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読書と《彼女》

 


 10分というのは意外と短い。

 読み始めて集中していたらあっという間にチャイムが鳴り、担任が入ってきた。

 朝のSHRが始まる、が、僕は構わず本を読んでいた。まぁ、いつもの事。

「ゆう」

 ふいに前から声をかけられた。目の前にいたのは慧だった。

 気づかないうちにSHRは終わっていてクラスメイト達は一限目の準備を始めていた。

「慧か。おはよう」

 読んでいたページにしおりを挟みいつもと同じように楽しそうな笑顔を浮かべ、前の席に腰かける慧を見る。

 慧の席は本当なら列を挟んだ一番後ろだから、今いるところはほかの人の椅子だ。

「んー、おはよ。ゆう、それって昨日福原先輩から借りた本?」

「うん、そうだよ」

 慧に聞かれて、目線を閉じた本に落とす。

「どんなの?」

「珍しいね、慧が本に興味を持つなんて」

 慧の部屋に置いてある本なんて、漫画かゲームの攻略本だけだ。

「そりゃあ、≪あの福原先輩≫の本だから」

 一瞬≪あの≫という意味がリストカットのことかと思い本から顔をあげる。彼女がそういうことをしてるという噂は慧から聞いたからその意味だと思った。が、

「男としては気になるだろ。美少女が愛読する本」

 あぁ、ただの馬鹿だった。本に興味というより、本の持ち主に好奇心が沸いているといったところか。

「…………なかなか面白いよ。昨日一度読み終えたけど、もう一度読み返したくなるようなの」

「じゃあ二週目なのか」

「うん、今朝先輩にもう少し借りるって……」

 言いかけて、慧の顔にニヤニヤとした下世話な笑みが浮かんでいることに気が付く。僕は何かそんな表情になるようなことを言ったかな。

「連絡先交換したんだ」

「え、いや交換はしてないよ。朝図書館で」

「会ってきたんだ」

「そうだけど?」

「おあついですね~」

 その言葉でようやく慧が昨日から僕たちの関係……いや、僕が彼女に向けている感情を間違えていたことを思い出した。……めんどくさい。

「ちがうよ、慧が思っているような仲じゃない」

 改めて誤解を解く。……相手が信じてくれるかは分からないが。

「ふーん。へー。そう」

 いかにも納得いかないとでもいうかのような返しをする慧。絶対に納得していない。

「ほら、一限目の支度しないと」

 そんな慧から逃げるように僕は席を立つ。目的は後ろにあるロッカー。その中にある次の授業の教科書だ。

「はいはい、まぁ何かあるなら俺には話してよね」

「話すことは今も、これからもないから大丈夫だよ」

 諦めが悪い諦めとそのあと数語話してから支度を終え、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。



 朝の全校読書、そして授業の合間のやすみじかんを使い、僕は本をひたすら読んでいた。時々慧やほかのクラスメイトが声をかけてきたりして中断したりもしたが、二週目ということでだいぶすらすらと読み進んでいた。

 気がつくと時刻は午後五時を過ぎていた。とっくり授業は終わっていてあと少し本を読んで帰ろうと思っていたら窓からはオレンジと濃い群青の空が広がっているのが見える。

 そろそろ帰ろう。

 慧は男子バスケ部に所属しているから一緒には帰らない。今日も帰り際に言ってくると声をかけてきたな。

 本を閉じ、帰り支度を進める。

 誰もいなくなった教室を出て昇降口に向かうとそこに福原先輩がいた。

「あ、」

「あっ」

 彼女はちょうど下駄箱に手をかけたところで僕に気がついた。

「今から帰り?」

 いつもの笑み。昇降口のドアからは柔らかい日が彼女の奥から漏れている。

「うん、本を読んでたらいつのまにかこんな時間になっていたんだ。先輩は?」

「私は…………」

 答えるまでによく分からない間があった。彼女の目が泳ぐ。どう説明するかを悩んでいるわけでは無さそうだ。何かを隠したいという感じがした。

「…………まぁ、いろいろあって今から帰るの」

 案の定、彼女は答えを濁した。

「そう」

 会話はこれで終了だ。僕はそう思っていた。

「結宇くん、今から暇かしら?」

「え?」

 突然の彼女の言葉に、普通に驚いた。

「本屋に行こうと思っているの。よかったら一緒にどう?」




 -----



 そういう訳で僕達は学校から自転車で15分程度のところにある大型書店へ足を運んでいた。

「新しい本が欲しかったんだけど、どうしても一冊に絞れなくて……。ついてきてくれてありがと」

「いや、僕も近いうちに買おうと思ってたから」

「なにか目星はついてるの?」

「いや、特にはないかな」

 僕が答えると、彼女はふふっと笑う。何かおかしなことを言っただろうか。

「じゃあ一緒に決めよう」


 20分程かけ、店内をぶらつく。いくつか欲しい本を見つけた。

「結宇くん、どう?何かいいのあった?」

 それまで別々に行動資本をていた彼女が僕を見つけて近づいてくる。

「ん、いくつかね。これと、あとそのシリーズ……かなぁ」

 目の前に可愛い紹介ポップ付きの本を指さす。

「あ、それ私も気になってたの。あと、私はそれかな」

 彼女は僕が指さしたのとは違う本を指さした。

「なるほど、確かにそれも面白そうだね」

「でしょ?」

 彼女はとても楽しそうだ。書店でここまで楽しそうな顔ができる彼女は本当に本が好きなんだろう。

 ここだけを見ていると、この人が《自傷行為をしている人》とは思えない。

「…。じゃあ先輩、僕この本買うから読み終わったら貸そうか?」

「えっ、いいの?」

「うん、普通に欲しいしね」

「じゃあ、お言葉に甘えて貸してもらおうかしら」

 満足そうな笑顔。見ているこっちも満たされそうだ。


 本の会計を済ませて書店を出た。彼女は結局もうひとつ悩んでいた本を購入した。読み終わったら僕に貸してくれるという約束で。

「急に付き合わせちゃってごめんね」

 帰り際、彼女は言った。たしかに急だったが、場所が場所だったため悪い気はしない。むしろいい買い物が出来たし楽しかった。

「気にしないで、また誘ってよ。本屋は楽しいからね」

「……そうね」

 そして別れ道。

「じゃあ結宇くん、また」

「うん、近いうちに本返すし貸すよ」

「わかった」

 小さく手を振る。

 一緒にいた時間はそれほど多くはなかったが、楽しかった。

 次彼女に会う時が楽しみだ。本を返して、感想を言い合おう。

 彼女の方は振り返らず、僕も帰路についた。

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