過剰な応援団
「で,この間のお泊まり、どうだったんですか!!」
勤務時間が終わると同時に,赤西が酒井に駆け寄り話しかける。
「赤西、勤務時間までがんばったんだなぁ。」
上司の磯部がくつくつと笑いながら言う。勤務時間中はぴしっと仕事をこなしていた赤西だが,ちらちらと酒井に話しかけたいオーラを出していたのを,周りは気付いていたのだ。
「えー、だって姉さんのお泊まりですよ、お泊まり!!結果が気になるじゃないですかー。」
楽しそうににこにこしている赤西の頭を酒井が叩く。
「赤西、あんたの声がでかすぎんのよ。」
「うふふ,若い子は楽しそうねぇ。」
にこにこと酒井と赤西を見ているのは,二人の子持ちの入江だ。二人の子持ちに見えない綺麗な女性である。
「ママ,酒井さん,こんどこそ、いい人だと思うんです。ママもアドバイスしてください!!」
赤西にママと呼ばれた入江はいそいそと酒井の傍へと歩み寄る。
「そうなら、そうと早く言ってよ。娘の一大事なら,私も応援しちゃうわ。」
元気で裏表のない酒井や赤西をかわいがっている入江は二人を我が娘と公言しているほどである。
「よかったですねぇ,酒井さん。ママが味方なら絶対大丈夫じゃないですか!」
話を聞いていた村上もにこにこと声をかける。
「で,実際のところ,どうなんスか?」
黒岩がイスに座ったまま,するすると酒井の傍へ寄っていく。
「ぜひ、その話、俺も聞きたいっス!」
「俺も入れてほしい~。」
前園と沢木もそれぞれのデスクから声をあげる。広いフロアの中で声をあげても,おしゃべりを止める人間はいない。男女ともに居ても,女性の方が多いこの職場では,おしゃべりは全く気にされないのだ。むしろ,それぞれの情報交換となり,コミュニケーションが大事であると推奨されている。が,
「えーっと,まあ、楽しく過ごしましたよ。」
周囲の目と耳が集まっていることに照れながらも,一応報告する酒井にいつもの威勢の良さはない。
「おー!」
「これはもしかしてプロポーズは?」
黒岩と前園が盛り上がる。
「それはなかった。」
「あー。」
「残念!」
酒井の言葉にすぐに落胆する二人の様子が周囲の笑いを誘う。
「でも,良い感じだったんですよね?」
詳しく聞きたいというわくわくオーラを隠さない赤西に,酒井は照れながらも言葉を重ねる。
「うん。観光して,ホテルに泊まって・・・うん、とっても優しかった。」
「「「フー!!」」」
酒井の言葉に黒岩、前園、沢木、赤西、村上の若手が声を上げて盛り上げる。
「じゃ、次のクリスマスがいよいよ本番っスね!」
黒岩が楽しそうに酒井に詰め寄る。
「プロポーズ大作戦っスね!」
前園もわくわくと楽しそうだ。
「赤西、相手に探りを入れるんだ!」
「了解しました。沢木たいちょー!」
沢木の振りに,赤西が楽しそうに答えると,黒岩も,ノる。
「赤西,姉さんが喜ぶことを教えてやれよ!アドバイスはおまえにかかっている!」
「わかってますって,黒岩先輩。」
「なんか素敵ですね,酒井さん。聞いているだけで私もどきどきします。ママ、ぜひ姉さんに心構えを!」
「村上ちゃんももうちょっとがんばりなさいよ。酒井さんは私のかわいい娘だもの,やっぱり胃袋を掴むのが大事よ。レパートリーは増えたんでしょう?」
「一人暮らししてるからだいぶ増えましたー!」
「おれも週7でご飯作ってるから増えました―。」
「沢木さんとこの奥さん、大変そうですもんね。っていうか、沢木さんの作るレパートリー、なんかまちがってません?この間すごいの作ってませんでしたか?」
「いやいや、おれなんてそうでもないよ。」
「村上さんの言うとおりですよー。沢木さんが作るようなのって,普通の主婦が作るもんじゃないです。凝り性なの、よくわかりますけどー。」
「いや、赤西、30分もすればできるものばっかりだよ。」
「それでイタリアン的なディナーができちゃう沢木さんがすごすぎっすよ。」
黒岩が沢木に突っ込む。
「まあ、沢木君ほどすごくなくても,家庭的な肉じゃがとかで胃袋つかまなきゃね。」
「そっちはばっちりです~。この間も作りました~。」
「さすが姉さん!」
にぎやかな職場の大応援団は盛り下がることなく,一年間続いた。