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キイコさん

作者: 吉田ミカ

大学生の頃、ある居酒屋さんでバイトしたことがあった。


その店の従業員は階級制になっており、階級によって シャツの色が変わる。


入りたての私は白。


キイコさんは黄色。それは上級者を表す色。


キイコさんは当時、30代くらいだったはずだ。


背が小さめで、きびきびと無駄の無い動作に連動して 、短くした黒髪がさらさらと舞う。


「ありがとうございました!」と元気よく店内に響く 挨拶も勿論だが、 客を見送るその笑顔が、「この店で働いているのだ」 というプライドと接客の楽しさを存分に物語っていた。


しかし、キイコさんは従業員には厳しい。


私が割れた茶碗のかけらで手を切ったときも、


「痛がるんなら店の外でやりな。突っ立ってて邪魔なんだよ!」と一喝された。


そして絶対に誉めない人でもあった。


そんな調子なので、下の者には随分嫌われていた。


下っ端の者たちは(居酒屋で働いているだけあって) 徒党を組んでは酒を飲みつつ、 キイコさんに対する愚痴を思い思いにぶちまけていた 。 言わずもがな、私も。


キイコさんは客としてもその店に来た。


その時、偶然にもキイコさんのテーブルを担当していた私は、 覚束ない手で鍋の中にマロニーちゃんをいそいそと入れていた。


先輩が見ていると思うと、何一つおろそかにで

にできない 。ちょっとした動作でも緊張で震える。


とりあえず、何事もなく食事が終わり、会計時にキイ コさんが私の目の前を通り過ぎた。


と、


「ごちそうさまでした!」


と、あのキラースマイルを私に向けていった。肩で踊る短い黒髪の残像が、目に映った。


ものすごく、ステキだった。


私は思わず見惚れた。


キイコさんはとても厳しい人だけれど、カッコいい。

そう思った。


それから、あんなに苦手だったキイコさんのことで愚 痴は出なくなっていった。 「キライ」から「尊敬」する人になっていた。


結局私はその後、内定した会社でバイトを始める為に 、その店を辞めることになった。 多分、一ヶ月くらいしかいなかったと思う。


最後はやっぱり、下っ端の皆で酒を飲みにいった。


すると、誰かが私に言った。


「キイコさんがね、『あの子良い子だよ』って言って たよ。」


びっくりした。


キイコさんは人を誉めない人なのに。


「こんな私のことを『尊敬する人』だって言うんだよ 。あの子良い子だよ。」って。


「こんな私のこと」・・・・


キイコさんは多分、人にあまりよく思われていないこ とを分かっているのだ。


確かに、いつだったかキイコさんに面と向かって「尊 敬しています。」と言ったことがある。 そのときのキイコさんの返答はどんなだったか忘れて しまったが、 ちゃんと覚えていてくれたのだ。


私がそう言ったから、そのお返しとしてお世辞で言ったワケではないのだ。 そんな風に分かりやすくて甘っちょろい人じゃないの だ。


キイコさんは優しい人だ。 最後の最後に、ようやく気づいた。


その言葉は疲れた身体に投入した酒以上に沁みてしまって、なんだか泣けた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しくされたい、優しい人に囲まれていたい、 そういつも思っているけれど、記憶に残るのはキイコさんみたいな方だったりします。 べた優しい人は損だと思ったり、キイコさんみたいな方に積極的な優…
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