1.Can you belive someone
LADR 1 Can you belive someone
序章 奇跡と遭遇
赤城烈怒はノイローゼだった。
高校入試で彼は有名私立高校を落としていた。そのため、彼は地元の公立高校、ここ館王高校に入学していた。プライドの高い烈怒にとって、私立高校を落としたことは屈辱的だった。ノイローゼになったのはそれからだ。
せめて館王高校ではトップを狙おうと決意し、入学以来彼は勉強し続けた。
しかし、烈怒の成績は伸びていかなかった。これだけ勉強しているのに、なぜ成績が伸びないのか。烈怒は考えながら今日も休み時間を削って勉強していた。
そしていつものように、数学の問題に苦戦していた。誰にも話しかけず、話しかけられず、そう言うつまらない休み時間を日課のように過ごしていた。今日もいつものような休み時間をすごしのだと思い込んでいた。次の授業を確認するため、烈怒はふと手をとめて予定黒板を見つめていた。そこには学活、席替えと書かれていた。内心舌打ちをしたい気分になった。
人間、誰もが時間の流れには逆らえない。今、その逆らいたい時間に烈怒直面していた。
学活の席替えの時間は烈怒にとって最悪の時間だった。
絶望的な顔をしながら、勉強していた。今はくじ引きを引いて新たな席を決めていた。
自分の番まではまだ時間がある。と思い込んで、一分一秒無駄にせず勉強に充てていた。
しかし、と思い込んでいただけで、念のためくじを持っている担任の方へと顔を向けると、いつの間にかもう、烈怒の前の席の女子、国川凛がくじ引きを引いていた所だった。
急いで手を止めて席を立った。焦った様子を見せながら、机と机の間を早歩きで移動していった。その間にも、座っている生徒のほとんどは、烈怒が近付くと自らの机を持ち上げたり、烈度が触れた部分を、まるで汚い者がついたように手で払っていた。
だが、その様子は彼の眼中に映ることはなかった。何よりも周囲から何か言われるのが怖くてたまらなかった。
数秒の地獄を、なんとか切り抜けた烈怒は担任の元へとたどり着いた。緊張した顔と不安な顔を併せ持ちながら、烈怒はくじが入っている箱の中に手を突っ込んだ。
数秒後、箱の中から軽く震えた手が出てきた。その手の中に握られていた帯紐のくじには「14」と書かれていた。14番は国川凛の後ろの席だ。
そして黒板に担任がチョークで書きつけた。
凛の名前の下に、「赤城」と。
それを見た女子の反応は、聞こえないくらいの批判や悪口を言っていた。こうなることは大体予想できていたが、烈怒には黙って席に戻ることしかできなかった。
凛は烈怒とは正反対な人間だった。優しい性格で、背が高くてモデルのような体型をしている。そのせいか男子には結構人気があった。と言っても、凛はほとんど男子には居身がないようだ。いや、興味がないというよりも、もう男がいるから他の男子には興味がないといったほうが正しそうだ。
だが、今の凛の顔は別に嫌がっている様子は見えなかった。それが烈怒には不思議で仕方なかった。これも優しい性格のせいなのだろうか。
新しい席が決まると、机の中にあった荷物を持って場所だけを移動する。
その途中で、烈怒は人にぶつかった。かすかに感じた肩の衝撃を理由に彼は振り返った。
それは女子の波村望美だった。彼女は烈怒のことを嫌っている人間の一人だった。当然のように望美は睨みつけて、挙句の果てに大きな舌打ちをした。光った彼女の眼鏡が威圧感を与えていた。
それをまじまじと見せ付けられた烈怒の表情は、明らかに落ち込んでいた。まるで私立入試に落ちた時と同じ気分だった。数秒立ちすくんでから、彼はまた絶望的な表情をしながら移動を再開した。
担任は移動が終わると、自習にして教室を去った。常識のように他の生徒はうるさくて騒ぎ始めた。烈怒は烈怒の常識に従って、周りに誰が来たのか見向きもせずに勉強を始めた。
その時、邪魔をする声なのか天使の声なのか、前方から声がした。
「赤城君」
声にはもちろん聞き覚えがあった。前にいるのは、彼女しかいない。下を向いていた顔を上げると、長めの髪を二つ結びにしたほほ笑んだ凛がいた。
「何?」
何日ぶりだろうか。こうして学校で人と話すのは。
「また、近くだね」
それだけを伝えるために、わざわざ自分なんかに話しかけてきたのがまたまた不思議だった。彼女が何をしたいのか、烈怒には見当もつかなかった。
それに続いたのか、右隣りからも声がする。
「なあ、赤城」
とたんに烈怒は青ざめた。
目の前に自分のノイローゼの原因とも言える人物がいた。天野弘也だ。彼は烈怒ほど勉強していない。しかし、テストの成績は烈怒より上だった。その上、スポーツ万能でルックスも良いし、開放的な性格でクラスの人気者だ。彼も凛と同じように烈怒とは対照的な存在だった。
もちろん烈怒は弘也のことが虫が好かなった。あっちがこっちのことをどう思っているかは知らないが、とにかく烈怒は嫌いだった。
自分とは正反対な人間が、周囲に二人もいる空間はとても過ごしにくかった。元からすごしにくかった空間がもっと過ごしにくくなったのだ。それを知らない弘也は、屈託のない笑みを浮かべている。
烈怒はいつまでも嫌がっているというのも悪い気がしたので、仕方なく返事を返した。
「な、なんだよ」
「赤城ってさ、いっつも勉強してるけど、頭いいの、どうなの?」
嫌みのような言葉を掛けてきて、やはり彼は嫌いだ、という思いが頭から離れなかった。
だが、一方であまりよく知らない弘也が気になる、という考えもあった。確かに他人を何も知らないで人のことを嫌うのはよくない。
烈怒は口を動かした。
「多分、天野よりかは、テストの点数はよくないよ」
その卑劣な発言に、弘也はやれやれという漢字で腕を組み、ため息をついてから話した。
「じゃあ、赤城、この前のテストの合計、難点だった」
「えっと・・・、確か、445くらいだったよ」
「めっちゃ頭いいな、お前」
烈怒にはそれがどういう意味なのか理解できなかった。てっきり、自分の方が高いと自慢げな発言が飛び出すのかと思っていたが、予想外だった。
「やっぱ勉強してるやつは違うよなー。俺、400点行かなかったぜ」
ということは、弘也に勝てたということが、同時に、何とも言えない嬉しさがこみ上げてきた。しかし、自分の立ち位置の都合上、素直に喜ぶことができなかった。
その時、前の方から不要な声がした。
「すごいねー、赤城君。前回のテスト難しかったのに400点以上とれるなんて、本当すごいね」凛は心の底から誉めてくれていた。また嬉しかったが、やはり喜ぶことは許されないような気がした。
烈怒の暗い表情を読み取った凛は、ふと思いついたように疑問を投げかけた。
「赤城君て何でいっつも勉強してるの?疲れたりしないの?」
隣では弘也が自分も同じ意見なのか、腕組をして頷いていた。
あまり話したくないことがったが、二人の好奇心にあっさりと押しつぶされてしまった。視線が痛かった。何より、人と久しぶりに話す楽しさを感じていた。自分なんかを、ここまで構ってくれるとはとても思ってなかった。
いつもより表情が生き生きしていた。と我ながら思う。
「私立落ちたから、せめてこっちで頑張ろうかなって思っただけだよ」
思い切って打ち明けた。するとそれに続いて、弘也の入学理由が本人の口からすんなり聞かされた。
「なんだ。赤城も私立落としてたんだ。実は俺もだよ」
「えっ?」
今日は二回目だ。弘也のことを知って驚くのはなんだか疲れる。なんだそうだったのか、と後に付け足したいくらいだ。
「国川はさ、なんでこっち来たの?中学の頃違うところ希望してなかった?」
そう言えば、凛と弘也は同じ中学だと聞いたことがある。
凛は少し顔を赤らめてから口を開いた。
「あぁ、あたしは・・・確かに最初はみんなと同じで、私立の木桜を目指してたんだけど、点数が足りないってなったから結局諦めて館王に入学したんだ。テニス部強いからまあいいかなって思って」
これでわかったことは凛が中学生のころはテニスをしていたということ。それと彼女の性格がイメージと違っていたことだろう。
これだけ知っても、烈怒にはまだ気になることがあった。
ようやくここで自ら話のきっかけを作ることができた。
「あのさ・・・。波村のこと、知ってない?」
弘也はごく普通に答えてくれた。まだ怪しまれてはいない。
「波村も、俺たちを同じ中学だよ。・・・たしかあいつは、私立を落としてた気がする」
「結局みんな同じような理由なんだよね」
凛が魔簡単にまとめてくれた。要するに、いつまでもくよくよしないで明るくなろうと言いたいのだろうと烈怒は考えた。なんだか自分に言われているようだ。まあ言われても仕方ないだろう。
「っていうか、いきなりどうしたの赤城。好きなのか?」
途端に烈怒の表情が固まった。今ここで本当のことを言えば、口の軽そうな弘也のせいで一気にクラス中に広まるだろう。そうしなくてもばれてしまいそうな気がした。なぜなら、烈怒の周りにはあと一人それを見ている者がいるのだから。
「趣味悪くない?止めておいた方がいいよ、望美は。あぁ見えて性格腹黒いからさ」
望美の事をよく知っていそうな凛の言うことには説得力があった。
烈怒はこの後も望美に関する質問を投げられたが、全て無視して固まっていた。確かに固まっていたが、いつもよりは楽しそうな彼がそこにいた。
昼休み、烈怒は昼食をとるために屋上へと向かおうとしていた。今までは家族がせっかく作ってくれていた弁当も、孤独にまみれて砂をかむように味気なく感じていたが、今日はおそらく違うだろう。
「赤城、一緒に食べない?」
今回は予想どうりだった。荒野が誘って生きた。続いて前の席から凛も、
「あたしも、いいかな?」
と入ってきた。
許可を出したいが、いつもと見慣れない展開に、つい戸惑ってしまう。
「いつもはどこで食べてるんだ?」
「お、屋上・・・・」
瞬間、両肩に小さな衝撃を感じるとともに、体が左に引き寄せられた。
弘也が肩を組んできて言った。
「お前に合わせるよ」
なぜここまで自分に絡んでくるのか、烈怒にはわかりかねた。
なんだか今日は、予想外の出来事が多い。
屋上には全く人気がなく、開放感があった。それがいつものことなのだが、今日は大きく違った。自分以外に、人が二人もいることだ。そのせいか、砂の味の弁当も高級な味に感じた。とにかく弁当が美味しかっただけでなく楽しかった。
「赤城ってさ、家でも勉強してるわけ?」
弘也が箸を動かしながら言った。
「えっ、ああ、さすがに・・・ゲームとかしてるけど」
「何のゲーム?」と弘也。
「もしかして、“ライド”?」
と凛は問うた。
これが彼をとんでもない運命に導くとも知らずに、烈怒は答えた。
「うん、そう」
烈怒はちゃんと首を縦に振った。
「おお、マジか。俺もやってるよ」
「あたしもあたしも」
ただ無邪気に両社ははしゃいだ。烈怒は少し冷や汗をかいた。嫌な予感がしたからだ。
「じゃあさ、今日会わないか?」
と弘也が聞いてくる。
「ああ、それいいね」
凛も賛同してくる。
(これじゃあ、断りにくいじゃんかよ。・・・もうどうにでもなれ!)
「い、いいけど」
烈怒は言ってしまった。
一章 偶然と遭遇
「ライド・ザ・ライド」とは、ゲーム会社のD&Cにより一年前に開発された未来型ネットゲームのことだ。ゲームプレイヤーは耳にバーチャル・コアという少し大きめのヘッドホン型の専用機械を取り付けてプレイする。そのバーチャル・コアがプレイヤーの意思を全て瞬時に読み取って画面のキャラクターを動かす。“歩け”と念じれば即座にそれをバーチャル。コアが読み取り、キャラクターが動く。というように、年次つだけという簡単かつ未来的な捜査方法が功を奏し爆発的なヒットを記録した。その後も売り上げは衰えることはなく、全世界的に売り上げを伸ばしていった。
特徴はもう一つある。それは、パソコンを対応機種としているため、世界中のプレイヤーと交流できることだ。簡単に言うと、インターネットに接続しているゲームと言えばいいだろう。
そのライド・ザ・ライド内でつくられた架空の町“レオ・ルード”に烈怒はいた。
確か、荒野たちとの待ち合わせ場所は同じ架空の町“デスト・レイト”だったはずだ。
そこに向かうため、烈怒はここで言う電車のサイバートレインの駅にやって来ていた。
切符を購入するため、券売機の方に体を向けた時、見覚えのある若い女性が目に映った。
その頃、デスト・レイトでは。
「赤城君、遅いね」
凛が隣で言った。
「やっぱりまだ俺たちのこと信用してないのかな〜」
弘也が不安な様子で言った。
レオ・ルードより発展しているデスト・レイトでは多くの人でにぎわっていた。多くの人々はで店や他の人々に話しかけている。
それに比べて、何もせずに唯ボーっとしている弘也と凛は功の町の雰囲気にあっていなかった。
凛はボーっとしていた状態から我に返って荒野に顔を向けた。
「あのさ〜、俺いつもこういう看板立ててるんだ」
と言って弘也は現実世界で念じたのか、白い看板を一瞬で出現させた。
その看板には「用心棒 一日1000ムーア」と書かれていた。内容はシンプルだが、凛はなんだかぼったくりに感じた。
「1000ムーアって・・・高くない?」
「えっ、そうかな」
人の商売にけちをつけるのは趣味じゃないが、もう少し安くしてもいいだろうと思った。ちなみに、円で換算すると1ムーア10円だ。
弘也が驚くと同時に、凛は人が集中している方を指差した。
「だって、あっちにもっと安い人いるよ」
その人込みの中心には、「用心棒 一日500ムーア」と書かれた看板をかかげている人がいた。確かに、安かった。
荒野はおとなしく負けを認めたのか、歯をむき出しにして睨みつけた。
「・・・ちょっと抗議してくる」
そして弘也はのしのしと肩を大きく動かして歩いていく。凛は本当にすると思わなかったので少し唖然としていたが、すぐに追いかけた。
「ねえ、本当に言うの?」
「ああ」
「なんて言うの?」
「普通にだよ。とめるなよ、これは男の戦いだから」
「あ、う、うん」
その続きは出てこなかった。さすがにもう関わることは許されないだろうと思い、凛は諦めた。
ようやくたどり着いた弘也はすぐに口を開いた。
「おいおいおいおい」
でたらめで横暴に声を張り上げた。
その声を聞いて、一瞬で人込みは引き、看板を持った男一人を残してぽっかりと大きなドーナツ型の空間ができた。
姿を現した男は長いマフラーに、右に偏り先のとがった髪型が特徴的だった。馬鹿にしてやろうかと思ったそのとき、なぜか懐かしさが湧いてきた。次に用意していた言葉も急に消えてしまった。
「何か用か?」
そして男は振り返った。
烈怒の目には確かに波村望美が映っていた。烈怒は確信をもった。しかし、近付こうにも近づけない。
彼女は烈怒の存在に気付いたのか、学校の時と同様に睨みつけて舌打ちをしてきた。
烈怒はそれを見ると、気まずい空気を感じて、ため息をついてまた歩き出した。
どうやら彼女とは反対方向の行き先らしい。
少しホッとして緊張しつつも望美とすれ違おうとした。
その時、
「赤城」
突然そう耳元で呟かれた。
もちろん彼の名前を知っているのは彼女しかいない。烈怒はまだ緊張が途切れていないまま、反応した。
振り返った先に映った望美の姿は、白いシャツに群青色のスカートだった。
「赤城なんでしょ。・・・金髪だからわからなかったよ」
妖艶な雰囲気が、烈怒をさらに喋りにくくさせた。ここから先は一方的に話されそうな気がした。
「何で金髪なの?」
ライド・ザ・ライドでは、ゲームを初めてプレイした時、バーチャル。コアがプレイヤーの体の形を読み取って、そっくりそのまま反映させる。だから烈怒は波村望美の存在に気づくことができた。
しかし、目の色や神の色は自由自在に変更することができる。そのため望美は烈怒を本人かどうか疑ったのだ。
「い、いや、なんとなく」
「ふーん、そうなんだ・・・」
その時、
「泥棒だ!!」
烈怒は声の主の方に振り返った。
前方に見えたのは黒いハット帽に白いコートを着た泥棒と思われる人物と、その仲間らしき背丈の小さな少女の二人組が走っているのだった。
しかも、すごい勢いで烈怒の方へ向って来ている。このまま突進してくるのではないかと烈怒は予想した。
望美も同じく声に反応して、烈怒の背後から顔をのぞかせる。しかし、望美が事態を把握する前に事件は起きた。
泥棒の男は手に持っていた盗んだ小さな箱を、烈怒とのすれ違う瞬間、烈怒の胸へと押しこんだ。
急な衝撃に、心と体が耐えられず、烈怒は後方に倒れた。ついでに烈怒の後ろにいた望美も巻き込まれる。
「えぇ、ちょっときゃあ」
望美が声を上げたが、烈怒はそんなこと気にしていなかった。目が勝手に動き、泥棒の方を見ていた。そして泥棒は言った。
「あばよ」
その瞬間、烈怒の人生は大きく変えられた。
泥棒が走ってきた方角から、うるさいほどの音量でサイレンを鳴らす何かが近付いてくる。
「あいつらだ。あの男女二人組だ!!」
確かにそう聞こえた。いや、これは言われたと言い換えた方がよさそうだ。
はげ坊主の筋肉質な中年の男と、サイレンの正体と思われるロボットが何体か近付いてきた。男はおそらく盗難された品を取り扱っていた店主だろう。
あのロボットが来たと言うことは、電脳警察が来たという証拠だ。
正式名称は電脳警察ではなく、「ワイルドライド」だと烈怒は聞いたことがある。
しかし、そんなこと今はどうでもいい。今彼は濡れ衣を着せられているのだ。望美の顔を見ると、絶望していた。だが烈怒は内心まだ諦めていなかった。逃げればいい話だ。と、烈怒は考えていた。
「波村、立てる?」
烈怒は立ち上がりながら言った。
「えっ・・・うん」
望美は一応返事をし、残りの精神力を力に変えて立ち上がった。
「・・・どうするつもり?」
同時に、タイミング良く駅のホームに放送が流れた。
『まもなく、3番ホームに、サイバートレイン、デスト・レイト行きが到着します。ご乗車の方は、3番ホームにお急ぎください』
その時、烈怒に一つの考えが浮かんだ。
「波村、いいこと思いついたよ」
「何?・・・もしかして電車に飛び乗るとか言わないでよ」
その瞬間、烈怒は白い歯を見せて望美に振り返った。
「何でわかったの?」
「・・・そのくらい、予想着くわよ。・・・でも、あんた切符持ってるの?」
その間にも、店主とロボットが近付いてくる様子が目に映った。望美は焦った。
「持ってない。けど別に切符を持ってないと乗れないってわけじゃないだろ?」
やはり望美には信じられなかった。まあ元より信頼していないし、当てにならないと思っている。
「ど、どういうこと?」
望美には戸惑うことしかできなかった。
サイバートレインが近付いてきた。あと数秒で停車するだろう。
烈怒はただデスト・レイトに向かうことしか考えていなかった。もう待っている暇はない。敵はもうそこまで迫ってきている。ついに烈怒は望美の右手首をつかんで走り出した。望美は無理やり引っ張られていく。下手すれば足がもつれて転びそうになるくらいだ。運動が苦手の望美にとって、変な体勢で走るのは厳しかった。
ホームへと続く階段を、烈怒はすごいスピードで駆けあがってゆく。しかし、手を引っ張られている望美はほとんど引きずられているような体勢だった。
ホームについたとき、サイバートレインはまだ停車してくれていた。もちろん烈怒は少し息が荒くなっていたが、無言でただ走り続けている。だが、突然烈怒は口を開いた。
「跳ぶよ」
「そんなこと・・・無理に決まってるでしょ。冗談やめてよ・・・あたしは運動が、きゃっ!!」
気付いた時にはもう体が宙に浮いていた。
同時にサイバートレインの車両が徐々に動き出しているのが見えた。
烈怒はこのまま屋根に飛び乗るつもりなのだろう。だが、望美には自信がなかった。しかし捕まりたくはない。学校でのみんなの態度に合わせるべきか、自分の人生をとるか、望美にはわからなかった。
(赤城・・・教えて。あたしは、どうすれば・・・)
そんなこと思っているうちに、またいつの間にか出来事が起こっていた。
二人は無事屋根の上に着地していた。望美は口が開いたままになった。
そしてサイバートレインは本格的に動き出した。
今まで追いかけてきた店主は乗車ができなかったのか、車両が動くにつれて少しずつ小さくなっていくのが烈怒にはおもしろくて仕方がなかった。
しかし、敵はあの男だけではない。ワイルドライドのロボットは背中のバーニアを噴かして、二人が苦労して跳び子だ所をいとも簡単にやってきた。
「どうするの」と望美。
烈怒はあらかじめ答えを用意していた。
バーチャル・コアで念じられた命令が具現化される。
烈怒の手中から赤き光の剣が出現した。
「あんたバカぁ?ネットポリスに反抗したらどうなるかわかってるでしょ!」
望美は激怒したが、烈怒の考えは変わることはなかった。
「でも、今はもう一つ罪かぶっちゃってるだろ?だったら俺は開き直るね」
と言って烈怒は地面を蹴った。
前線へと飛び出していき、まずは一体、ロボットを切り倒した。
もうここまでしてしまっては犯罪者確定だ。望美は絶望して膝まづいた。
その間にも烈怒はロボットを倒していく。
ロボットは切り倒されて行動不能となり、どんどん落ちていくロボットは呆気なかった。
そして最後の一体となる。
今までの奴らとは雰囲気が違う。おそらくロボットたちの中のリーダー的な存在だろう。覚悟を決めて烈怒は戦いを挑んだ。
先ほどのように剣を振り下ろすが、いとも簡単に避けられてしまう。さすが強そうな雰囲気を出しているだけはある。
ロボットは反撃する。鉄の拳を振り回して烈怒に殴りかかる。まだ動きが遅い方だったので烈怒は避けることができた、が次に逆方向からのパンチが飛んでくる。今度はさすがに予想していなかったので烈怒はそれをまともに受けてしまう。
思った以上の威力に驚きながら烈怒は交代する。
「くっ、なんだよあいつ・・・」
烈怒は剣は効かないと判断し、バーチャル。コアに命令を送った。
烈怒の命令を聞き入れたバーチャル・コアが、烈怒の右腕に巨大な赤い大砲を装備させた。
それを構えて瞬時に引き金を引いた。光の弾丸が砲口から飛び出し、ロボットめがけて飛んでゆく。
そして爆音が響き渡り、爆風が広がってゆく。
煙にまぎれて結果はわからないが、やったかのように思えた。
しかし現実は甘くなかった。
煙が晴れかけていたとき、烈怒は思い切り油断をしていた。
ロボットが煙の中から飛び出し、烈怒に向かって再度殴りかかった。
いきなりの不意打ちに、烈怒は抵抗できずにまともに食らってしまうのでは、と予想した。顔だけは危ないと判断して、腕を顔の前に構えた。
(やばいっ、さすがに無理かっ・・・)
諦めかけたその時、電撃音が響き渡る。
ゆっくりと瞼を開けていくと、ロボットの動きは殴りかかる体勢のまま見事に止まっていた。胸部には電気がぱちぱちと音を立てて光っている。
何が起こったのか予想がつかなかった。半信半疑で後ろを振り向いた。
そこには杖を前に突き出している望美の姿があった。杖の先は電気がロボットの胸部と同じことになっている。
状況を理解した烈怒はほほ笑んで立ち上がった。
望美が照れながら口を開く。
「男のくせに、情けないのよ。べ、別に助けたわけじゃ・・・」
望美の言葉を遮るように烈怒が口をはさんだ。
「波村・・・ありがとう」
それを聞いて、望美はさらに顔が赤くなった。見せられないのか、俯いたまま烈怒に背を向けた。
「そ、そんなことよりも、どうするのよ。バカっ」
いつの間にかまともに話せていた。烈怒は気付いた。彼女はただ周りに流されているだけだと。
あの後、しばらく列車は進んでいた。
「ねえ、これだけ派手なことして、追手が来ないって、なんだか怪しくない?」
望美は背を向けて胡坐をかいている烈怒に言った。
「もう来てるみたいだよ」
烈怒が言った言葉が理解できず、とりあえず望美は烈怒が見ている方向を見た。
確かに一つの光がこちらに向かって来ている。明らか自分たちを狙っているような様子だった。そもそも空を飛べる技を持っているプレイヤーは上級者レベルのプレイヤー=ワイルドライドくらいだろう。
望美は唾を呑んだ。
そして光はさらに近づいてきて、具体的な姿が目に映った。白い服を身にまとっている時点でワイルドライドのメンバーだということが分かる。
烈怒が立ち上がると同時に、視界はふさがれて、誰が来たのかは見えなかった。
しかし烈怒は黙ったままだった。
相手も何も言わなかった。
「・・・兄貴?」
烈怒はそう言った。
どうゆうことなのか、望美にはさっぱり理解できなかった。なんだか気まずそうだ。
「烈怒?・・・烈怒なのか?」
烈怒の目の前には自分自身の兄、赤城大和がいた。
烈怒は申し訳なさそうな表情をしていた。が、内心は複雑な気持ちだった。
「誰、なの」
望美は一応のため確認をした。
「俺の、兄ちゃん」
答えはわかりやすい内容だった。シンプルなことなのに、内容には重みがあった。
「こんなところで何をやっているんだ。・・
・家でも引きこもって、・・・挙句の果てに犯罪か?」
兄の仕事は警察であるということは知っていたが、具体的にどのような仕事をしているのかは知らなかった。
まさかネット犯罪課に勤めているとは思わなかった。
さすがに兄には手を出すことができない。
「・・・俺も一人の警察だ。肉親だからと言って手を出さないわけにはいかない。烈怒、悪いがお前を、公務執行妨害、および窃盗罪で逮捕する!」
同時に大和は手の甲に刀を装備し、烈怒に襲いかかった。
烈怒にも捕まりたくないという気持ちはある。
烈怒は赤い剣を出現させ、刃の部分で大和の刀を受け止めた。
がんっと鈍い音が聞こえ、二人は唾競り合う。少しだけ大和の方が優勢に見えた。
「兄に反抗するつもりか?」
「・・・じゃあ、どうしろってんだよ!!」
怒りがこみ上げた烈怒は、大和が兄だということも忘れて、彼の腹を蹴り飛ばした。
「ぐはっ」
と、大和は吹っ飛んでいく。列車は走り続けているため、想像以上に飛んでいく距離が長かった。大和はなんとか自分の熟練したプレイングを生かして着地に成功した。
烈怒は容赦なく攻撃を続けていく。大砲を装備し、引き金を引いた。
瞬間、赤き弾丸が大和を襲った。ロボットの時と同様に爆風が広がる。
数秒後、煙が晴れた時に出てきた大和はかなりのダメージを受けていた。服は黒焦げの跡が点々としている。
大和も負けじと攻撃をしようとする。再度刀を装備しようと命令を送った。
しかし、刀は出現しなかった。
目を疑った。
バーチャル・コアが壊れたのか、バグを起こしたのか、どれだけ命令を送っても刀は出現しなかった。
「・・・どうゆうことだ。何をした?」
「もう兄貴のOTAは発動しないよ」
「何!?」
それをわかりきった途端、烈怒は腰の左についているスイッチを押した。
『ザ・X!!ハ、ハ、ハ、ハッキングノヴァ』
とどこかから叫び声が上がった。
後ろで見ていた望美には初めての光景だった。
(OTAって、何?)
その時、大和のちょうど腹部に当たる部分が赤く輝いた。
おそらくこの状況は烈怒にしか理解できないだろう。ワイルドライドの大和でさえも全く意味不明だった。
特に痛みはない。ただとてつもない恐怖が自分の精神を襲っていることだけが大和には分かった。
そして烈怒は走り出す。何もできなくなった大和めがけて思い切り地面を蹴りだした。
「喰らえよ!!」
烈怒は大和の腹部から放たれている赤い光に向かって飛び蹴りをした。
瞬間、痛みが来ると大和は覚悟して攻撃を受けた。しかし、また痛みはなかった。驚いたことに損をして、少し安心した状態で目を開いた。
目の前には自分に向かって蹴りをかます烈怒と、その周りには赤い刺のような元が無数に漂っていた。
「な、なんだこれは・・・」
痛みはないが、表示された大和の体力を示すゲージは徐々に減ってきている。
「これが俺の、OTAだぁ!!」
止めの一撃に、烈怒はさらに深く足を押しこみながら宙返りをした。
痛みのなかった攻撃が、突然リアルな衝撃へと変化し、大和は吹っ飛ばされた。
攻撃を受けた大和は、衝撃に抵抗することなくそのまま列車から落下していった。列車は移動しているので、吹っ飛ばされた大和はみるみる小さくなっていく。
その様子を見て烈怒は我に返った。今まで自分が何をしていたのか。考えてみればとんでもないほどに失礼なことをしている。何も気づかなかった自分が馬鹿らしかった。
列車はしばらく進んでいた。
二人の間には沈黙が訪れていた。
しかし、望美には疑問があった。それを聞こうか迷っていたが、さっきあんなことがあったので烈怒には聞きづらかった。
でも好奇心の方が勝ったようで、望美は振り向いて口を開いた。
「ねえ、・・・OTAってなんなの?」
烈怒は意外な反応をしてくれた。
望美に向き直った烈怒はゆっくりと口を開いた。
「お前OTA知らないの?」
「えっ・・・うん」
「説明書読んだ?」
ということはそこらへんの初心者でも知っているようなことなのだろうか。プレイ時間は長いほうの望美にとってはなんだか恥ずかしかった。
「よ、読んでない・・・」
できればこのことについては言いたくなかったのだが、こうでもしないと烈怒は答えてくれなさそうだ。いつの間にか望美の顔は赤面していた。
「ったく〜、面倒癖え」と烈怒は後頭部を掻きむしった。その様子は、望美にとって不快感を抱かせたが、ここはこらえるしかないということを忘れてはいなかった。
「OTAっていうのは、オートタクティクスアビリティの略称で、まあ、特殊能力みたいなもんだよ」
と烈怒は望美がわかるだろうと思って、自分なりにまとめた。
彼女もよく理解できたのか、何回も頷いて聞いてくれていた。烈怒はその様子だけで満足し、揺れる列車の屋根の上に寝転がり始めた。
「赤城は、・・・その、OTAって持ってるの?」
と初めて使う言葉を望美はぎこちなく発した。
一応耳に入ってきたセリフを烈怒は寝たまま返事する。
「さっき見ただろ?俺のOTAは、バグクロークって言って、攻撃を相手に当てたら充てた相手のOTAを一定時間無効化にするっていう能力で・・・」
「あぁもう!わかったから、はいはい」
望美が急に割り込んできて、烈怒の話は途中で終わった。そちらから聞いてきた癖に達が悪すぎるのではと烈怒は感じた。学校でも似たような態度のため、慣れてないと言えば嘘になる。しかしどうもこの態度は気に食わない。一人で突っ走ってると言うか・・・。
「なんだよ急に、お前が聞きたいって言った癖に・・・ムカつくなあ」
烈怒のわからないこともない意見に対して、望美はすぐに反応した。
「こ、こっちだって、そんな自慢げな態度で、しかも寝ながらなんて・・・人のこと言えないでしょ!!」
後付けしたような言い訳だった。どうやら、烈怒の勘は当たっているのかもしれない。敢えてここは言わない方がいいだろうと、烈怒は怒りをこらえて黙り込んだ。
望美もそれに気づいて、再び沈黙を作り始めた。
だが、彼女にこの状況は耐えられないようだった。
「・・・そう言えばさ、箱の中身って・・・なんだったの?」
望美は申し訳なさそうにすることはなく、ただ気まずそうな表情で再度言葉を発した。
烈怒はとりあえず望美が何かぼそぼそと喋っているのを耳に入れた。だが今更あの態度を取られて反応する気はない。あっちはどう思っているかは知らないが、こっちは相当に腹が立っていて仕方がない。
学校にしても、このゲームの世界にしても、彼女はどこか無理をしているような気がする。と、烈怒は前々から考えていた。学校では、無理に人間関係を保っているような雰囲気で、一言で言うとぎこちない。行動面もそうだが、性格もそうでは・・・彼女は破滅願望でもあるのだろうか。
「ねえ・・・聞いてるのっ」
望美はしつこく呼びかけてくる。なんだか彼女がかわいそうに見えてくる。
(なんでお前は・・・そう、強がってるんだ?なんでそう、・・・一人でやろうとするんだ?)
烈怒の苛立ちに、さらに理由が付け足された。まあ付け足されたと言っても、全て望美についてのことだが。
「なんだよ」烈怒は上半身を勢いよく起こすと続けた。「ムカつくんだよ、マジで。その態度・・・」
勢いに負けて、烈怒はつい強く言ってしまった。その言葉を聞いて、望美は一瞬で気づ付いたような表情へと変化した。烈怒は一つも悪いとは思わなかった。都合のいい女だとばかり思い込んだ。望美の予想していた人柄とは、かけ離れた性格は烈怒にとってはかなりショックだった。
「だって・・・、それは、赤城も気になるかなって思って・・・。話す気ないなら、いいけど」
「だからなんでお前が上から言うわけ?おかしいだろ!まずは謝れよ!」
確かに、烈怒の言うとおりだ。こんなに起こってくる人物は、二人目かもしれない。そうして人間関係が壊れていく。・・・また、人を失っていく。彼なら教えてくれると思ったが、どうやら彼女のひねくれた性格が烈怒という人物との縁を切ってしまったらしい。ここまでなってしまっては、もうどうにもならないだろう。一人目の、彼だってそうだった。もっと、喋っていたかったのに。喋りたかっただけなのに。望美の願いは叶わない。
「・・・ごめんなさい」望美本人も知らぬ間に勝手に口が動いていたようだ。
自然とこういう態度をとったのは初めてかもしれない。考え何一つなしに動くのはとても危ないことなのに。
頭を下げていると、烈怒の舌打ちをする音が聞こえた。やはり、悪いことをしてしまった。
「全く、都合のいい女だよ」
というと、烈怒は現実世界でメニューを開くようバーチャル・コアに指示を出した。途端、烈怒の目の前には青緑色の長方形のパネルが出現した。烈怒はそこのITEMと書かれている部分を人差し指で軽く一押しした。
すると、横書きの文字が無数に縦にならんでいく。烈怒はその一番上にあるアンノウンと書かれたアイテムを触った。
その命令が具現化し、二人の間に小さな箱が出現した。
ぱっと見、何の変哲もないただの立方体の黒い箱だった。ただし、正面がどこかわかるよう、鍵穴のような部分がある。鍵穴と言っても、触るだけでその箱は開きそうだった。
望美は不審そうに箱をまじまじと見つめていた。烈怒には今の彼女の態度などどうでもよかった。どうでもいいというより、おそらく、無視したいと言い換えた方が正しそうだ。
烈怒は考えのままに鍵穴らしき部分をいつもと同じ感覚でタッチした。
瞬間、箱はやけに簡単に蓋を開けて中身を後悔した。その中には、一枚のカードしか入っていなかった。
「・・・」烈怒は疑うように眉間にしわを寄せて、カードに顔を近づけた。このカードも、やはり何の変哲もないカードに思えた。
しかし、カードは箱と違って、裏と表がはっきりしている。
「なんだ、これ?」
冷静に動いた彼の右手が、カードを取り出す。そして手首をひねると同時に、カードの反対側の面が姿を現す。
「フィートン・・・アップ?」
望美の言うとおり、そこにはそのまんまのことが書かれていた。カタカナで。こんなガキくさい物を、あの店主はなぜあんなにもしつこく追い回そうとしてきたのだろう。ましてや、さきほどの大和のようにワイルドライドの幹部までが出撃する事態だ。二人には全くこのカードの存在の大きさが理解できなかった。
よく見れば、「フィートンアップ」のとなりに、20と数字が書いてある。これは、なんのことを言っているのか?他に書いてあることは、カードのちょうど半分の境目らへんに、下向きの矢印とともに線が入っていることだった。
「これってさ、・・・もしかしたらチートアイテムなんじゃないの?」
その時、烈怒は望美の言葉に反応して、俯いていた顔を上げた。
突然の彼の行動に、望美も一瞬びくついた。
「・・・その可能性、有り得るな・・・」
烈怒は望美と違って、人の意見を素直に受け止めた。
「じゃ、じゃあ、そんな危ない物、さっさと捨てちゃえばいいじゃない。ドロップすればいいでしょ?」
望美が言ったことに、烈怒は今回は反応しなかった。変ったことと言えば、彼の表情が呆れたような顔になっていることくらいだ。
「お前本当バカだなあ。チートアイテムとかはさあ、呪いみたいな効果でドロップできないんだぜ」
わざと小馬鹿にするような言い方で言った。また望美の初心者なのかよくわからない、知識の貧しさを表す態度が出てくる。
「あっ・・・そっか」というのは今取り繕っているだけである。そんなこと、知るはずがない。
「まあ、このカードがチートアイテムって確証はないけどな・・・」
同時に、二人は言葉に詰まったのか、黙り始めた。状況に進展がない。
時間のことや、列車のことなんかは、すっかり忘れていた二人に、また動かなければならない警告が発された。
「まもなく、レオ・ルードに到着いたします。お出口は、右側です」
今のはおそらく、内部で流れていた放送が音漏れしたものだろう。
いまの放送を聞いて、烈怒は前方を見渡した。その視界に映ったのは、レオ・ルードの象徴とも言うべき建築物の巨大な赤レンガの時計台だった。
「・・・お前、どうする?」
烈怒は望身の方を向いた。
突然の質問に、望美は数秒きょどっていた。
「えっ、・・・どうするって、どういうこと?」
「もうレオ・ルードにつくらしいって今聞いてなかったのか?お前意外と抜けてるんだな」
そう言われた瞬間、望美の表情が一瞬変わった。驚いたような表情から、冷徹で怒りを表したような表情へと。もう彼女の性格をほとんど理解した烈怒は学校の時ほどは驚きはしなかった。が、やはり気に食わなかった。
望美がバカにされたら怒りをあらわにするという性格は、単純だった。ただ、そんなもの、烈怒からすればくだらないプライドに過ぎないと思った。彼は弘也や凛と出会ってから変わった。あのくだらない考えやプライドは、捨てたほうがいいと実感したのだ。
烈怒は一応続けた。
「列車降りたら、どうするんだって。多分、列車内にも駅内にも、またワイルドライドがいそうな気がするからさ」
望美の質問に答えるのが面倒になったため、質問を返されないようにちゃんと理由もつけておく。
「あんたと離れらるなら、それでいいわ。・・・あんたなんかと付き合うのは本当ごめんだから。あたしとはここでおさらばってことで」
まただ。何にこだわっているのだ。・・・つまらない奴だ。烈怒はさすがに呆れた。自分の理想像は、・・・間違いだった。少し絶望感を覚えながら烈怒はゆっくりと立ち上がった。望美の顔が反射的に上がる。
「そういう赤城は、どうするつもり?」
彼女にしては珍しい話題だった。
「いや、お前が一人で行くっていうんだから、俺もそうするしかないだろ?・・・まあ、お前なんかよりは逮捕される確率は低いと思うけどね」
烈怒はあえて望美の心理をくすぐってみた。ここで、捕まらないためについていくというのであれば、彼女のプライドが壊れる。そのまま意見を変えないのであれば、別のルートで彼女のプライドは壊れるだろう。望美の取っては、かなり難易度の高い選択に思えた。
「・・・別に、ログアウトすればいい話でしょ?」
おそらく彼女にはいい提案に思えただろう。しかしまたここで、彼女自身の知識の貧しさがプライドを傷つける。
「・・・ワイルドライドに目をつけられたプレイヤーは、ログアウトができなくなる。このゲーム内で捕まるんだ」
瞬間、望美は何か声を発した。同時に烈怒は望美の方を向いた。彼女は予想通りの顔をしていた。
「そ、そんな・・・嘘でしょ?・・・ねえ、嘘だって言ってよ!!」
突然望美は立ち上がって、烈怒の赤き半袖を掴んで揺さぶった。
当然、パニックか何かは起こすだろうと予想はついていた。だが、その対処法までは考えていない。
「あくまで噂だけどな。・・・どうする?・・・少しは素直になったらどうだよ」
烈怒がそう呟くと同時に、一瞬で辺りが暗くなった。夜というほどの暗さではないが、先ほどの景色とはずいぶん雰囲気が違う。
「レオ・ルード、レオ・ルード。ご降りの方は、お出口は右側です」
アナウンスが流れる。それともう一つ、うるさく鳴り響く音源があった。
列車から見下ろすと、大量の足のないロボットと、その中に一人、ロボットの白いボディに紛れている人物が一人。
覚悟はできていた。
「・・・どうする?」
「・・・・・・く」
望美の声は、絶望であふれかえってよく聞こえない。ついでに列車のブレーキ音でもっと聞こえなかった。
「聞こえねえよっ!」
「一緒に、・・・行く!」
そう言うと烈怒は適当に手を伸ばし、何か柔らかい物に感触を覚えるとそれを引き揚げた。
二の腕を引っ張られた望美は無理やり立ち上がると、涙を堪えた。
「いくぞ!もう一回!!」
それだけでは何のことを言っているのかわからないではないか。と胸の中で突っ込みながら、望美は烈怒に引っ張られた。瞬間、体が空中に浮く。その時、恐怖から自然と手が動き、烈怒の胸倉に空いている左手を捕まらせた。数秒もたたないうちに、どすんと鈍い音だけが聞こえた。望美自身は、少し震えを感じた程度で、いつの間にか目を閉じていた。彼女は急に音が治まったのを疑問に思い、ゆっくりと瞼を開けていった。
「・・・赤城?」
そこにはいままで一番至近距離の烈怒の顔があった。緊張を覚えながら望美は体を抱えられているのに気付いた。いわゆるお姫様抱っこという体勢で烈怒が望美を抱いていた。
「お、降ろしなさいよ!」
彼女とは違い、すぐに素直に―。呆れながら烈怒は喋ることすら忘れていた。鼻をすする音や、涙ぐんだ声が烈怒の耳に入る。しかし烈怒はどうとも思わなかった。冷たいかもしれないが、同じ人間ならここは耐えてほしかった。
その時、覚えのない声が大音量で響き渡った。
「お前たちはー完全に包囲されている〜。おとなしく観念して〜投稿したらどうだ〜」
なんともやる気のなさそうな声だろう。せっかく戦いに身構えていたことがバカらしくなってくる。それでも一応ワイルドライドの幹部だということが奇跡的に思えた。
そのだらけた声のおかげで、望身の表情にも少し明るさが戻った。
「もう一度いうぞ〜。お前たちはー完全に・・・」
「うるせえな」
「なんだと!貴様、もう一度言ってみろ!」
どうやら地獄耳らしい。やや面倒な相手だ。強そうには思えない。だが奴は幹部なのだ。矛盾している存在に、烈怒は違和感を感じた。
「何あいつ。キモッ」と望美。
さすがにこれを聞きとってしまっては、精神的なダメージが先ほどとは違うだろう。ましてや女性だ。地獄耳というのは便利なのか、癖の強い弱点なのかよくわからない。
「・・・。・・・ええい、犯罪者のくせに生意気なっ!貴様たちを、チートアイテム所持の罪で逮捕する!全員かかれぇー」
すると、周りを囲んでいたロボットの目が徐々に発光し始める。その時に次々と流れる発光音が二人にプレッシャーを感じる。
「ちょ、ちょっとぉ、どうするのよ、こんな数!」
望美は珍しく恥ずかしさやプライドなどを忘れて、烈怒の袖に捕まったくる。瞬間、烈怒はちらりと望美の方を見た。喧嘩はするものの、彼女を一女性として見ればうれしかった。逆にこっちが恥ずかしいくらいだ。と言っても、周りは感情のないロボットなので恥ずかしさを感じたところで無意味である。
「ちっ、・・・。そうだっ!これ、使ってみるか」
望美にはなんとなく予想がついた。いや、予想というより、確定しても構わないだろう。
そして烈怒は望美の予想通りのチートアイテムを取り出した。
「使い方知らないでしょ」
「説明書なんていらないだろ」
このカードは、悪魔でもあり、救世主でもある。世の中には、救世主の方が多い。と烈怒は信じていた。しかし望美は正反対のことを信じていた。
「いくぞっ、捕まってろよ!」
望美はその言葉を信じてさらに強く袖を握りしめた。それを地肌でしっかりと確認するなり、フィートンアップのカードが切り取り線を沿って破られた。
瞬きをする暇もないまま、破れた個所から出現した光に二人の体は覆い尽くされる。周りのロボットや幹部も、余りの眩しさのせいで、後退する者や目を腕で覆う者が続出した。
光は二人を中心に広がり、二人の体を完全に覆い尽くすと、吸い込むようにカードごと消えていった。
光が消え、ようやく目もまともに機能する頃には、ワイルドライド達は完全に犯罪者の行方を見失ってしまった。
「くっそー。ここぞというときにチートアイテムを使いやがってー。卑怯な奴!!」
と、知能のない幹部はいきり立っていた。
弘也と凛はそのまま口を閉じれずにいた。
「は、速人?・・・速人なのか?」
その名前を口にしたのは一年ぶりほどだった。
「風間君だよね」
どうやら凛も全く同じ状況にあるらしい。
目の前にいるのは、なつかしき旧友である。彼はズボンのポケットに手を突っこんだままむすっとしている。それがいつもの速人のとっているポーズだったということが懐かしい。
「・・・久しぶりだな」
自分たちとは正反対の応答をする速人は無視して、弘也は素直に再会を喜んだ。そのまま弘也は彼に近付いた。
「で、弘也。俺に何の用だ?・・・こんな所で何してるんだ?」
今聞かれた質問の答えは、二つ一遍に同じ答えを言っても大丈夫であろう。だがしかし、予想外の展開と人物への遭遇で、弘也は手も足もでなかった。突然黙り込んだ弘也に速人は疑いをかけた。
「・・・答えられないなら、いいけど・・・」
状況的に気まずくなった速人の用心棒への客たちは次第に身を引いていく。そして点々としたところに人々が散らばっていくと、いつものレオ・ルードらしい景色に戻った。
「い、いや・・・。別にいいけど、ねっ、その〜」
弘也はそれから笑ってごまかした。いかにも下手くそな演技で。凛は後ろから冷たい視線で見ていた。二人からの視線を誤魔化し切れていない弘也はなんだか惨めだった。
その時、彼らの前にある巨大なビルのモニターで流れていた商品の告知ムービーが、急に女性型のアンドロイドを映し出した。その様子に、凛や周りの一般プレイヤーは驚きの声を上げた。驚いてもおかしくはない。なぜなら、このようなムービーから急に女性型アンドロイドの物へと切り替わった時は、何かゲーム内で大変な騒動が起きたことを意味しているからだ。
『ニュースです。たった今、ゲーム内安全管理局:ワイルドライドからのお知らせがありました』
そして女性型アンドロイドが画面の隅に移動して、空いた枠に二つの人物写真が提示された。
凛はその写真を見た瞬間、顔色を変えて突然に声を上げた。
「えっ、・・・・天野君、あれって・・・」
弘也と速人が画面に顔を向けると同時に凛は画面を指差した。
そこには明らかに見覚えのある人物が二人映っていた。
「あれはっ!波村か!?」
弘也が本日二度目の驚いた表情を見せた。
「あと、隣の金髪の男の人。誰かに似てない?」
凛の勘は鋭かった。むしろ勘と言うよりほぼ言い当てていると言った方がいい。
「・・・まさか・・・赤城か?でも、どうしてあの二人が。確かあいつらは仲悪かったはずじゃ・・・」
と、彼らの学校生活を知らない速人に、弘也は自然と口を動かして説明していた。
「波村か・・・、懐かしいな。で、あいつら二人はどういう関係なんだ?」
速人の質問に、弘也が先ほどと同じ要領で答える。
「あいつらは、俺らとクラスが一緒なんだけど・・・仲が悪かったはず」
凛もその答えを強調するように隣で頷きながら、画面をまじまじと見つめていた。
『二人は、チートアイテムを所持している疑いで容疑に掛けられています。見つけた方は、ワイルドライド、またはゲーム管理局にまでお問い合わせください』
アンドロイドのアナウンスが止まると、メールアドレスのテロップが画面上に出現した。
数秒後、役目を終えた緊急速報はすぐに告知のムービーへと切り替わった。周りの人々の反応も、同じように切り替わった。しかし、弘也達はそのまま立ち尽くしていた。
その状況を、まさかの人物が切りだす。
「でさ、お前らは如何したいわけ?」
いきなりの質問に、弘也と凛は沈黙を続けることになった。その様子を見て、速人はあくびをした後に、「なんとか言えよ」と付け足した。
「・・・同級生じゃねえのか?」
速人の質問は、本来の意味から逸れて別の物へと変わっていった。人次第によってはこれが説教にしか聞こえないだろう。
「・・・う〜ん。・・・確かに、赤城君とは、本当は今日あたしたちと会う約束してたんだ。まさかあんなことになってるとは思ってもなかったし・・・」
凛は一応何か言ったが、速人の聞きたい答えにはなっていない。弘也はまだ考え中のようである。
「その・・・赤城って奴は、今みたいな犯罪をするような奴なのか?」
こう来ると、弘也は話がわかるのでなんとか参加できた。
「いや、赤城はそんな奴じゃない。・・・もっとこう」弘也は首を捻りながら、指をごちゃごちゃと動かして何かを表現しながら続けた。
「おとなしくて、控えめで・・・」
「とにかく、赤城君は真面目だからそんなことはしないはずなの!」
弘也が言い表せない部分は、凛が勝手に補った。弘也は出番をとられたことにすねて口を尖らせる。
そんなものもあっさりと速人は無視して、また質問を投げた。
「うん、まあそれはわかったとして、・・・波村が気になるなあ。・・・なあ、どうする?助けるか、助けないか。・・・お前らは助けたいんだろうけどよ、俺は波村が気に食わない」
全く関わりのない烈怒の気持ちを、速人は自然と理解していた。もちろん本人にそんな自覚はない。
速人の言いたいことは、凛も弘也も納得できた。そして、凛が気まずそうに口を開いた。
「・・・古城君が、ここにいたら、風間君と同じこと言ってるよね」
またもや懐かしい名前を聞いて、弘也が振り向いた。
「確かに、・・・絆は俺たちの中でも特に波村のこと嫌ってたもんな」
弘也が昔話を語り始める。速人もなんとなく乗ってしまい、自分に思い当たることを言った。
「そりゃそうだろ。あんだけ自分のことバカにされてさ。女子だからって手も出せないし・・・。あいつ今、どうしてるかな?」
速人はふと疑問にしてみた。本来なら言っても無駄なことに近かった。それでも凛は表情を変えず、前向きに向き合った。
「きっと、・・・どこかで生きてると思うよ」急に凛の顔が赤く染まり始める。
「それで、ずっとあたしたちのこと、考えてくれてると思うよ。また、会いたいって」
凛の言ったことは全て妄想だったが、速人は理解できないこともなかった。むしろ、その意見には賛成だった。
「・・・絆、か・・・」
弘明はため息をつくと、空を仰いだ。
「・・・あたしも会いたい」
「会えるさ、きっと・・・」
いつの間にか話は大分それていたが、彼らの心は統一されていた。
光を潜り抜けて、しばらくしたころには夜の帳が下りていた。あの後、烈怒たちはスラム街に出現した。そこは、スラムの中でもスラムと言えるほどの荒れっぷりで、望美はずっと不安そうにしていた。その時、烈怒はずっと袖を掴まれていた。本当に都合のいい女だと胸中に呟いて、どうにか寝そべれそうな場所を探した。
かなり歩いてから、廃れたビルとビルの間に隙間を見つけた。ここなら壁に寄り掛かってでもしてなんとか寝れそうだ。
さすがに学生なため、こんなに夜遅くまではゲームをプレイしたことがない。
ライド・ザ・ライドでは、午後八時から午前六時までを夜、それ以外を昼と定めている。時間に合わせて空の色もゆっくりと変わっていく。
さすがに月まで出ているとは思わず、烈怒は見とれてずっと空を仰いでいた。そんな暇そうな烈怒に、同じく暇そうな望美が話しかける。もっとも、一応行動を起こしている烈怒の方がまだマシである。ただ、望美がそう思っているだけで、本人がどうかはわからない。
「ねえ、・・・赤城・・・」
珍しく名前で呼ばれたことに反応して、夢中のように見えた―も切り替えて望美を見た。
街灯に照らされて、薄らと彼女の顔があると判断できる。望美は寒いのか、半そでで露わになった二の腕をさすっている。―な彼女でも、少し心配になった。
「・・・何?」
無愛想な返事は、彼女を少し不安にさせた。なんだか申し訳ない気持ちが出てきた。
「いつ、・・・寝るの?」
意外で単純な質問に、烈怒は内心驚きつつも、冷静に答えた。そんなに悩む必要はないはずだ。
「・・・もう、眠いんだけど」
その時、ついに望美はくしゃみをした。女の子らしいくしゃみの声が聞こえる。
俯いた顔を上げてから望美は言った。
「ああ、そうだったの・・・。あたしは、まだ大丈夫だから、赤城寝てていいよ」
彼女はまだ二の腕を摩っていた。
「・・・お前寒いの?」
と不意に思った疑問を投げかけた。望美はえっ、と言ってから黙り込んだ。また彼女の癖が出たのか、我慢できるような表情で返された。
しかし烈怒は我慢できなかった。ついに烈怒は立ち上がった。急な行動を起こす烈怒に、望美はつい彼の体を上から下まで見つめてしまう。何をしてくるのか、彼女には全く予想がつかなかった。
烈怒の来ている赤を基調とした黄色のラインがところどころに入った服は、意外にもチャック式で、着脱することができた。その下に着ていた黒いT‐シャツが露わになる。望美はそのようなシステムに一番驚いていた。彼はジャンパーのようになった上着を脱いで、望美に近付いた。
そして無理やり、
「えっ、ちょ、ちょっといいってば!」
望美は烈怒が上着を着せてこようとするのを嫌がった。望美は実際照れているだけなのだが、烈怒は本気のようである。
「いいから着てろって。風邪なんて引けないだろ」
烈怒の答えは正しかった。望美は一瞬気を緩めてしまった。その隙を突いて、烈怒は上着を彼女の肩に羽織らせた。それが成功した瞬間、望美の顔は一気に赤く染まる。わからないこともなかったが、烈怒はそんなこときにせずに続けた。
「俺は大丈夫だから」まだ中途半端だったジャンパーの位置を訂正しながら、「お前だけは・・・面倒くさそうだし」
その理由に、望美は怒りを覚えた。
「はあ!?そんな理由だったの?・・・期待して損したじゃない!最低!」
言いたい放題に暴言の雨を浴びせられた最低な男の表情は特にこれと言った変化はなかった。望美の怒りがさらに増してしまうことも恐れずに、烈怒は返事を返した。
「とか言って脱がないじゃん。・・・どっちなんだよ」
正直図星だった。烈怒は人の心を読むことができるのは気づいていたが、今日はなんだか―されすぎて、もう言葉が出なくなってきた。どう返しても、またさらに奥を突いてきそうで怖かった。それでもなぜか彼といると安心できた。不思議な温もりを感じた望美は目を反らしながら言った。
「ね、寝るなら早く寝なさいよ。あたしはまだ眠くないから」
外から見ればただの自己中心な女だが、どこか強がっている望美が少しかわいく思えた。
烈怒はもう立ち上がる体力もないのか、望美のすぐ横で烈怒は寝そべり始めた。望美にとっては、予想外な場所だったのか、彼女の頬はまた赤く染まった。烈怒はいつものように気にせず、自らの腕を枕代わりにするとすぐに目を閉じて眠りに就いた。
やっと一人になれる。そう勝手に安心しきってしまった。次の瞬間、またまた予想外なことが起こる。
突然視線のようなものを感じて、望美は振りむいた。烈怒だとは思わなかった。何か言おうとしているのだろうが、それが何かは全く見当がつかずに、口が半開きになっていた。
「俺やっぱ枕ないと眠れねえな・・・」
こっちを向いて言ってくるのがわざとらしかった。特に望んでいるものは無いように見えるが、なぜかこちらから何かしてあげたい気分になってくる。それは今日散々お世話になってきた身体が自然と心にそれを伝えたのだろう。
「あのさ、・・・よかったら、その・・・あれ、男子が女子にしてもらってうれしい奴・・・なんだっけ?」
わかってはいたのだが、口に出すのは恥ずかしかった。そもそも、実生活ではこんなこといい枠もない。ましてや相手は烈怒だ。こんな奴なんかにと胸中後悔をしていたが、その間に烈怒が話しかけてくる。
「・・・何、もしかして、膝枕のこと?」
いとも簡単に答えを言われて、望美はまた焦る。本当彼と喋っていると心がひやひやして疲れてくる。彼をもっと上手に扱える人がいたら、それはそれですごいと思う。
「・・・そう、それ。・・・して、あげようかなって思って・・・」
今度は望美がわざとらしく喋るのが遅くなっていた。言葉を紡ぐのに精いっぱいになっているうちに、烈怒は望美に近付いていた。足音にも気付かず、望美はまだ一人でぼそぼそと何か呟いている。
烈怒が腰を下ろしたときには彼女の足が両足揃ってまっすぐに延びていたのを確認すると、そのまま大胆に後頭部を彼女の太ももに向けて降ろし始めた。
「はっ!ちょっと、何か言ってからやりなさ・・・」
時すでに遅し。烈怒は先ほどと同じくらいの速さで眠りに就いた。何も言うことができなくなった望美。寝苦しそうでもないことになぜか喜びを覚えた。そして次々にいつもは滅多に感じない感情が湧きあがってくる。彼は一体、何なのだろう。何か特別な力を感じる。それは望美にとっては光と言っても過言ではなかった。いつの間にか手が伸び、彼の頭を撫でていた。
気持ち良さそうに眠る烈怒。少し嬉しかった。彼は自分なんかを受け入れようとしてくれている。望美は先ほどから感じていた変な気持がそれなのだとようやく気付き始めた。確かに、彼の言うとおり素直になって見るのもいいのかもしれない。でも、そんなことできるのは、烈怒の前かつ、二人きりの状況でしか成し得ないことだった。小さいようで、彼女本人にとっては大きな悩みだった。本当はいろんな人の前でもそうしていたい。しかし、もう悪いイメージは定着されている。なぜ烈怒はここまでして積極的に接してくるのか。
そんなことを考えている間に、望美は無意識に烈怒の顔や頭を撫で続けていた。烈怒が寝返りをうっても、放心状態で―し続けた。
冷たい夜風が吹き、妄想を邪魔した。それによってようやく我に返った望美は自分の手の位置に驚いた。もちろん烈怒の睡眠を邪魔するわけにはいかないので、声を頑張って押し殺していた。
手を離すと、信じられない行動をしていた自分の右手をまじまじと見つめた。
(あたしったら、何やってるの・・・)
こんな奴なんかに、とまた胸中で訴え続けていると、小さな音が付近で聞こえた。
「波村って・・・好きな人とか・・・・・・・・・いるのかあ」
本人には意識がないだろう寝言だ。それでも望美は会話を成立させたかった。
「・・・赤城って言ったら・・・どうする?」とあくまで試しだが、遊び心で言ってみた。
「・・・・・・、まずはその・・・ひねくれ・・・た、性格をどうにかしてえ・・・欲しいけどお・・・ねえ」
「なっ」と驚く望美。
烈怒の寝言は続いていた。
「・・・なみむ、らがあ、無理してることはあ、わかってるよお。お前、いっつも強がて・・・るようにみぇ・・・るからさああ。
けどさあ、俺はあ、そんな波村でもお」
所々呼吸が入って聞き取りづらいが、望美はとてもいいことを言ってくれてるような気がしてしっかりと耳に入れた。
「変われるうってえ、思ってるからあ。ちょっっとだけでいいからさあ、素直、に、なって見ろよお。そうすればあ、きっと思い通りにい、なるからさああ。それでもお、周りがあ、受け入れてくれない、なら、・・・・・・そんときはあ、俺が支え、ててやるから・・・さ」
烈怒の頬に、生温かい露がこぼれおちた。望美の目から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。いままでこんなに自分を構ってくれる人間はいなかった。烈怒がそんな風に考えてくれていたと知った時、望美は泣いていた。嬉しかった。・・・わからない、この気持ちは何だろう。
「・・・ん?・・・」
烈怒は鼻水をすすったり、泣き声に反応して目が覚めた。自分の頬がわずかながら濡れていることに気付いて、まさかとは思い望美を見上げた。
「・・・波、・・・村?」
急いで烈怒は体を起こして、縦膝をつく。そして望美が羽織っている上着を掴むと、それで彼女の顔をぬぐい始めた。
「・・・えっ」
「どうしたんだよ・・・、急に。・・・何かあったのか?」
当然自分がやったとは思っていないだろう。そう思って烈怒は望美の目からあふれ出てくる涙を拭き続けた。
「・・・馬鹿・・・」
「は?」
その瞬間、胸に衝撃を感じた。望美が顔を埋めてきた。
「馬鹿・・・赤城の馬鹿・・・。あんたのせいだから・・・」
「って言っても・・・俺なんかした?」
「うるさいのよ!馬鹿っ!」
その後、望美は長い時間うれし涙を流し続けた。烈怒にはよくわからなかったが、今は彼女のやりたいままにさせておきたかった。立場が逆転したまま、彼らは自然と目を閉じていった。
いつもなら小鳥の囀り・・・なのだが、このスラムならではの小鳥はどうやら烏らしい。慣れない鳴き声を聞いて、烈怒は目が覚めた。なんだかまともに眠れなかった気がする。いろんな人のせいで。望美はまだあの体勢のままだ。起こすわけにはいかない。このまま木が休むまで眠っていたいだろう。そう、彼女は日常生活でただでさえ疲れているのだから。
太陽がビルとビルの隙間から顔を出し、光が差し込んでくる。眩しさに思わず片目を瞑ると同時に、望美が同じ条件下で目を覚ました。ゆっくりと彼女の瞼が開いていく。その目はまだ泣いた跡が残っていて少し赤い。
自分のせいだとはまだわかっていない烈怒は別の意味で責任感を感じていた。
「・・・ん、ん〜。・・・赤城、おはよう」
彼女がどういう気分で言っているのかは分からないがとりあえず返事を返すことが自分にできることだと確信していた。
「おはよう。・・・今日は、どうする?」
といってもフィートンアップの仕組みをまだ完全に理解していない烈怒にとっては不適当な言葉に過ぎなかった。それでも望美は一度苦笑いをしてから答えた。
「・・・う〜ん」と言いながら彼女は烈怒から体を離して続けた。「そうだね。・・・どうせログアウトできないなら・・・観光にでも、行きたいな」
烈怒からしたら珍しい望美の一面が見られた。これは彼にとってはうれしいことであった。烈怒も一度笑ってから答えた。
「今日は、波村の言うこと聞くようにするよ」昨日ああなっちゃったから、好き勝手できそうにはないけど。・・・本当、ごめん」
結論からいえば、今は観光などをしている暇はない。そもそもせっかく手に入れたフィートンアップをいかに有効活用するかが重要である。
烈怒たちはまずサイバートレインを探すことにした。あれがなければ観光どころではない。―を使えば、チートアイテムに反応する機械か何かを持っているワイルドライドがやってくる。サイバートレインも、見つかってしまってはおしまいだが、フィートンアップよりかは安全性がある。
さすがネットスラムともいえよう、不良のようなガラの悪いプレイヤーがそろっている。彼らのようなまともなプレイヤーはかなり珍しいだろう。
烈怒は不良グループのプレイヤー達とすれ違う。関わりたくないと、烈怒はその瞬間、少し彼らから体を遠ざけるように歩いた。
それに反応した一人の男が振り向いて声を上げる。
「おい、今お前避けなかったか?」
嫌な予感がした烈怒は、不安を抱きながら後方を見た。その瞬間、何とも言えない衝撃が一瞬で自らの頬にのしかかってきた。
体が耐えきれず、衝撃のままに烈怒はその場で倒れた。あまりの痛さに、烈怒は気を失いかけた。
「赤城!」
心配そうに望美が声をかける。しかしその行動はどうやら間違っていたようだ。他にもいた連れの男たちが続けざまに振り向き、彼ら二人に目を向けた。
「おいおい、なかなかかわいい彼女もいるじゃんかよ」
「どうする?」
「まずは、・・・こうか、なっ!」
また別の不良が倒れた烈怒の腹に向かって蹴りを一発入れた。
「ぐっ!」
「こいつ、昨日テレビに出てたやつじゃね!」
突如正体がばれる。抗うように烈怒は睨みつけた。しかしそんなものは無視され、また蹴りが一つ入る。口から吐き出た血がコンクリートの地面に飛び散る。それは望美の体全身を震え上がらせた。突然すぎることに、望美は金縛りにあったような感覚に見舞われた。その隙をとられ、また他の男二人が彼女の腕をそれぞれ掴み上げた。
「えっ、・・・ちょっと、やめて!」
「聞こえないなあ」
「彼女どうする?」
「犯すかあ?」
男たちは威嚇のように顔を望美に近づけたり、肌を撫でたりしていた。
彼女にとっては気持ち悪くて仕方がなく、無理やりと言っていいほどに嫌な顔しかできなかった。その間にも、烈怒は暴力を受けている。
「やめて・・・やめて」
嘆いても通じるはずがなかった。男たちは低い声で笑いあげると、手首を回しながら指の骨を鳴らした。何をするのか、半分程度は予想がついた。
男たちの行動に気付いた烈怒は力を振り絞って声を出した。
「やめろ・・・波村には、手を」
途端に邪魔が入り、腹部に激痛が走る。また吐血をした烈怒にもはや勝ち目はなかった。こんな数を相手にすれば、さすがの烈怒も無理があった。
「じゃあ、早速やるか」
一人がそう言い、望美の服のボタンに手を伸ばす。
「な、何するの・・・」念入りに望美は確認した。
「決まってるだろ。Hだよ、H」
「この娘、結構胸でかいじゃんかよ」
「足も長くて綺麗だしな」
体を押さえつけられながら、望美の黒タイツで染まった美脚が強くこするように撫でられる。もう一人なんかは触りながら、スカートに手を掛けていた。
その手が目に入り、望美は思わず目をそらした。自然と涙が出てくる。こんなことはじめてだった。やだ、触られたくない。赤城にしかまだ、触られたくないのに・・・と胸中で励ましたが、効果はない。
ゆっくりとスカートが上がっていく。いつの間にかシャツもかなりボタンが開けられていて、半分程度にまで達していた。
「ブラが見えてるぜ〜。ログアウトできないならこっちのもんだぜ」
その実況に、周りの男たちが興奮の声を上げる。
「波・・・・村」
烈怒はまだ抵抗しようとしたが、もう力が入らなかった。自分だけフィートンアップで逃げるわけにもいかず、もう成す術がなかった。だからといっては、望美はこれから犯され続けるだろう。もう泣いてる望美を見たくはない。俺は、どうすればいい。・・・なんて無力なんだ。胸の中で絶望していた。救いの手はない。救世主など・・・・。
突然、場に合わない不自然な音が鳴り響いた。その音は銃砲に近かった。烈怒はふと顔を上げた。不良たちの手が止まって、上の方を見上げている。本当に救世主は舞い降りた。その間に、烈怒はバグクロークの剣を出現させる。それを杖代わりに、烈怒はなんとか立ち上がった。同時に、一人の男にとんでもないことが起きた。
男の胸の前に巨大なJとだけ書かれた紋章が出現した。出現したというより、先ほどの銃弾と同様に放たれたと言った方がいいだろう。これは、OTAなのだろうか・・・。今ここにいる全ての人々が状況を理解できてない。
その瞬間、紋章に拘束された男が一瞬のうちに地面にたたきつけられる。音だけでも判断できる規模の威力だった。おそらくあまりの威力に、男はHPが0となり、バーチャル・コアが暴走して、現実世界では意識不明となっているだろう。一発でこんなことをできる奴は・・・見たことがない。
男を殺した正体は、汚れたぼろきれを頭からかぶった、身長2m近くの男だった。マントのようにも見えるぼろきれは救世主としてはかなり似合っていた。目を疑うように烈怒は目を細めた。
「ワイルドライドのブラックリストに乗れば、ログアウトできない。・・・そんなうわさがあるようだが、それは」と一旦男は言葉を切ると、望美にくっついている一人の男を回し蹴りで吹っ飛ばした。
「大きな間違いだ」
同様に―したことだろう。彼は別の次元にいる。そんな気がした。
「ログアウトできない。そんな行為ができるはずがない。現実は」
とまた一旦男は言葉を切り、先ほどと同様に、
「もっと残酷だ」
また望美を捉えていた男を今度はローリングソバットで吹っ飛ばす。おそらくあいつも死んだだろう。次々と布切れの男は不良たちを殺していく。一体こいつは何者なんだ。と烈怒は胸中呟きながら見ているしかなかった。
「ワイルドライドに指名手配されるとどうなるか、・・・その時、そのプレイヤーの体は、このゲームの世界に吸い込まれる」
男はどこかからトンファを取り出すと、棍の部分を男に連続で叩きつける。たった二発で死んだ。
「痛みや、睡眠、食事、・・・日常生活における、五感が感じ取るもの全てを引き連れて。そうその人は現実世界からいなくなるのだ」
布切れの男は振り向いて、トンファのグリップ部に取り付けられている引き金を引いた。棍の先から銃弾が飛び出す。それは一瞬で一人の男の心臓を貫いた。鮮血な色をした液体が周囲に飛び散った。
「実際に体験した人々は、その現象をこう呼んだ。・・・リアル、ダイブと・・・」
もう望美を捉える者はいなくなった。あと一人、男は最後くらいカッコ良くしようとしたのか、大げさな行動に出た。布切れの男は、右手を上に、左手を下に構えると大きく旋回させる。すると、彼のトンファがその行動に反応する。
『ザ・X!ジャジャジャジャスティスストライク!』
先ほどと全く同じのJと書かれた紋章が出現し、布切れの男を包み込み、一体化する。もはやそれは一体化のレベルを超えて、飲み込まれたと言った方がいい。一人取り残された不良は、絶望することすらは忘れるほどに体を硬直させていた。それも仕方あるまい。ついさっきまで一緒にいた仲間全てが秒殺されたのだから。
Jの紋章は腰を抜かした不良を潜り抜けた。
同時に、不良は一瞬で横に倒れた。今のはあまりにオーバーキルのような気がした。烈怒はせっかくだから礼を言おうとしたが、先に布切れの男が口を開いた。
「少年よ・・・。過去は忘れて、今を生きろ。未来は考えず、今を生きろ。そうすればきっと、お前の手元に光が集まるはずだ。・・・お前はすでにゲームマスターにマークされている。なぜか?それは俺にもわからない。全てが謎の男に、数々の人物が巻き込まれ、そして死んでいった」
その短い物語の冒頭を聞いただけで、なんだか彼がこの世界の全てを知り尽くしているかのような気配が感じられた。
烈怒が戸惑っている様子を確認すると男は続けた。
「それに負けじといまだに生き残り、戦い続けている者たちがいる。俺はそいつらを探している。一度は脱出したようだが、またすぐに飲み込まれるに違いない。あいつらは俺がいることで完成するのだから」
途中からは思考がついていかなくなり、烈怒は考えるのをやめて聞き流していた。しかし、それを語る男のフードの奥に見えた瞳は本物だった。訴えかけられている何かを感じ取ろうとはしていた。だが烈怒には難しすぎた。
「それと、その女」男は突然とトンファの先で望美を指した。望美はその瞬間、頭からかぶっている布切れの奥にある顔を見た。影で目しか見えなかった。が、それだけで十分だった。彼女は彼を知っていた。トンファで指されたことより、望美は男の正体に驚きを隠せなかった。
「気をつけるべし」
男はそれだけを言い残すと、烈怒たちのフィートンアップとそっくりなカードを取り出した。それから同様のやり方で瞬間移動した。
烈怒は血だらけになりながらも、なんとか二本の足で直立した。それを見た望美がすぐに抱きついてくる。いきなりの衝撃に、ボロボロの体が耐えられず、少しふらついたが烈怒はなんとか受け止めることに成功した。
「・・・・怖かった・・・・」
「もう、お前の泣いてる顔は、見たくない」
その瞬間、胸に何かが押し込まれた。見ると予想通り、望美が顔を埋めていた。烈怒はなぜか安心して笑うことができた。
ワイルドライド本部。電光発達要塞都市:デンロ・ビウムのビル群に聳える巨大なビルは、一見何の変哲もない―にしか思えない。しかし、ひとたび中に入れば、損所そこらのビルとは違い、七つのワープパネルだけが玄関に設置されている。
それはさておき、三十六階、会議室。その空間にドアというものは無く、先ほどあげたワープパネルだけが顔を出している。
ワープパネルから少し離れた所に、円状のテーブルが一つ。そしてその席七つは全て埋め尽くされていた。
「全員、・・・そろっているようだな。では、本題に入る」
今まで無音だった空間に、一つの声が響き渡る。長髪の男は話を続けた。
「今回の件は、・・・大和、わかっているなら自分から話せばいい・・・」
ちっとも遠慮するような口調は見せず、会議長は大和に勧めた。
「・・・あっ、・・・ああ、わかってる」
大和は凝結している空気を取り繕うように咳払いを一つした。
「あの、・・・赤城烈怒。・・・まあ、俺の弟だ。今は、犯罪者と言ってもいい。・・・そいつと戦って、負けた」
「以上だ」
会議長はすぐさま大和が話を終えたところに割り込んだ。無駄な時間は費やしない。それが彼のモットーだ。
「以上ってったってよ〜。アルタイル、もうちょっとわかりやすく説明してくれよ」
このやる気のなさそうな声は、烈怒と望美を取り押さえようとして逃がした男だ。
「馬鹿な奴がいることを、忘れんなよ〜」と嫌みたらしく付け足した。すると、隣に座っていた男が舌打ちをする。明らかに聞こえるような音だった。しかしやる気のない男は余裕の笑みを浮かべて、にやりと笑った。
アルタイルが話を元に戻そうと口を開いた。
「確かに、・・・そうだな。今回大和は犯罪者を取り逃した。・・・よって、ワイルドライド原則第14条に従い、大和を二週間の謹慎処分とする」
それを聞いた瞬間、全ての人間が仕組んでいたかのように黙り込んだ。その沈黙は、大和の精神にとってかなり痛手だった。歯を食いしばって、大和は目を閉じた。もう、ここではやっていける気がしなかった。犯罪者をとり逃したのは初めてだったが、最近大和は背仕事に精力的ではなかった。やる気の喪失と、弟への失望が彼をここまで導いたのだ。膨大なネット空間で起こる数々の犯罪を、たった七人で止めることなど不可能だ。大和が最近考えていたことだ。所詮“ワイルドライド”などと言うものは、肩書などでしかなかったのだ。できるならば今すぐにでも退職届を出したいものだ。
大和は命令が下ると、あっさりとその処分を認めて席を立った。普通の人ならば、なんらかの抵抗を見せるはずだ。しかし大和は何も言わず、何もせず、すぐにその場を立ち去っていく。沈黙の空間に、一つだけ足音が響き渡っていた。ワープパネルに向かう途中、一人の男が声をかけた。
「おい、大和!」
声を聞き忘れることはない。大和は声の主の方に振り返った。
そこには銀髪を横に流した髪の毛を持った、いままでいくつもの任務を共にしてきたゴートゥの姿があった。
諦めきったかのように、大和は頬笑みを見せた。一方ゴートゥは対照的な表情をしている。その時、また別の音が部屋中に響き渡った。第三の音の正体は意外な人物だった。
「大和・・・我はいままでにそなたと数々の苦難を共にしてきた。・・・だがしかし、貴様のその態度、さすがに気に食わない」
親友のアルタイルにこのまま背を向けながら話すのは失礼すぎると感じ、大和は二度と見ることは無いと思っていた人物たちを、見てしまった。
「なら、・・・どうしろって言うんだ・・・。俺は謹慎と同時に辞めるつもりだ」
たった今、大和はさらりと本音を口からこぼした。それを聞いていなかった者はこの場にはいない。大和本人は責任感を全く感じていないようだ。
「・・・そうか。そなたの心がどうなったとかは知らないが、・・・我を倒してから行けっ!」
何を感じたのか、大和は睨み据えた表情で言葉を返した。
「もし、・・・俺がお前を倒したら・・・?」と問うた。しかし、簡単に思い通りにはならなかった。
「今のお前に結果を言えば死ぬだけだ。それは後から決めさせてもらう!」
そう宣言した瞬間、アルタイルの台詞がまだ完全に言い終わっていないうちに、視界から大和の姿は消えた。だがアルタイルは驚きもせず、そっと目を閉じた。
瞬間、首筋に凍るような気配を感じた。
振り向く暇もない、最初の沈黙に比べると格段と静けさが増している。もはやこれは沈黙ではない。緊迫状態だった。下手すればアルタイルの首が吹っ飛ぶ。それを恐れて他の幹部たちは体を固めていた。
「いいのか?・・・このままザ・Xを発動させるが」
声だけで判断できるほどに聞き覚えのある人物がそこにはいた。
死はいつでも覚悟できていた。しかしいざとなっては心の準備ができておらず、冷静さを失ったアルタイルは内心焦っていた。その間にも、ゆっくりと青い刃が首根っこに迫っていた。死のカウントダウンが数えられる中で、ようやく冷気の息吹が放たれる。
突如身体のどこかに寒気を感じた大和は油断を見せた。この状況で珍しく動いた彼は、思わず手刀を離した。驚く暇は一瞬もなかった。
左肩に押し寄せる衝撃が体を揺らし、横に吹っ飛んでいく。忘れ去られていた物が、今頭の中に甦ってきた。
衝撃を堪えると同時に目が閉じた。反対の肩にじんと痛みの振動が伝わってくる。今更ながら気付いたときには、アルタイルの体が青白い冷気で包まれていた。
「油断も隙も、ないな」
軽く歯ぎしりをして怒りをむき出しにした大和は二門の大砲を肩に装備した。この狭い部屋の中で―をぶっ放すとかいう考えは正直どうかしているが、今この戦闘態勢では仕方がないだろう。二人は戦いを続けるうち、周りの他の幹部たちが退室していることに気付かなかった。
「お前のOTAは強力なものだが、お前自身が使えこなせてない様子だな」
と言うとあるたいるは冷徹に右腕を胸の前に構えた。その瞬間、周囲の空気が凝結して氷の刃を作り出した。もはや彼の右手は手ではなく武器となっている。恐れをなした大和は逃げようとするも、腰が抜けていることに気付いた。恐怖のあまり、武器すら握れなくなった者に勝ち目などなかった。
相手の目が震えているのに気付いたアルタイルは突如構えたばかりの氷の刃を消した。一瞬で大和の目が平常なものへと戻った。表情にほとんど変化は無いが、内心安心していた。
「・・・二人きりで話したかった。・・・何があったのかは知らないが、お前の本心を聞かせてくれ」
久しぶりに帰るべき場所へと帰れているような気がした。意味ありげに伸びている手を大和は掴むと、体を引き揚げられた