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パンツをなくしたカミナリさま

作者: さか榊

 空にぷかぷかと浮かぶ雲の上。そこには、カミナリさまがいました。

 カミナリさまはトラジマ模様のパンツをはいた姿でやわらかそうな雲の上に横になり、遠い地上をながめています。

「洗濯に行こうかな」

 カミナリさまは言い、自分の乗る雲を地上近くへと動かしました。

 そこは、山の中の小さな小川でした。きれいに透き通った川の中では、小魚達が泳いでいます。

 カミナリさまはキョロキョロと辺りを見回し、人間がいないことを確かめてからそっと雲から飛び降りました。

 自分の姿を見れば、人間達は驚き怖がるに違いない。

 カミナリさまは地上に降りてからもう一度、辺りをキョロキョロと見回しました。

 そこには、やっぱり誰もいません。

 カミナリさまはヒョイとパンツを脱ぎ、裸になりました。


 ゴシゴシ。ゴシゴシ。

 川の中に入り、パンツのお洗濯。

 ギュッギュ。バッサバッサ。


 カミナリさまは近くの木の枝にパンツを干し、ついでに自分の身体も洗いました。

 今日は一日いい天気。洗濯物の乾きも早いはず。

 川沿いの大岩に座り、乾くのを待ちます。けれど、ぽかぽか陽気でカミナリさまは段々眠くなってきてしまいました。

 そのままゴロリと横になり、ついついうたた寝をしてしまいます。なので、カミナリさまは人間の子供達が近づいていることに気づきませんでした。


「おぉ、なんだあれ~」

「兄ちゃん。あれ、トラジマ模様のパンツだよ」


 木の枝に引っ掛かった黄色と黒のシマ模様のパンツを見つけ、子供達が言いました。


「こんなパンツ、はじめて見たよ。でっけーパンツだ。誰のだろう?」

 弟の方がカミナリさまのパンツを指差して言いました。

「きったねーパンツ。誰だよ、こんなところに引っ掛けていったのは」

 兄の方が枝からカミナリさまのパンツを指で摘みました。


 二人はカミナリさまがすぐそこにいることに気づいていませんでした。けれど、カミナリさまは二人の声に起こされました。

 兄の手に摘まれた自分のパンツを見つけ、カミナリさまは慌てました。

「おいらのパンツにさわるな」

 カミナリさまは兄の手から自分のパンツを取り戻そうとしました。けれど、カミナリさまの手は空を掴みます。

 パンツはイタズラな風によってカミナリさまの声に驚いた兄の手から飛ばされ、ヒラヒラとどこかへ飛んでいってしまいました。

 パンツをなくしてしまったカミナリさまはガックリとしました。

 大切に使ってきたトラジマ模様のパンツ。この世に二つはありません。

 ションボリとしているカミナリさまに、兄弟の声が聞こえてきました。


「あのひと裸だよ、兄ちゃん。パンツすらはいてない。もしかしてあのパンツって……」

「まずい。逃げるぞ。母さんの言っていた、森に出る裸の変なヒトってこいつだ」


「兄ちゃんもそう思う? 取って食われたらどうしよう」

「ほらっ。そんなこと言う前に、走れ!」


 逃げていく兄弟の姿をカミナリさまはじっと見ていました。

 パンツをなくしてしまったことは、とても悲しい。けれど、それ以上に兄弟の会話の方がカミナリさまは悲しかったのです。

「裸って変なのかな?」

 いつも空の上にいて、あまり地上に降りることもなく、人間とも会わないようにしていたカミナリさまは、実は人間をよく知りませんでした。だから、なぜ兄弟があんな風に自分を見るのかわかりませんでした。

 ただ、悲しくてさびしかったのです。そして、急に今までの自分の姿が気になりだしました。

 いつもパンツ姿でいたカミナリさま。けれど、親友の風神さまはいつもしっかり衣を身に着けていました。そのことを思い出して顔が真っ赤になり、次第に青くなっていきました。


 今までの自分の姿が恥ずかしくて、カミナリさまは雲に乗って空に帰ることすらできなくなってしまいます。そうして、カミナリさまは森の奥へと走り出しました。

 恥ずかしくて自分の姿を誰にも見られたくなかったのです。

 よく晴れた空には真っ黒な雲が現れ、そこから大粒の雨がざあざあと降り出しました。時々雲がピカッと光り、そのあとにはゴロゴロと大きな音が聞こえてきます。

 それは次の日も。そのまた次の日も。そのまた次の……と、何日も続き。

 今では、小さな川も大きな川になってしまいました。その川の近くにあった小さな村は今にものみ込まれそうなあり様です。

 村人達は村長の家に集まり、どうするか話し合いをしました。けれど、なかなかいい考えが出ず、話し合いが終わりません。


 それを上から見ていた風神さまが、村人達に言いました。

「雷神には、私から話をつけよう」

 風神さまもまた、止まない雨とカミナリにそろそろどうにかしなければと思っていたところだったのです。

 そうして風神さまは、カミナリさまのもとへ行きました。けれど、カミナリさまは厚い雲の中にいて、とても風神さまでも入っていけません。

 しかたなく風神さまは、その雲に向かって言いました。

「雷神よ、何をそんなに怒っている?」

 雲が少しだけ震えました。

「おいらは怒ってなんかいないよ、風神。ただ悲しくて、さびしくて、恥ずかしくて。おいらもう、誰とも会いたくないんだ」

 ゴロゴロとなる音が、前よりも強くなりました。

「何が『悲しくて、さびしくて、恥ずかしくて』なんだい。雷神よ、地上はお主の雨で水浸しになりそうだよ」


「……おいら、パンツをなくしちゃったんだ。裸でなんて、もう誰とも会えない」


 カミナリさまの話を聞いた風神さまは、もう一度、あの小さな村へと行きました。

「話を聞いてきた。どうやら大切にしていたパンツをなくしてしまったらしい。トラジマ模様のパンツなんだが、どこかで見なかったか?」

 二人の子供を連れた母親が言いました。それは、森でカミナリさまに会った兄弟の母親でした。

「すみません。うちの子達がどうやら風に飛ばしてしまったみたいなのです。カミナリさまはずいぶんとお怒りでしたでしょうか?」

「いいや。怒ってはいなかった。ただ『悲しくて、さびしくて、恥ずかしくて』だそうだ。そこで頼みがあるんだが、誰か雷神のパンツを作ってくれないか?」

「わたしが繕います」

 子供達の母親が言いました。

「カミナリさまはそれでこの雨とカミナリを止めてくれるでしょうか?」

「ああ。大丈夫だ」

 それから母親は大急ぎでカミナリさまのパンツを作りました。

 カミナリさまだけあって、サイズはかなり大きめです。


 チャキチャキ。チャキチャキ。

 すばやく布を裁ち。

 チクチク。チクチク。

 心をこめて形を作っていきます。


 そうしてできあがったのは、真新しいトラジマ模様のパンツでした。カミナリさまの新しいパンツを受け取り、風神さまは喜びました。

「あと、これもカミナリさまに渡してもらえませんでしょうか?」

 母親から渡された物を見て、風神さまは驚きました。

「うちの子達が失礼をしました。よければ受け取ってください。今度はこれを着て村にお越しください。そうお伝えください」

「……しっかり伝えよう」

 風神さまは急いでカミナリさまのもとへ戻りました。


「雷神よ。この厚い雲をどけてくれ」

 雲が震え、カミナリさまが言いました。

「風神の言葉でも聞きたくない。おいら、誰とも会いたくないんだ」

「渡したい物がある。お主が会った子供達の母がお主のために作ってくれた新しいパンツだ」

 風神さまとカミナリさまの間の雲が少しずつ消えていきます。

「おいらの新しいパンツ?」

 おそるおそると顔を出したカミナリさまに、真新しいトラジマ模様のパンツが渡されました。カミナリさまは新しいパンツをしげしげと見つめ、これまたおそるおそるとはいてみました。


「……おいらのパンツ。新しいパンツだ」


 その顔が笑顔になりました。

 雨もカミナリも止み、厚く積もっていた雲はどんどんどこかへと消えていきます。

 けれど。急にカミナリさまが泣きそうな顔になりました。

「パンツ姿って恥ずかしいことなのかな?」

「もうひとつ。これもお主に、だ」

 渡されたのは、着物でした。

 みるみるカミナリさまの顔に笑顔が戻ってきます。

「おいらの着物? これ、おいらが着てもいいのか?」

「お主の物だ。うちの子達が失礼をした。それを着て村に来てくれと、お主への伝言を頼まれた」

 カミナリさまがさっそく着物を着てみたのはいうまでもありません。

 そして、カミナリさまは風神さまといっしょに小さな村に行きました。新しいパンツと着物をありがとうとお礼し、長い間雨を降らしてしまいごめんなさいと謝りました。


 それからちょくちょく、この小さな村には着物を着たカミナリさまが現れたと言います。

 子供達といっしょに遊んだり、畑仕事を手伝ったりしていたとか。


 これは、むかしむかし。

 人間と神さまが近かった時代のお話。




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― 新着の感想 ―
[一言] 子供に寝る前に読み聞かせるつもりで、貴作にたどり着きました。 子供は鬼のパンツを見つけたときの兄弟の会話にケラケラ笑っていました。 裸の恥ずかしさに気がついてしまった雷さま。 禁断の実を食べ…
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