《僕》と《彼女》
彼女は僕と正反対で、真っ直ぐで、輝いていた。
***
両親とも友達ともうまく行かない、そんな日々が続くなか、いつの間にか彼女は僕の隣にいた。
《いつの間にか》というのは良くない表現だろうか。気が付いたら、よく話す仲になっていた。
彼女が唯一の友達と言っていいほど、僕は彼女と過ごす時間が心地よく、一番素直になれると思っている。
放課後の保健室。そこが2人が時間を共有する場所だった。
「結宇くん」
目の前でノートにペンを走らせる彼女が僕の名前を短く呼ぶ。
保健室の養護教諭は職員会議に参加していて不在だ。
「そんなに見られていると、書きにくいのだけれど」
彼女、福原月花は僕の視線に気づき、手の動きをやめた。
「あ、いや、ごめん。迷いのないペンの動きにみとれてた」
「そこは私にみとれてたって言うところじゃないの??」
長く下ろした黒の髪をさらりと耳にかけ、彼女は首をかしげ微笑を浮かべる。
こういうのを世間は小悪魔と言うのだろうか。
僕が彼女に抱いている感情は恋ではない。そんな単純で、純粋な綺麗なものではない。そう言うと《愛》と勘違いされるかもしれないが、それも違う。
形容しがたい何か。簡単には、一言にはできない、心の奥底でドロドロと蠢いているようなもの。
それは決して嫌な感情ではない。
多分僕は他人から彼女のことを好きなのかと聞かれたら好きと答える。相手はきっと誤解をすると思うが、わざわざその誤解を解く気にもならない。
「期末テストの勉強、結宇くんはしてる?」
彼女は再びノートに目を落とす。
ノートの上に散りばめられた文字は一つ一つが綺麗に整列し、彼女の几帳面さを誇っていた。
「少しだけ。数学と、国語」
「英語は得意だっけ?」
「最初から捨ててる」
「そう……。面白いのに。私が教えてあげようか?」
彼女は会話を質問で返してくることが多い。
「いや、いいよ。僕は国外に出ないからね」
「国内で外人に道を聞かれたら?」
「ジェスチャーとライト、レフト、ゴーストレートが言えれば何とかなる」
僕がそう答えると、彼女はふふっと可笑しそうに笑った。
「それもそうね」
彼女の耳にかかった髪がさらっと落ちてくる。その流れるような一瞬が、とても魅力的で僕はまた彼女から目を離せなくなっていた。
そしてまた、月花は落ちてきた髪を耳にかけ直す。
「……なに?やっぱ教えて欲しいとか言ってももうダメだよ?」
「言わないよ」
「そう、それは残念」
彼女はまた、小悪魔的な笑みを浮かべた。
少しも残念がっているような表情ではないが、僕はその返事と表情に、嘘でも教えて欲しいと言えばよかったと、本当に少しだけ、後悔した。
「そういえば、体育の授業、プール始まったみたいね」
「あぁ、そういえばそうだった。体育は基本ここにいるから知らないけど、他の人たちが水着を持ってきていたよ」
今は7月にはいったばかりだ。夏の暑さが顔を出しはじめ冷たい水が恋しくなっている人が多い。
「私はプール嫌いだからやらないのだけど、結宇くんはやるの?」
彼女はまたノートに目を落とし問いかける。
「福原さんやらないの?まぁ僕もやらないよ。水着が嫌いなんだ」
質問に質問で返す。まぁそのあとにちゃんと返事をするのだけど。
「あら、同じね。私も水着を着た時の男子の目線と肌が焼けることが嫌」
「理不尽だ。男子はそういう生き物なんだから仕方ない」
「……じゃあ結宇くんも女の子の水着をジロジロと見たりするのかしら?」
「僕はしないよ。何せプールの授業に参加しないからね」
「そうなの」
「そうだよ」
どこからプールの話になったのか、そこから論点がずれてはいたが高校生らしい会話ができたと密かに思っていた。
彼女は僕の憧れだった。
彼女の真剣な眼差しは、僕の心を揺さぶるのには充分すぎるほど素敵だった。
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