《友達》と《家族》
次の日の放課後。
金曜日ということもあり、休日の予定を立て合うクラスメイトたちの明るい声で室内は埋まっていた。
僕はと言うと、昨日の夜、福原先輩から借りた本の二週目を読み終わり、新しく買った本を読み始めていたところだ。
今日、彼女は図書館にいるのだろうか。とりあえず本を返しに行ってみよう。
「氷川くん」
席から立ち上がり帰る支度をしていたらうしろから声をかけられた。
振り返った先にいたのは、相坂とかいう女子だった。あまりクラスの人の名前を覚えているわけでないので曖昧なのは許して欲しい。
「えっと……相坂さん、なに?」
話しかけられたのは初めてだ。彼女はよく慧と話していることが多かったような気がする。その時も、少し離れたところに慧と、あと1人女の子がこちらを見ていた。
「え、えっとね……!今度の日曜日、慧くんと私と、あと未奈で遊ぶんだけど、よかったら氷川くんもどうかなって……、慧くんもいるし…………街に行こうと思って……」
彼女からのお誘いは予想外だった。
「え……」
どもる。こういう時にコミニュケーション能力が足りない自分を恨む。
「あっ、急なのは分かってるから別に用事があるなら断ってくれて構わないよ……!」
なかなかいい顔を見せない僕に気がついた相坂さんはそう付け加え「無理かな?」と、どこか子犬を思わせる表情を浮かべる。
「ゆう、日曜あいてないの?」
そんな僕達を見かねたのか慧が話に混ざってきた。
「空いてなくはない、けど、どうして僕なの?」
ああ、慧が話に入ってきてくれて助かった。
「じゃあいいじゃん。そうだ姫乃、予定の連絡とかあるだろうし連絡先交換しておいたら?」
「えっ!?あ……氷川くん、いい?」
「別に構わないけど」
そう答えると、相坂さんはぱぁっとひまわりでも咲いたかのような明るい笑みを浮かべる。
この人は表情がよく変わる。しかも分かりやすい。
彼女が携帯をポケットから取り出す。
「えっと…………」
僕は授業中に携帯はしないから、鞄のなかに入っている携帯をだして電源を入れる。起動されるまで十数秒。
「アプリでいい?」
「ん、いいよ。どうすればいい?」
滅多に人と連絡先を交換しないからどうやってやるのか分からない。友達の数も……まぁ、二桁はいっている。
「じゃあID教えるね」
「うん」
そう言って彼女は英数字を口にする。
やっと起動してアプリを開いた僕はそれを打ち込んで彼女の連絡先を追加した。
「……あっ、おっけおっけ!追加された。ありがと」
追加されたことを確認して彼女は空いている片手で丸サインを作る。
「じゃあ日曜、詳しいことはまた連絡するね!」
彼女は用の済んだ携帯を手と一緒に振る。
「あぁ、分かった」
もう使うことがなくなった携帯をポケットに突っ込んだ。学校は終わったんだから多少の校則違反はいいだろう。
「じゃあまた」
それだけ言って僕は鞄を背負いドアの方へ歩き出した。後ろから慧がまたなーっと叫んでいるのが聞こえた。
その日もそのまま家に帰った。
理由は、早く帰ってくるように両親に言われていたからだ。
「ただいま」
帰宅の言葉を言って靴を脱ぐ。
その言葉にこたえてくれたのは弟だった。
「おかえり、お兄ちゃん」
リビングからひょっこり顔を出して迎えてくれる弟にもう一度ただいまと言って部屋に行った。
弟の凪央は今中学二年生だ。
成績がよく素行も悪くない。運動は少し苦手みたいだけどある程度は器用にやっているみたいで、友達も多い。自慢の弟。
部屋について鞄をおろす。制服から部屋着に着替えてから鞄から本を取り出すと、コンコンとドアが叩かれた。
「お兄ちゃん、俺だよ」
「ん、はいっていいよ」
ドアを叩いてきたのは凪央だった。静かにドアを開けて部屋に入ってくる。
「どうした?」
「もうすぐ母の日だから、ちょっと相談に」
「あ、」
もうそんな季節か。僕はカレンダーを確かめた。あと二週間ってところだ。
「なにかほしいものあるとか聞いた?」
「んー、何にも聞いてない」
「そっか……週末出かけるからその時にでも見てくるよ」
ちょうど今日お誘いを受けたところだ。何をしに行くのかは分からないが、少しはものを見る時間があるだろう。
「分かった」
「結宇ー、凪央ー」
リビングのある一階から僕たちを呼ぶ母の声が聞こえた。
「「はーい」」
ふたりで答え、そのまま一階におりた。
毎年母の日と父の日には凪央と一緒にプレゼントを両親にあげている。今年は高校に入ったこともあって忘れていた。
日曜、いくつか良さそうなものを見つけてこよう。
母に呼ばれた理由は買い物に付き合ってほしいというものだった。
特売のチラシが入っていたとかで、沢山買い込むから男手が必要だったとか……。
優しい両親に仲のいい弟。普通の家族で、その中でも恵まれた暮らしをしてきた。
ただ、僕が養子ということが、両親への敬語を続けている理由だろう。
劣等感、というものなのかは分からない。二人の子供である凪央とも分け隔てなく育ててくれているし、やっぱり恵まれていると思う。
「結宇、今日の夕飯は肉じゃがよ」
買い物の帰り、凪央と僕にたくさんの買い物袋を持たせた母は笑ってそう言った。
「ありがとうございます」
笑って答える。昨日のリクエストが通った。
「お兄ちゃん肉じゃが好きだもんね」
隣で重そうな袋を持った凪央が言う。
「凪央だって、肉じゃが好きだろ」
「お母さんの料理は美味しいからね、何でも好きだよ」
そのやりとりを見て、一番荷物が軽そうな母がまた笑う。
「じゃあ早く帰ろうか」
僕達はたわいもない会話を続けながら家に帰った。
荷物は重たかったが、それ以上に帰り道は充実していた。