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第1章 異界の住人 ありふれた日常



「あついー、しぬー」

昼休み後の5時限目、というか終業式も終わってH・Rも、もう終わろうとしていた頃に目を覚まし、ふと外を眺めると夏真っ盛りの太陽が自分の存在を誇示しようと輝いてた。

「あー、この暑さで溶けてしまいそう」


真田悠稀(さなだゆうき)は気だるい午後の教室の中で、明日からの夏休みのことを考えていた。


どうせ今年はガキたちの相手で何処にも行けないんだろうな。

今年の夏は珍しく親父もいることだし、ちょっとは期待したんだけど。


「じゃあ、これで先生からは言う事は言ったからな。夏休みの1ヶ月たっぷり楽しんでこいよ!

でも……ある程度は、勉強もしないと休み明けに辛い思いもするぞ」

そう言うと教師が教室から出て行くなり、みんな歓声を上げ、

それぞれの仲のいい友達のところへ行き、「夏休みの間に何処へ行こうか」、

「夏休み中も部活があるのって何かちょっと損かも」といったことを話し始めていた。


そんな中、悠稀はさっさと帰り支度をしていたが、

「よう、真田。お前は休み中なんか予定はあるのか」

「別に……そんなの無い、ゆっくり家で寝て過ごすだけだよ」

前の席のクラスメートからの問いかけにも予定していた答えで受け流していた。

僅かに「家で」ってところを強調してみたが。

「相変わらず素っ気ねえな、もう少しは愛想良くしろよ勿体ねえなぁ、

せっかくそこそこいい線いってるのに、……良かったら来週俺らと一緒に海にでも行かねえか?

隣のクラスのやつも誘っているけどさ、男女4人ずつで行く予定だけど、どうも男が1人足りなくて。

真田って彼女いなかったよな、もしかしたら彼女とか出来ちゃったりするかもよ?」


 ころころとよく変わる表情をしながら話すのが普通なのだろうけど俺はちょっと……。

「わりいな、こいつはもう予約済みだ。来週は俺らと一緒に予定入っているからよ。他のやつ誘ってくれ」


後ろから声をかけてきたのは長里鷹斗(ながさとたかと)、小学校からの付き合いで、はっきり言うと幼馴染ってやつだ(でもどちらかというと悪友)。

中学までずっと同じクラスだったが、高校に入ってからは違うクラスで、こういう時間になるとすぐに来る。

「そうか、……いいよ別に。じゃあ誰誘おうかな?」

そう言うと立ち上がって、違うグループのところに話をしに言った。


「鷹斗、どういうことだ? そんな予定なんて聞いてないぞ」

後ろを向いて、さっきまでの無表情から少し柔和な顔に変わっている。


「まあな、昨日部活から帰るとき瑞希たちに会ってさ、来週の花火大会、今年もいつも通り一緒に行くって話になってな、もちろん行くよな?」

「わかったよ、行けばいいんだろ。さっき瑞希たちって行ったよな、じゃあいつものメンバーって事でいいんだな?」

返答は考えることも無かった。いつもの2つ返事で返してやる。


いつものメンバー、……悪友、長里鷹斗のほかには2人、

1人は鷹斗と同じく幼馴染、もう1人は中学からの友達でよく4人遊びに行くことがある。

鷹斗は空手部、他の2人は演劇部ということもあって帰る時に一緒になる事があるが、

悠稀は部活には入っていない。実家で剣道道場をやっており、最近では小・中学生相手に指導員の真似事をやっている。


「まあな、だけどまだ詳しいことを決めてないからさ、屋上で待っててくれないか? これから部活の集まりがあってさ、多分2,30分で終わるから」

「ああ、分かった」

「あと俺たち以外にも愛想良くしろよ、おまえの事、噂になってたぜ?」

 付け加えるように言ってくるがどうもな…………。

「あー、はいはい。さっさと行ってきなさい」



「真田くーん、ちょっといい?休み中の予定で一緒にどこか行かない?」

「ごめん、ちょっとまだ分からないんだ。だから、後で電話でもして」

で、最後に軽く笑ってみせる。

とまあこんな感じでいいのかな、いまいち解んないけど……

屋上に行くまでに4,5人に声を掛けられ、断りながら屋上へ行った。




頭上の太陽は己の存在を誇示するかのように輝いて、何者にも平等に光を与えている。


夏はあまり好きじゃない、一番嫌な事が起こった季節だから……

……5年も経つと言うのにこの季節になると自然とあの日のことを思い出してしまう。

だけど本当は思い出したいのかもしれない、

(違う、思い出したくない!)

あの日、何も覚えていない自分をずっと後悔してきた。

(ホントに、何も覚えていなかった?)


屋上は一応立ち入り禁止となっているが、暗黙の了解のうちに昼休みと放課後だけは入てもいい事になっている。

普通は逆に暗黙の了解のうちに立ち入り禁止だと思うんだか。とにかく、俺はこの場所が嫌いだった。

嫌いなはずなのに自然と帰る前に1時間程ここにいることがある。

見慣れた街並みに遠くに見える電車、夕方になると山に沈む夕日、取り留めない風景だけど数少ない俺の居場所、俺の他には誰もいない。

普段からここにはあまり入ってくる人は少ないけど終業式の直後だとさらに拍車を掛けていない。



「ハロー、まったあ? ……ってまだ悠だけ?鷹はまだ部活会終わってないんだ。いいわね悠は、部活に入ってないからこういうこと無くて」


と、これは幼馴染その2の名和瑞希(なわみずき)、こいつも鷹斗と同じく小学校からの付き合いだ。

瑞希と鷹斗は付き合いが長い分、俺の事をよく知っている。


だから本当は気づいている、毎年この季節になると花火大会に俺を誘ってくれる訳も。


瑞希はクラスの中でも比較的小さい部類に入るらしく、さっきの終業式でもいつものように前の方へ並んでいた。

瑞希は俺の横に来るなりいきなり手をとり、傍から見ると妹が兄に向かってお願いしている様な雰囲気だった。

もしかしてと思って、ハッと瑞希の顔を見ると懇願モードで


「ぢつはぁ、演劇部ってぇ万年部員不足なのぉ、だけどそんなに暇だったらぁ入ってくれないかなぁ?」

いつもながら何で俺に言ってくるかな……。

「何だよ急に……、そんな言い方したって入る気なんて無いからな」

 瑞希は少し拗ねたような素振りでまだ手を取っている。

「いいじゃん、足りないのはホントなんだから、沙紀からもこいつになんか言ってやってよ」

 後ろにもう1つの人影が動く。

「悠君、演劇部員って5人しかいないから手伝ってくれないかな?」


いつものメンバー最後の1人がこの神崎沙紀(かんざきさき)、中学からずっと同じクラスで、瑞希と同じく演劇部に入っている。

沙紀はちょっと天然が入っているけど本人の自覚はまったく無し、その性格とは裏腹にたまに人の本心を突くような質問をしてくるから手に負えない。しかも必殺技までもっている。


「だーめ、だめだって、家に帰ったら小学生の相手しているんだから学校で部活とかする暇無いんだよ」

瑞希の手がまだ俺の手を握っていたが、手をゆっくりと解いて……、

「無理なものは無理」

 そう言い放つとゆっくりと沙紀がこっちに近づいてくるなり、


「悠君どうしてもダメなの?」

「うっ」


思わず声を出してしまった、沙紀のお願いモード(いわゆる必殺技!)……これには56戦0勝56連敗中だった。

子犬みたいな目で真っ直ぐこっちを見てくる。

負けるな!先週だってこれで、帰りにアイス奢らされたんだ!

負けるな!先月だってこれで、服を買ってしまったんだ!

負けるな!去年だってこれで、自転車が壊れたからといって、3ヶ月も毎日送り迎えをやったんだ!

負けるな!負けるな!負けるな!……負けるな……まけ…………

……ま…………け……ま…………

……ま……ま…………負けた…………



「家の手伝いも無くて暇なときだったらたまには、…………いい……かな」

これで栄えある57連敗へと記録更新かよ。

あー、クソッ! また鷹斗には甘いって言われるんだろうな。勝てねえって、真正面からあの目で見られてみろ!

ぜってぇNoとは言えねぇぞ……少なくとも俺は。


「瑞希ちゃん聞いてくれた?『いい』って言ってくれたよ♪ よかったね、これでもう少し大きな道具作れるね♪」

瑞希は予定どおりといった感じでガッツポーズまで決めている。

やっぱり嵌められた、これで来月は何をやらされるやら。

……面倒だな、何か泣きたくなってきた。



後ろの扉が威勢良く開いて中から同じく威勢のいい声の主がいた。

「よう、待たせたな。全員揃っているみたいだから……ってなんで悠稀は半分泣いてんだ?」

飄々としていた瑞希が静かに答えた。

「悠は連敗記録を更新したのよ」

「はぁ、またか……」

 後ろに忍び寄る影がいきなり手を伸ばしてきて、ちょうど後ろから俺の首に腕を回した形で軽く絞める。いわゆる、チョークスリーパーの形になってる。

「お前は沙紀に対して甘すぎるんだよ。前から言ってるだろ?」

「入ってる、入ってるって、ギブッ、・ギブ!」


なんとか絞め技から抜け出して立ってるのが酷く面倒に思えてついつい座った。

手に伝わってくる真夏のコンクリートは少し暑いくらいだ

「んな事言われたってなあ、……何でだろ?」

「どうしてって……自分のことおおおおおおおぉぉぉ!!」


痺れを切らした瑞希が鷹斗を蹴り飛ばして本題を切り出した。まあ、視界の隙の方でうずくまってる鷹斗は無視するらしい。まあ……この程度はいつもの事だから大して気にもしないけど、

一応ここ屋上なんだから手加減しろよ。とは口には出さなかった。



「えー、毎年の恒例となりました花火大会ですけど、今年は何時・何処で集合といたしましょうか? わたくし的には、鷹ん家に集まってから行きたいでーす♪」

 最後の自分の意見はゆっくりと確認するように言っていた。

「うちは去年やっただろう、しかも酷い状況だったからな。

とにかくうちはお断りだ、悠稀のところでいいんじゃないか?広いし……」

回復早っ、それにさらっと危険なことを言う。

酷い状況、広い場所、あまり思い出したくは無いが、去年は鷹斗の親と一緒になって酒を飲む瑞希に絡まれて花火の方はあまり見れなかったし。


「うちだって無理だ、道場はその日使うらしい」

「誰が使うのよ!」

 瑞希が強い口調と剣幕で言い返してくるが俺だって言われるだけじゃない。

「親父が近所の人たちと何かで使うって」

「ふっふぅ……じゃあ、決まりね。悠の家に5時に集合!」

自身と確信に満ちた目で、人差し指を突きたて宣言しやがった!


「何でだよ、瑞希。無理だって言ったろ?うちの道場は祭りで使うんだよ!」

「だってその日、悠の家でする事って、宴会をやるって知っているからよ!」

「は、はいぃ」

 思わず瑞希の意外な答えに声が裏返っていた。

「おう、そういえばうちの親父もそんな事言ってたぜ」

 鷹斗さん、追い討ちは止めて下さい。

「やったあぁ、悠君の家でえんかいだー♪」

それぞれ言いたい様に言いやがって絶対ダメだ、何とかしないと……


「ほら大人も沢山いるんだし、俺らの居場所もないし、まだ、未成年だし…………」

鷹斗と瑞希が同時にこっちを向いて同時に、

『大丈夫、去年も同じ状況だったから』

親指まで立ててるし。

そうでした、去年は俺の親父と鷹斗の親とで一緒に飲んでいた記憶がある。

どうしようか、こうなったら何とか適当な理由で寄せ付けないって手しかない!


「あの、じつはな!……?」

鷹斗と瑞希が沙紀に何か耳打ちをしてるけど、なんだ?

沙紀が俺の目の前に来て……


「悠君の家に行っちゃダメ?」


「ぐはっっっっ!!」

悠稀は1472ポイントのダメージを受けだ。


GAME OVER



言うまでも無く58戦0勝58連敗の記録は更新された。


感想やご意見を頂けますと更新ややる気が出てきます。

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