異世界の迷い人
お待たせしました。月一のくせに忙しくて時間が取れなくて、短いですがどうぞご覧ください。
夜は2人身を寄せ合って寝るようにした、……なかなか寝付けない。
無理も無いことだった。自分の知らない場所、自分の知らない“セカイ”。
沙紀に話したときのことを思い出す。驚いたようだったが、取り乱しはしなかった。
さっきまで取り乱していた自分が酷く惨めになってきた。
ただ俺の話を聞いて最後に「ここって異世界かもね」って、そんなことを言っていたが、
あながち間違っていないかも。それが俺の素直な感想だった。だけど、そんなことは無いと考えている自分もいる。
ただ、上に浮かぶ2つの月に魅入られたかのように見続けるだけだった。
朝と言うか昼前になってやっと目を覚ました。無理もない、眠れたのは明け方だったからな。
自分たちの持ち物を確認した。これからの事もあるので、自分たちの状況も把握しておきたかった。
沙紀の持ち物は携帯が1台、手鏡、手帳、お菓子が1袋、イチゴ味の飴が1袋。
俺の持ち物は携帯が1台、煙草が3カートンと4箱(1箱は吸いかけ)、100円ライター、ジッポー、ジッポーオイル1缶、そして2振りの刀。
これが2人の持ち物のすべてだった。
携帯はもちろん圏外、連絡する方法もないから手帳から1枚の紙を破り、
俺たちの向かう方向を書いて、近くの木に挿した。
「悠君これからどうしようか?」
「決まってるよ、2人を探すんだ。近くにいればいいんだけど……あとは、人を探すことかな」
「じゃあ、早速行こうよ」
残念ながらその紙を誰も見ることも無く吹き飛ばされていった。
このときの沙紀に対する感想は「落ち着いてる」の一言だった。むしろこの状況を楽しんでいるようにも思える。
とりあえず、俺たちは東に向かうことにした。理由は無い、ただ何となくだった。
気温は暑くない、日差しだってそれほど強くなくとても気持ち日中だった。
今は水が無いので沙紀からもらった飴を口に入れて渇きをしのぐ。
沙紀は「見たことの無い花があった」とか緊張の欠片も無い。こういう時って沙紀の性格が羨ましく思える。
俺の方は、何があるか分からないから緊張の連続だった。それに鷹斗と瑞希、2人のことが心配だった。
鷹斗が一緒にいるから『もしも』の心配はそれほど無いが、再会となれば話は別だ。
俺達が朝いた場所から数百メートル以内にいたとしても、歩き出す方角が違えば話が違う。
まったくの別方向だったならお互いの距離も離れ、会う事も困難になる。
*
何時間歩いただろうか、太陽が西に傾いていた頃、道らしきものぶつかった。
ただそれは、舗装なんてされてなくてただ歩きやすいようにと石や草が無いものだった。
「これって道だよね、じゃあ、この道を歩いていけば街に行けるってことだよね」
「そうだな、これで何とかなるかもな」
「そうだよ!せっかく異世界に来たんだからもっと楽しもうよ」
舗装されていない道、沙紀の言った「異世界」と言う言葉、2つある月。
これじゃまるでゲームだ!RPGじゃないか!こんな事が本当にあるのか?
昨日から俺の頭はそんな事ばかり考えている。
そうすると段々とすれ違う人が多くなってきた。よく見れば周りには家や畑が見える。
近くに街がある証拠だ。
「ほら見て、街だよ街!早く行こうよ」
「あ、ちょっと待てよ、走るなって!」
街を見つけたとたん、いきなり走り出す沙紀に俺も後を付いて走り出した。
街の入り口には大きな門があって、今は開かれている。おそらく夜になると門は閉じ、見張りの兵でも立つのだろうか。
「ふっ」、自分でも自嘲気味に笑う。もしかして俺も楽しんでいるのか?
そうだな……沙紀も楽しんでいるんだから少しくらいは楽しんでも良いか。
「ほら沙紀、さっさと来いよ。街に入るんだろ?」
「あー、悠君待って」
「そういえばさっき門を見上げていたけど何かあったか?」
「えっと、この街ってスーラバーって言うらしいよ」
「え?なんで?」
「門の上にそう書いてあったから」
そう言われると門の上に何か書いてあったような…………ん?
「沙紀、お前あれが読めたのか?」
「悠君には読めなかったの?」
「読めるも何もあれが文字だって事も分からなかった」
「そうだよね、何で読めたんだろ。うーん……分かんない」
なぜ沙紀は文字が読めた?俺には何が文字も分からない。……忘れていたけど、俺達の容姿も少しは変わった。
俺は髪が伸びて、さらに瞳の色までも黒から青に変わっている。
沙紀だって髪の長さに加えて、色までもが変わっている。
それ以外だって何かしら変わっていてもおかしくは無い。何なんだこの世界は……
文字だけじゃない言葉だって…………そう言葉だ!
今俺の耳には聴いたことの無い言葉が聞こえる。これがこの世界の言葉なんだろう。
でも、俺には言っている意味が分かる。気にもしなかったけどこれは新しい発見だ。
もしかして沙紀には分からないのか?
「沙紀、あそこで話している小母さん達の会話の内容分かるか?」
門の近くで話している3人組みの小母さんたちを指差す。
「んーと、『アトトの隣の家で昨日夫婦喧嘩をして旦那さんが外に朝まで締め出されたそうよ』だって」
「あ、分かるんだ」
「そーよ、その位簡単でしょ?耳でも悪くなったの?」
「いや、何で言葉分かるんだろなって……変だと思わないか?聞いたことも無い言葉なんだぞ?」
俺の質問に少し考えて首を傾げていた。
「…………何でだろ?分かんない」
また「分からない」って……でも、ごく自然に言っている意味が分かる。ってことは、
同じように俺も話せるって事になるかもしれない。だったら、
「あの、すいません。このあたりで食事できるところはありますか?」
近くにいたおじいさんに話しかけてみる。通じるか実験だ。
「ああ、それならここから3ブロック先にありますから、そこへ行ってみるといい」
「ありがとうございます」
「とりあえず、コミュニケーションは取れるって事だな。…………じゃあ、やることも、行くところも決まった」
「何処? 悠君」
「それは…………」
*
目的の店を見つけ中に入ると意外と人数は少なく、5,6人といった所だ。
中に入った俺たちは注目の的だ。それもそうだ、俺たちはまだ若いのだ。
客は若くても20代後半、ほとんどが40代以上だったからだ。
何より服装が問題だ。沙紀は黒のレザースカートに水色のインナーに白のジャケット。
俺はジーンズに黒のインナーに黒のパーカー。
俺たちの世界では普通でもこの世界では異様に目立つのだ。
基本的な服装はそうは変わらないのだが使っている素材や、その着方が異様なのだ。
それもしょうがない、遥か遠方からの旅人と言うことにしてある。
*
沙紀に宿の文字を探させ中に入る。
俺の頭の中にあるのはゲームのRPGと一緒のやり方。情報収集といえば宿か、酒場と言うのが常識だ。
俺たちはこの世界のイレギュラーで常識は無知。子供以下だ。
だったら自分の欲しい情報を手に入れる為、ある程度の仮説を立てて行動する。
周りを見ても何処と無くファンタジーの世界観、雰囲気をかもし出している。
俺だってゲームもするし、少し前まではそれ系の小説も読んでいた。
この時間帯だったら酒場はまだやってないだろうから宿の方をあたる。
*
奥のカウンターの中にいる宿の主人らしい男から厳しい視線を浴びせられるが無視して進む。
「少し聞きたい事がある…………このあたりで、高名な学者か博識の人物を教えて欲しい」
必要な情報のみを手に入れる。今必要なのはそれだけ、それ以外の会話はする気は無い。
先立って沙紀には何も言わないように言ってある。
「あんたらここいらじゃ見ない顔だけど芸人か旅人かい?」
「まあ、そんなところだ。で、どうなんだ?教えてくれないのか?」
目線に少しばかり力を込めて睨みを聞かせる。
「教えてやってもいいんだが、何でそんなことを聞くんだ?」
「なあに、ちょっとした調べ物だよ。答えたんだから教えてくれるんだろうな」
主人は少し悩んでいるようだった。あからさまに格好からして怪しいからそれもしょうがない。
「迷惑は掛けたくない、いい加減教えてくれないか?」
『迷惑は掛けたくない』の台詞に少し慌てて、急に教える気になったらしい。
「分かった、教えるよ。この中央通りをこのまま進んで左側に青い屋根の屋敷にローシェスってヤツが住んでいる。
そいつは高名な学者と同時に最高位の装金師でもあるから兄さんの探してる人物にはちょうどいいはずだ」
「そうか……ありがとう」
情報は手に入れた。ここにいる必要は無い。
「悠君ちょっと怖かったよ、いつもあんなことやっているの?」
宿を出たとたん沙紀が話しかけてくる。
「まさか。俺も初めてで緊張してただけ。実は俺も怖かったけどゲームみたいでちょっとは楽しかったかな」
「でもどうして学者とか探すの?」
少しだけ考えた振りをする。ここで全部言ってもいいんだけどもう少しした方がいいかな。
「行けば分かるよ」
それだけを言うと沙紀は少し拗ねたまま先を歩いていくが、振り向いて、
「いいもん、字代わりに読んであげないんだから。悠君字読めないんだよね」
ああ、そうだ。それがあった。今はそれが1番の弱点だ。
沙紀がいないと正確にローシェスの屋敷にはたどり着けない。
「沙紀待ってくれ、言うから。沙紀―!」
*
「ふうん、そういう事なんだ。それならそれでもっと早く言ってくれればいいのに。……あっ、ここだよ。ローシェスって書いてる」
これからの計画を沙紀に全部話しているうちに目的の屋敷にたどり着いた。
コンコン……コンコン……コンコン……
一定のリズムでノックをする。すると中から使用人らしき40代の女性が出迎えた。
「あの、何か御用でしょうか?」
「いきなりの訪問をご容赦下さい。私は悠稀と言うもので一応学者をしております。
実は、少し珍しいものを見つけたので高名なローシェス様に参考までに意見を聞かせて頂きたいと思いまして。……実はこの服装もそれと一緒に見つけたもので、こうして着てきたんですけど……お通し頂けないでしょうか?」
あからさまに怪しんでいたが、主人の客を待たせる訳にもいかない、といった面持ちでで、
「分かりました、聞いてまいりますので少々お待ち下さい」
沙紀が何か言いたげに袖を引っ張っている。
「なに?あまり時間が無いから手早くしてくれ」
「よくあそこまでスラスラうそが付けるのね。いつもああなの?」
さっきの宿と同じ事をまた……
「だからしょうがないんだって、こうでもしなきゃ上手く話を聞いてくれないかも知れないんだからさ」
「でも……」
まだ納得していない様だったから、やさしく言い直す。
「大丈夫、俺に任せといて。上手くやるから」
「……わかった。悠君に任せる」
程なくするとさっきの使用人が出てきて「ローシェス様がお会いするそうです」と言い、扉を開けてくれた。
通されたのは応接室だった。そこには20代前半の女性がいた。まだ若いがおそらくこの人がローシェスなのだろう。
髪は銀髪で腰の辺りまで伸ばしている。瞳の色は緑。
まあ一言で言ってしまえば『美人』だ、それもかなりの。スタイルもいい。
それに輪を掛けてこの柔らかな物腰でいる。ここに瑞希がいたら「天は2物だけでなく3いや4物をお与えになりました」なんてふざけて言うんだろうな。
「初めまして、私が、悠稀と申します。こっちは私の助手の沙紀と言います」
「私が、ローシェス・ヴィ・クフェンです。この度は珍しい物を私に見せていただけるとか」
さて、ここからが本番だ。相手がどれほどの情報を落としてくれるか。
向こうは俺たちの事を知らない、だから怪しんでくるのは当たり前。
だからこっちの正体を聞いてくる。でも先に『学者』と名乗っている以上、直接は聞いてこない。
向こうの学者なのだからお互い、情報の引き出しあいという構図が出来る。
こっちの情報を与えずに、必要な情報のみを取るのは難しい。
でもやってみるだけの価値はある。
「はい、実はこの様な珍しい剣を手に入れまして……」
そうだ、この世界には日本刀なんて物は無い。だけどこれは餌だ。
「これは珍しい物ですね、両刃の剣っていうのが普通ですけどこれは片刃、それに刀身が反っている」
「ローシェス様これをどう見ますか?」
「…………そうね、これと同じ物は見た事も無いし、聞いたことも無いわね」
そうだこのタイミングだ、今しかない!
「差し出がましいようですが、私の仮説を言っても宜しいでしょうか」
「そうですね、面白い仮説なのでしょう?」
「面白いかどうかはその人それぞれ…………私はこの剣、『異世界から来たのではないか』と思っております」
「面白そうですね、聞かせてくれますか?」
「ローシェス様も仰った様にこの様な剣、聞いた事もございません。
だったら、初めからこの世界ではなく『異世界の剣』ではないかと。
そこで私の仮説を確かにするためにローシェス様の下へ来ました。
異世界の物がこちらの世界に来るようでしたら逆に、こちらの物も送れる……と言う仮説が成り立ちます。
ローシェス様でしたらその方法をご存知ではないかと思いまして」
さあ、どうだ!ここまでは俺の予想通り。情報を落としてくれよ。
「そうですね、確かに昔から異世界からこちらの世界へ来るのも事実」
そうだ、この瞬間を待っていた!
「ですが、私の知る限りこちらの世界から異世界へ渡ったと言う事を聞いたことがありません」
なっ…………帰れない? だめだ! 表情には出すな! ポーカーフェイスを続けろ!
「ですが、その場合常に一方通行と言う事になっていると?」
「そういう事になりますね……」
ん? 彼女の様子がおかしい。何かを必死に堪えて……
「だー、もうだめ! 堪えられない……」
もしかしてこの人って……
1人で笑い続ける。おそらくこっちの方が地なのだろう。さっきまでのは完全に作っていた訳だ。
それが自分でも耐えられなくなったと。沙紀は何が起こっているのか解らずにただローシェスを見ている。
「貴女もずいぶんズルイ人ですね」
「そう言う……あなたこそ……少し顔に……出てたわ……」
一頻りの笑いも収まっていた。
「私にいきなりこんなことしてきた人なんて早々いないわよ? ようこそ、ネクロディアへ。異世界からの異邦人」
はぁ、やっと1章の半分ですね…次回は量を多くしたいんですけど…がんばります。