべく急ぎ足でいくぞ」
「はいっ!」
「了解だ!」
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どうやらこのアジトは1本道らしい。
道中敵の部屋を見つけ、警戒したが、中には誰も居なかった。
部屋の中はとても広く、5人掛けのソファが沢山置かれていた。
何故だか分からないが、これは好機だ。
俺達は早歩きで出口を目指していた。
その時、俺の顔に何かが当たった。
これは……風だ。
この通路に風が吹いている。
「あっ、光が見えます…!」
そう、前方に光が見えるのだ。
そして前から風が吹いている。
という事は、あれは出口だ。
「出口が見えたぞ!」
クリスが嬉しそうな声を出す。
俺は常に警戒しながら歩いたが、なにも起きずに俺達は外に出た。
数時間ぶりの外だ。
俺達がいた建物はボロボロの廃墟だった。
そして周りは森で囲まれている、ここは山の中なのだろう。
なるほど、拉致して監禁するにはちょうど良い場所って訳か。
「そ、外だ……やっと…外に出れた!」
クリスが感動して涙を流し、クレアを抱きしめる。
見ればクレアも泣いている。
「…ルージュさん」
アリスに呼ばれる、アリスは泣いてはおらず、真剣な顔をしていた。
「やっぱり…おかしいですよね?」
「…あぁ。 敵の部屋には誰も居なかった。 しかもあの広さだ。 1人も残ってないのはおかしい」
「まだ安心は……出来ませんよね」
「そうだな」
本当はアリスも喜びたいはずだ、だが冷静に状況を考えている。
だがいつまでもここにとどまるわけにはいかない。
俺達は森の中に入っていった。
俺は前を警戒し、アリスは左右、クリスは背後を警戒した。
ここは森の中だ、いつどこで奇襲されてもおかしくない。
より一層警戒し始めた時、狙ったように”それ”はやってきた。
「ガルルル……」
その声にいち早く気づいたのはアリスだ、アリスは声の方向を見て叫んだ。
「ま、魔獣です! 魔獣が現れました!」
魔獣、この世界に存在する悪い獣だ。
人型のゴブリンやゾンビなどは魔物と呼び、動物のような者は魔獣と呼ぶそうだ。
そして今俺達の目の前にいるのは魔獣、狼に似ている凶暴そうな奴だ。
俺は魔獣を見るのは初めてだが、アリスは違うらしい。
「あれは…ガル・ウルフです!」
「どうすればいい!? 何が弱点だ!?」
「えっと……確か火が苦手だったはずです!」
「よし! クリス! クレアを連れて離れ…」
「あ、あぁ…まじゅっ…魔獣…!」
クリスは尻餅をついていた、その顔は恐怖に歪んでいた。
クソッ、肝心な時に……
「クリス!! クレアが死んでもいいのか!! 早く立て!」
俺はクリスに怒鳴る、クリスはビクッとして俺の方を見る。
「クレアは戦えない、だから兄のお前が責任持って守れ!!」
「あ…く、クレア…」
「ひっ…お、お兄ちゃ……」
「ガルルルルル…!」
ガル・ウルフが姿勢を低くする。
俺とアリスは同時に剣を抜き、構える。
クリスは……どうやら無事に立ち上がったようで、クレアを抱きしめている。
「グアアアアッ!!」
「来ました!!」
ガル・ウルフが飛びかかってくる、ガル・ウルフが飛びかかったのはアリスだ。
「火球!」
「ガウッ…!」
俺の火球はガル・ウルフに当たり、ガル・ウルフは地面を転がる。
そして俺を睨んでくる。
「っ!」
怖い。 あの爪が、牙が、目が、全部が怖い。
1発でも当たれば怪我では済まないだろう。
今まで平和に生きてきたが、ここは異世界。
日本のように平和が約束されている訳じゃない。
初めて命を狙われている。 これが魔獣か…
「グルルルァ!」
ガル・ウルフが物凄いスピードで俺の方に来る、俺の全速力よりも早いだろう。
「あっ! ルージュさん!」
ガル・ウルフが長い爪を持った手を俺に振り下ろしてくる。
早い、早いが……ディノスよりは遅い…!
「ぐっ!」
「ガルァ!」
ガル・ウルフの爪での攻撃を片手剣で受け止める。
ガル・ウルフの力は強い、気を緩めたら一瞬でその長い爪で身体を切り刻まれてしまうだろう。
「ガルルル!」
「くっ……」
俺は何とか集中して剣に炎を纏わせる。
「ガルッ!?」
異変に気付いたガル・ウルフが俺から飛び退く。
だが……
「もう遅いっ!」
俺は剣を握る手に力を込め……
「炎斬!!」
剣を振り下ろす、俺の剣から放たれた炎の斬撃がガル・ウルフの元へ飛んでいく。
「ガアアアアッ!!!!」
斬撃がガル・ウルフに当たり、ガル・ウルフの身を燃やす、その後も暴れ続けたが、すぐに動かなくなった。
「はあ…はあっ…」
俺はその場に座り込む、初めてだ、初めて命がけの戦いをした。
そして…初めて何かを殺した。
焦げて死んだ魔獣を見て、これは俺がやったのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。
そんな気持ちを察してか、アリスが無言で俺の肩に手を乗せてくる。
「……アリス…?」
「…魔獣を殺したのは、初ですか?」
俺は無言で頷く。
「…私も、初めて魔獣を殺した時はルージュさんみたいになりました」
「……」
「魔獣でも魔物でも同じ命、殺したなら責任を持ちなさい。 そしてその分だけ強くなりなさい。
と、私は師匠から言われました」
「責任か…そうだな」
俺は立ち上がり、死んだ魔獣の元へ行き、手を合わせて目を瞑る。
終わった後、死体は燃やして灰にした。
死体の匂いにつられて他の魔獣が来るかもしれないからな。
「うわっ…」
安心した直後、足の力が抜け、尻餅をついた。
立とうとしても足に力が入らない。
「どうしました?」
「いや…分からない、でも立てないんだ」
「多分…魔力切れじゃないですか?」
確かにこの感覚は覚えがある。
俺はずっと魔法を使っていた。
だが魔力切れになるほど魔法は使っていないし、まだまだ行けるはずだ。
…考えられるとしたら、精神的疲労か…?
こいつらのリーダーとして常に責任を持って行動をしていた事、周りを常に警戒していた事、極め付けは初めて命を奪った事。
気づかなかったが、相当なストレスになっていたんだろう。
「…クリス、悪いけど肩貸してくれないか?」
「あぁ」
クリスが俺の方に来ようとクレアの元を離れた時、クリスの後ろが動いた。
「クリス! 後ろだ!」
「クレアさん! 逃げて!」
俺とアリスの声は同時だった、俺が声を出す直前に草むらから何者かが飛び出し……
「むむぅっ!?」
クレアを捕まえた。
「クレア!? クレアを離せ!」
クリスが杖を構えた瞬間、違う草むらから何者かが飛び出し、クリスを蹴り飛ばした。
「ぐあっ…!」
蹴り飛ばされたクリスは俺たちの方に転がってくる。
「なっ… 誰だお前ら!」
アリスに肩を貸してもらい、立ち上がった俺は叫ぶ。
すると聞き覚えのある声が聞こえた。
「ダメじゃないですか、勝手に逃げ出したら」
その男はゆっくりと草むらから現れた。
そいつは、俺達を捕まえた奴らのボスだった。
「君達が逃げ出すから……」
ボスは指をパチンッと鳴らす。
すると……
「ヒヒヒヒヒ……」
と言う笑い声が聞こえた…俺達の、周りから。
周りを見ると……
「こんなに人を集めなきゃいけなくなったじゃないですか」
俺達を囲むように、棍棒を持った奴らが草むらから出てきた。
「さぁ、逃げた君達にはお仕置きが必要ですねぇ?」




