1話 「あれ?俺赤ちゃんじゃね?」
幸せって何だろう。
って、考えた事がある。
友達を沢山作る事?恋人が出来る事?子供が出来る事?大金持ちになる事?
人それぞれに違う人生があり、幸せの定義も人それぞれだ。
なら、俺の幸せとは…
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2030年10月。
「佑護〜!俺今日早く部活行かなきゃ行けなくてさ!悪いんだけど、掃除代わりにやってくれない?」
1人の男子生徒に頼み事をされている俺の名前は千夜佑護。現在高校1年生だ。
俺はよくいろんな生徒から頼み事をされる。
そんな頼み事をしてくる生徒達に、俺はいつもこう返す。
「あぁ、分かった」
何でも頼めばやってくれる。
そんな俺についたあだ名が、「何でも屋」。
自分の担当でもないのに掃除を済ませ、自分が頼まれた訳でもないのに先生からの仕事をこなし、誰も残っていない教室で自分の物じゃない他の生徒の宿題を終わらせる。
でも、俺は決して断らない。
人生は山あり谷あり。
山があれば必ず谷があり、谷があれば必ず山がある。
不幸な事が続けば、その分後から帰ってくる幸せは多くなるはずだ。
そうなるはずなんだ。
「…アホくさ」
俺は自分のそんな考えを嘲笑うように1人呟き、鞄を背負い教室を出た。
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「もう暗くなってきたな。早く帰らないと」
最近は日が落ちるのが早くなって来た。
俺は足早に歩く。
俺は、幸せという物が何か分からない。
俺には、本当の親が居ない。
両親は、まだ赤ん坊だった俺を道端に捨てて失踪したらしい。
ご丁寧に「佑護」紙に名前まで書いて、道端に置いていったそうだ。
俺は今まで千夜孤児院という場所で生きてきた。
自分の本当の親も、本当の苗字も知らない。
本当の両親が居ない=普通じゃない。
普通じゃないというのは、イジメの対象になりやすい。
小学生の頃は、普通じゃないという事で沢山のイジメを受けた。
靴を隠されるのは日常茶飯事、陰口は毎日、根も葉もない噂を流された事もあった。
そんな自分を変えたくて、中学生時代は道化を演じた。
ワザと馬鹿を演じて笑いを取り、何をされても笑って流した。
そしたら、どんどん本当の自分が消えていく気がして、高校は環境を変えようと、同じ中学からは誰も行けないような進学校に入学した。
最近日本の制度が変わり、親がいない子供に国が資金を援助してくれるようになったのだ。
俺はその資金と奨学金を使って1人暮らしをしながら高校に通っている。
入学してからも、俺は優等生になれるように努力した。
陰口もイジメも我慢した。
自分を変えようと道化を演じた。
環境を変えようと努力もした。
だが、結果は何も変わらなかった。
俺の人生は、生まれた時からずっと下り坂だ。
幸福を感じた事など、人生で一度もない。
心の底から笑った事など、人生で一度もない。
『そういえば小倉さん!例のテレポート機械の件なんですが』
そんな事を考えながら歩いていると、電光掲示板にとあるニュースが映った。
そのニュース内容は、今では誰でも知っているような内容だった。
去年、天才科学者である天道真司は、人類の夢であったテレポート機械を発明した。
テレポート出来る範囲は僅か数メートルだったが、僅かであっても人間を粒子化し、別の場所に転移させたという事実は世紀の大発明であった。
『いやぁ、この機械が普及すれば世界は間違いなく変わりますね!』
『そうですねぇ!天道さんは今は研究の為にメディアへの露出を避けていますが、今後に期待ですね!』
そんなニュースを聞きながら歩く。
俺は、天道真司という1人の人間を尊敬している。
間違いなく将来教科書に載るような大発明をした人物。
その技術力、知能を世の為人の為に使おうと言う優しさ。
天道真司のように世界を変える男になりたい。と思ってしまうほど、俺にとっては理想の人間そのものだったのだ。
そんな考えをしていると、急に頭の中に激痛が走った。
「っ…!? な、なん…だ…!?」
俺は痛みに耐えられず、床に蹲る。
この痛みは明らかに異常だ。まるで頭の中を内側からトンカチで叩かれているような。
「…っ!」
俺は地面に蹲る。
周りを見ても、今の時間は人通りが全くない。
つまり、助けは呼べない。
「っ…!? な、なんだ…!?」
そんな事を思っていると、俺の右手が先端からどんどん消えて行ってる事に気づいた。
明らかに無くなっているのに、痛覚はない。
「あ…あぁ…!!」
非現実な現象に恐怖しながら、俺の身体は、完全に消滅した。
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「…っ…! …は…?」
次に目が覚めると、目の前には草原が広がっていた。
おかしい…俺は確かに消えた。夢か…?いや、夢にしては肌に当たる風の感触や、温度がリアルすぎる。
そして、周りには沢山の人間が居た。
スーツ姿だったり、制服だったり。
人間達は、俺と同じく混乱していた。
「なんだよここ!」
「おい!どういう事だ!?」
「怖い…!」
「息子を…!息子を見てないか…!?」
「誰か説明してよ!!」
皆各々叫んでいる。 混乱しているのだろう、無理はない。
だが、周りに混乱している人がいると、逆に冷静になれる。
一度深呼吸をし、周りを見る。
ここは何もない草原。 地平線が見えるほど広い。
対して、集められた人間達の数は数えきれないほどだ。 学校の1学年全員の数よりも多いな…
『やぁ、選ばれし人間達よ』
突如、空にとある男の顔が浮かび上がった。
俺は、その男を知っていた。というより、知らない人の方が少ないだろう。
男の名は、先程テレビで話題になっていた張本人、天道真司だった。
『私の名は天道真司、科学者だ。 そして、君達5千人を拉致した犯罪者でもある』
「拉致!?」
「ふざけんな!」
「家に返せよ!!」
『君達の言い分は最もだ。 だが、これは私の生涯をかけた発明の集大成だ。
君達は異世界という存在を信じるだろうか?』
異世界…? ラノベなどによく出てくるあれか?
こことは全く違う世界の事…まさか…!?
『私は昔から異世界という物に興味があった。 私達が住む世界とは違う世界。 その世界には私達の常識は通用せず、剣や魔法、ドラゴンや財宝が存在する。
そんな事を想像するだけで、私の心は踊った』
皆、唾を飲む。
『はっきり言おう。 異世界は存在する。 私が開発したテレポート装置は、最終的には異世界へと行く為の物なのだ』
あいつが言う事を信じるならば、俺達が今いる場所は既に…。
『私は異世界へ行く為に、10年以上テレポート装置を開発してきた。 沢山失敗はしたが、今日ようやく…私の夢は完成した』
つまりあいつは、俺達5千人を同時に異世界へとテレポートしたという事になる。
言われてみれば、俺が消える時、俺の身体は粒子化していた。
『この世界では、今は龍暦137年の8月。覚えておくといい』
龍暦…?年号みたいなやつか…?
『この異世界には、モンスター、ダンジョンが数多く存在する。 まるでゲームのような世界だ。 もちろん、この世界には普通に暮らしている人間もいる』
俺は、天道の言葉を聞き逃さないように集中する。
『君達がこの世界から脱出する方法は1つ。 魔大陸に佇む魔城へ行き、その城にいる私をその手で殺す事』
淡々と言われた言葉に、皆は静かになる。
『無論、私もただ殺されるのを待つだけではない。 最高の装備を揃えて君達を待とう。
君達は強くなり、準備をしてから私の元へ来るといい』
「ふざけんな!」
「そんなの無理に決まって…」
『君達はこの世界のランダムな場所にそれぞれテレポートさせる。では、健闘を祈る 』
そう言って、天道は消えた。
それと同時に、また俺達の身体は消え始めた。
「ふざけんな!ふざけんなよぉ!!」
「返してよ…!」
「いやああああ!!」
皆各々叫びながら消えていく。
転移させられたら、まずは情報収集だな。 いや…そもそも言葉が通じるのか…?
そんな事を考えながら、俺の身体は消滅した。
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周りでたくさんの人間達が喋っているのが聞こえる。
「産まれた…!産まれましたよフローラさん!ディノスさん!」
産まれた…?何の話だ…?
それにフローラとディノスって誰だ?
「この子が…私たちの子…とても小さい…」
「あぁ…俺達の子か!はは…母さんと同じオレンジ色の髪だな!」
何を言ってるんだ?
さも俺に話しかけているかのような距離感で話されてるな…
俺は疑問に思い、目を開ける。
「お!目を開けたぞ母さん!」
「本当だわ…可愛い…」
2人の男女が、俺を見て微笑ましい笑顔を向けていた。
ってか近!?しかもデカくないか…!?
「…ぁ…ぅあ」
!?喋れない!?
いや、正確には上手く言葉に出来ていない…?
今俺は確かに「誰ですか」と言ったはず…
なのに出てきたのはあの言葉…
「はは!何か伝えようとしてるのか? よーしよし!俺がパパだぞ〜?」
そう言って男が俺を持ち上げる。
とんでもない高さに上げられ、俺は内心ビビる。
そして、高い所から周りを見ると、意味が分からない物が沢山あった。
まず3人の医者と思われる大人たち。
そして今俺を抱っこしているこの茶髪の男。
そして最後に…ベッドの上で俺に優しい笑みを向けているオレンジ色の髪の女性。
そして先程の「俺がパパ」という発言…
状況的に推察すると、ある一つの疑問が浮かび上がる。
だが、そんな事があり得るのか…?
俺の考えが正しければ…
「よーしよし!これからよろしくな!ルージュ!」
「いっぱい食べて、いっぱい遊んで、良く育つのよ?ルージュ」
うん。多分確定だわこれ。
うーむ……俺、赤ちゃんじゃね?
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「あぅ…ぁ…」
どうも。 中身は16歳。見た目は赤ちゃんの千夜佑護です。
…いや、今の名前はルージュだっけか。
いや本当に何? 俺は間違いなく天道によってテレポートしたはずだよな…?
なのになんで赤ちゃんとして産まれてくるんだ…?
しかも赤ちゃんだから喋れねぇし…
「おーよしよし。ここがルージュの家だぞ〜」
出産の後、俺は急に眠くなってしまい、抗えずに眠りについた。
次に目が覚めると、俺は父親であろうディノスという男に抱き抱えられながら病院を出て外に来ていた。
どうやら自宅へ向かっているらしい。
数十分程歩くと、木造の一軒家の前で歩みを止めた。
抱っこされながら見てきたが、ここはどうやら小さな村のようだ。
家の中へ入り、あらかじめ買っておいたのだろう赤ちゃん用のベッドに寝かせられる。
「あぅ…」
「よしよし、可愛いなぁ…お前は今日からアルカディア家の一員だからな〜」
「ふふ…これからよろしくね」
アルカディア…?家名って事か?
つまり…俺の本名はこれからルージュ・アルカディアって事か。
「あぅ…あ」
問題は山積みだ。
ここが何処なのかも、どうやって強くなればいいのかも分からない。
俺以外の転移者も俺みたいに赤ちゃんスタートって事はないだろうし…
「龍暦120年2月5日。今日がルージュの誕生日か!」
…ん…?今なんて言った…?
龍暦120年だと…?
おかしい。それはおかしいはずだ。
あの時天道は…「龍暦137年8月」と言った。
なのに今は龍暦120年だと…?
…まさか…!?俺だけ過去に飛ばされたって事か!?そんな事がありえるのか!?
…いや、そもそもテレポート装置自体がとんでもない発明だしな…
そうなると、今から17年後…俺が17歳になった頃に天道の被害者達がこの世界に転移してくるという事になる…
なんだ…何かの不具合か…?
何にしても、もし不具合で俺だけ過去に飛ばされたんだとしたら、やるべき事は沢山ある。
まずはしっかり修行して強くなり、17年後に備えるんだ。
そして17年後に転移者と協力し、一気に天道を倒す。
それしかない。
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「ルージュ、そろそろミルクの時間ね〜」
「お、なら俺は部屋から出て行こう」
そう言ってフローラは俺を抱き上げる。
え…?ミルクの時間…?
ちょっと待て。いや待って下さい。
この事を考えていなかった。
確かに俺は赤ちゃんだ。赤ちゃんなんだから普通の食事はとれない。
赤ちゃんはミルクを飲む。 そのミルクは…母親の乳から…
「よいしょっと…いっぱい飲んで大きくなるのよ?」
そう言ってフローラは笑い、服をたくし上げる。
至近距離で服を捲られ、俺は咄嗟に目を瞑った。
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「……あぅ」
「よしよし、よく飲めました」
屈辱だ。
まさか16歳になってミルクを直接飲む体験をする事になるとは…
しかもこんな事がこれから続くと考えると、精神が持ちそうにない。
コミュニケーションさえ取れればなんとかなるんだけどな…
話せないって事がこんなに不便だとは…
ん…?不便…
そういえばさっきから便意が…
っ!?便意…だと…!?
まずいぞ…!流石に16にもなってお漏らしは洒落にならない…!
しかもこれは小さい方じゃなくて大きい方…!
「あぅ…!あぁ!!」
頼む伝わってくれ!!
「おーよしよし。もう眠いのかな?」
ちっげぇよウンコだよ!!!
頼むって伝わってくれよ!もう我慢出来そうにないんだ!
そもそも産まれたばかりだから尻に力入れようにも筋力が…!
「あ…」
あ……
「あ」。この単語だけは俺の思考と同じ言葉が発せた。
この「あ」にはこんな意味が含まれる。
そう。
諦めだ。
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「おい母さん、ルージュからなんか匂うぞ…?」
「え?あらまさか…!」
屈辱の大放出事件から10分程は経っただろうか。
ようやくディノスが気づいてくれた。
この10分間は本当にキツかった。
オムツを履いているから外には漏れないが、その代わりオムツの中は…
いや、これ以上は辞めよう。
うん。もう諦めよう。
俺は赤ちゃんだ。
こうなったら全て諦めて赤ちゃんとしての今を楽しもうじゃないか。
さぁディノスよ!俺のオムツを変えるが良い!
「なんだ?なんか心なしかルージュが堂々としてるように見える」
「ふふ…気のせいよ」
ディノスがオムツを変え、汚れた尻を拭き、新しいオムツを履かせてくれた。
「あぅ」
うむ。くるしゅうないぞディノス。
「それにしてもあなた? ルージュって全然泣かないわよね」
「言われてみればそうだな…赤ちゃんは泣くのが仕事だとお医者さんが言っていたが…」
「お漏らしした時も、普通は泣くと思うんだけどね」
なに!?そうなのか!?
確かに泣きたいほど不快ではあったが…
…そうか!!泣いて自分の意思を伝えれば良かったのか!
確かに赤ちゃんとは泣いているイメージが強いな…よし。
「う…うえええん!!うえええん!」
「あら…!?急に泣いたわ!?」
泣く事が仕事ならばとことん泣きまくってやろう。
こちとら泣きたくなる事ばかり経験してきたからな。
泣くための道具は盛りだくさんだぞ。
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う…まずい…今度は尿意が来た…
あれから数時間経ち、その間寝ていたのだが、尿意で目が覚めてしまった。
「あぅ…う…!」
だが俺は赤ちゃんとは言え、自我を持つ赤ちゃんだ。
少しでもフローラ達の負担を減らすため、予めここに呼んでおこう。
「お、ルージュ起きたか。どうしたー?」
ディノスが俺に気づき、笑顔を向けてくる。
「あう…!」
ダムが決壊しそうだ。オムツを変える準備を頼む。
そんな意思を込めてディノスを見る。
「なんだ抱っこして欲しいのか?ルージュは甘えん坊だな」
ちっげぇよ馬鹿か!!!
「ほーら」
ディノスは俺の体を持ち上げる。
ってちょっと待ってあんまり腹を触んないで…!!
「あ…」
あ…
「ほら高い高ーい」
うん…高いね。 うん…
…もういいや…はははっ…
俺は全てを諦めた。