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彼女との≪繋がり≫

 



≪一目ぼれだった≫

 彼女が貸してくれた本の書き始めはこの言葉で始まった。

 なんか意外だ。彼女の事だからもっと、こう、純文学的なものだとばかり思っていたから。

 内容は、色が見えなくなった男の子と一人の女の子の話だ。内容は恋愛に近いのかもしれない。

 一ページ、また一ページと読み進めていく。

 僕はその本の世界に吸い込まれていた。物語が進めば進むほど、高揚感や緊張感が高まった。

 この本がそれほど人を魅了するのか、それとも『彼女が』というのがそういう気持ちを僕に持たせているのかは分からない。

 とにかく、本を読み続けた。

 読んでいくうちに、簡単な恋愛小説ではないことが分かってきた。

 後天性色覚障害の男の子が絵を描くことが好きな女の子と出会い、色のない彼の世界に『彼女』という色で染まっていく。という感じの話だ。

 読んでいて、こっちも満たされる気がした。


「結宇~、ごはんだから降りてきて~」

 一階から母から声がかかり気づく。

 気が付くと時間はもう十九時を過ぎていた。

 借りた本はもう残り半分を切っていていいところに差し掛かったばかりだ。

「あー……今行きますー」

 母に返事をし、ベッドから起き上がる。

 惜しい。早く結末が知りたい。

 読書に夢中になることはよくあるが、こんなに早く読み終えたいと思うことはそうそうない。基本読書はじっくり楽しむ方だ。

 心のどこかで彼女と感想を語ることを楽しみにしている自分に気づいた。

 …………まぁ、恋愛とかそんな感情ではないし。

 読みかけの本にしおりを挟み机の上置く。そのまま、リビングへ向かった。僕の家はキッチン、ダイニング、リビングが仕切られていない。

 テーブルの上には湯気が立つおいしそうな母の手料理が並んでいた。

 今日も幸せに生きていると実感する瞬間だ。

 誰かが決めたわけではない、いつも自分が座る椅子に座る。

 父はまだ仕事で帰ってきていない。一人いる弟は塾だ。

 母と、二人の食卓。

「いただきます」

「はい、めしあがれ」

 今日の夕飯はハンバーグだ。母の作るハンバーグは小さいころから好きだった。

「最近学校はどう?」

 ハンバーグに箸を入れたとき母が聞いてきた。

「ん、慧もいるし、他にも仲良くしてくれる人もいて、楽しいですよ」

 箸でハンバーグをつかみ、そのまま口に入れる。うん、おいしい。

「それならよかった。慧君、またクラス一緒だし安心ね」

「……ちょっと面倒な時もありますけど……」

「そうなの?」

「今日も……、」

 言いかけて、止まった。

 女の先輩に好意を持ってると勘違いされてめんどくさかった。たしかにその通りの説明だ。だけど、このまま伝えたら、母も変な勘違いをしそうだ……。

「ん?今日何かあったの?」

「あ、いや……」

 言うか言わないか……いや、でもここまで言いかけておいてやめたら逆に疑われるかもしれない……。

「先輩から本を借りたんですけど、それが女の人だったから慧が変にからかってきた……ってだけです」

 軽く笑い、冗談であることを強調する。

「そう、女の人から。結宇、女の人と仲良かったのね」

 母は意外そうな顔をし、口に運ぶ箸の手を止めた。

「……まぁ、」

「じゃあさっきまで部屋にこもってたのはその女の子から借りた本を読んでいたのね」

 さすが、鋭い。

「なかなか面白い本でした」

 女の子、というところに触れてきたのは……探りでも入れてきたのだろうが、僕は気にしない。

「あら、もう読んだの?」

「まだ……ですけど、早く続きが読みたいってなる作品です」

「そう、今度お母さんにも教えてね」

 母も本を読む。いや、読書家の家庭だから僕が本を読むようになった、というのが正しい。

「はい」

 そう答え、僕はまたハンバーグを頬張る。


 そのあとはとりとめのない会話をしながら夕食を済ませた。

 食べ終えた自分の食器を台所の流し台に片づける。

「今日もおいしかったです」

「よかった。明日は何がいいと思う?」

「そうだな……肉じゃがとか、僕は食べたいです」

「そう、じゃあ一品は肉じゃがにするわね」

「はい」

 母との会話を終え、部屋に戻る。

 机の上に置かれた読みかけの本に視線を向けたが、まずはお風呂に入らなければ。

 早く読みたいところだが、すべて済ませてからの方がゆっくり読書に集中できるだろう。




 お風呂は好きだ。暖かいし、疲れが取れる気がする。

 湯船につかりながら、今日あったことを考えた。

 福原先輩(といっても、今日初めて学年と名前を知った)の噂。

 彼女は、何を抱えてそんなあことをしているんだろう。

 自分には全く関係のないことだ。だけど、なぜか気になって仕方がない。

 彼女の笑顔が頭をよぎった。

 直接本人に聞くわけにもいかない……。

「…………なんで気にしてるんだろう……」

 ブクブクブク。

 湯船に顔を付ける。

 とりあえずは借りた本を読もう。そして彼女に返して本の感想をお互いに話そう。

 そう決めて、勢いよく湯船から上がる。

 瞬間、ぐらっと視界が回転し、もう一度湯船の中に身体が収まった。

 ………………のぼせた。

 ぼんやりする思考と視界を意地で何とかし、もう一度お風呂から上がった。










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