アンデルセン執筆 第二話
「おはよう!」
「あ、冬桜ちゃんに、誠治さんおはよう」
「いやー、冬桜ちゃん可愛いなぁ」
「と言うか、誠治さんてお兄さんでいいんだよね?」
「じゃないの? でも二十歳過ぎの能力者って珍しいね、私初めて見た」
「うんうん……」
アカデミーの校舎から入り、その昔ながらの内部を進み、所属するクラスに誠治達が入った瞬間既に登校していた者達が声を掛けてきた。
冬桜はそれにびっくりし、誠治の後ろに隠れてしまう。
身長も高く、すらりとしていながらもそれなりに肩幅もある誠治が前に出れば後ろの冬桜の姿は消えたように見えない。
誠治も流石は年頃の少年少女達だと。その活き活きとした様子に多少苦笑しつつも、「ああ、おはよう」と答え席に向かう。
誠治が座る席は一番窓側の列、しかも後ろから二番目だ。
後ろは冬桜の席となっており、これは冬桜の虚弱体質を逆手に担任からもぎ取ったものである。
別のクラスでは自由だったり、あいうえおだったり様々だ。
このAクラスではあいうえお順で席が決められていた。
教室の内部は昔ながらの風情である。机こそ木製ではなく、特殊な材質だが。
木目まで綺麗に再現されており、教卓や黒板も変わらない。
学校によっては黒板の代わりにスクリーンを使用、チョークの代わりにPCから出力された字や映像なんて場所もある。
それに比べれば前時代的な学校だ。尤も注意深く観察すれば、随所に最先端技術が垣間見えるだろう。
例えば窓ガラス。特殊強化硝子であり、僅か数ミリの厚さの癖に通常の銃弾はおろかライフル銃でも罅が入らない。
二重式の為、下手すれば旧戦車の百八十ミリにも耐えられるのではないだろうか。
少なくとも手榴弾程度では破ることは出来ない。
そもそも校舎自体が爆撃されてもビクともしない作りだ。核対策までされているという噂もある。
見た目は昔ながらの教室だが、使われている材質は最先端。
と言うか、この島には様々な軍事機密に通じる技術が盛り沢山だ。
下手をやれば首が物理的に飛びかねない。そんな情報を前もって誠治は知っていた。
一見一般人の誠治だが、昔はそれこそ思い出したくもない環境下であった。
その際に得た伝からの情報である。正直利用したくないタイプのコネではあったが、すべては冬桜の為である。
誠治はシスコンだ。本人も自覚している重度のシスコン。
冬桜を傷つける相手は恐らく生きてはいられない。物理的に、事実として。
誠治は人を殺した経験がある。忌々しいが冬桜もだ。
昔は今ほど明るくなかった。これほど元気になったのは奇跡と言っていい、そしてその明るさを取り戻したのは己だと言う自負が誠治にはある。
だからこそ冬桜には二度と辛い思いはさせない。そう誓ったのは十歳にすら満たない時だったか。
冬桜にはテレキネシスの才能の代わりに体が少し弱かった。
では誠治のパイロキネシスに代償はなかったのかと言えば、ノーだ。
むしろ表面上には分からない、冬桜以上の障害を抱えている。
そもそも冬桜だからこそ、その程度の代償なのだ。劣る誠治がそれ以上の代償を支払っているのは当然の帰結。
そしてその代償とは“感情の欠落”である。
誠治には喜怒哀楽のうち、喜の殆どと、哀の一定割合を感じられない。
情報としては理解しても、それを己で感じる事が出来ないのだ。
そしてその影響か、誠治の道徳観念は一部壊れている。
生き物を殺傷することに罪悪感を抱かない。零ではないが、それに近い。
だからこそ誠治は必要と判断すれば、躊躇なく他者を害せる。
そして冬桜を傷つける者は皆その範疇だ。彼女こそ誠治の人生すべてを捧げるべき相手なのだから……
「兄さん?」
思考に耽っていたら冬桜が声かけて来た。
誠治は何でもないよと、突き出すように前かがみになったその頭を撫でてやる。
冬桜は誠治の感情の欠落を知らない。教えるつもりもない。
情報としてさえ理解できれば、それらを装うのはそう難しくないのだ。
満足そうな顔をして席に座り直す冬桜。壁に掛けてあるアナログ式の時計を見れば、間も無く担任が来る頃だろう。
――――ガラガラッ!
「よし、全員揃っているな。前日も話したが、私が君達の担任となる倉橋だ。残念がら特殊な能力はないが、これでも軍に所属していた。君達とは肉体的な格闘訓練などを教える仲になることだろう」
どうやら日本人らしい、身長の高い、すらりとした体格の反面、実用的な筋肉を供えた三十代程に見える男性が教卓で告げる。
「よし、それじゃあ簡単な連絡事項を伝えるぞ」
そう言って話し出す教員を横目に誠治は人知れず話しを聞き流していた。
元よりパンフレットや事前資料で、あらかたの必要事項は頭に叩き込んでいる。
今倉橋教員が話している、魔物とそのノルマについて。
それが生徒会より生徒に課されるものであり、まだ戦闘訓練すらしていない一年は暫く自由意志で受けるか決めても構わないこと。
基本的に一般的な授業は行われず、格闘や武器訓練、他は自習と言う名の能力訓練が殆どであること。
それらを聞き流し、イメージトレーニングを繰り返す。
前にも説明したが、誠治の能力はイメージ力や発想がものを言う類のものだ。
イメージ力はともかく、発想に関しては人並みであると認識している誠治は、その分を補う為にイメージ力を常に鍛え続けている。
冬桜のように天才ではなく。精々が秀才に過ぎない身だからこその足掻きだ。
秀才が天才を守るには努力が必要だ。それも生半可ではない類の。
性質が悪いことに、冬桜は天才であるのと同時、努力を怠らない。
お陰で誠治はこうして日常を犠牲にして、能力の制御に磨きをかけるのだ。
ふと気づけば倉橋教員の話しも終わり前になっていた。
「今週中にクラスの代表を一名選出するから、取り敢えず明日までに考えておけ。最悪適当に先生が指名する事になるぞ」
そう告げるといかにも面倒だという表情をクラスの全員が浮かべる。
進んで厄介ごとを引き受けるのはお人好しか、何か打算を働かせている者くらいだろう。
誠治にしたって、放課後を縛られる可能性のある代表をやるつもりはない。
それが青春真っ只中の学生であれば尚更だろう。
「よし、それじゃあこれでLHRを終了する。一時間目は引き続き各授業の説明だから、しっかり聞いとけよ」
そう言って倉橋教員が教室を出て行く。同時ににわかに活気付く教室内。
今日からとうとう本格的な能力や戦闘訓練に触れることになるのだ。
ちょっと夢見がちな人間であれば、誰もが気分をわくわくと躍らせる展開だろう。
誠治からすればそんなものより、平穏な一日の方が素晴らしいと思うのだが、それでもその気持ちを否定するつもりはない。
椅子の向きを変え、後ろに振り向く。同時に余計な虫が寄らないように睨みを利かせるのを忘れない。
誠治はともかく、冬桜はこの教室内のメンバーと同年代なのだ。
それに質問攻めなどにあって体調を崩してはたまらない。
「どうかしましたか兄様」
「いや、とくに用事がある訳ではない。体調はどうだ?」
「大丈夫です。今日はむしろ調子がいいくらいですから」
誠治の質問に軽く握りこぶしまで作ってアピールをしてみせる。
しかし残念ながら華奢な少女の二の腕では、ぺたりとするばかりで力強さは皆無だ。
「そっか、ならいいのだが。今日私は能力訓練の為訓練室へと行くが、冬桜はどうする?」
「それなら兄様についていってもいいですか?」
「構わないが、先に帰宅してもいいんだぞ」
「一人で帰っても寂しいだけですから」
「分かった。今日は午前授業だから、どこかで朝食を取る必要があるな……」
今日は授業の説明や、簡単な施設見学だけで終わる。
遅くても十一時を越える事はないだろう。
基本的にこの学園は弁当持参、あるいは食堂の利用で昼食を取る必要がある。
誠治も冬桜も料理は出来るが、引越したばかりで器具は無論、材料の買い込みすら終えていない。
そうなると自然取れる選択肢は限られてくる。
この辺りは全て特殊戒厳令によってアカデミー関係者以外、一般人は誰一人として存在していない。
定食屋なども勿論存在していないのだ。
「冬桜、少し能力の訓練をした後、昼食は学園で取ることになるが構わないか?」
「はい、食材もまだ買ってないですものね」
「その通りだ。帰りはその辺の雑貨類も買わないといけないな」
「兄様、この辺に売っている場所なんてあるのですか?」
きょとんと首を傾げる冬桜。先も書いたとおり、ここら一帯はアカデミー関係者しかいない。
冬桜の疑問は至極当然のことだ。同時に、解決策も誠治には用意されている。
「この学園の地下は巨大な商店街みたいになっているらしい。食材は無論、ある程度の雑貨や娯楽品は揃うとのことだ」
「学園にそんな場所があるのですか……」
まさか学び舎たる学園の地下に、そんな場所があるとは思っていなかったのか、冬桜の顔が驚きに染まる。
誠治だって事前資料を見たときには驚いたものだ。しかもその地下街、中には非合法な品まであると言うのだから笑えない。
勿論普通に探して見つかる類ではないが、それでも明確な情報と意思があれば見つかることだろう。
冬桜とその後も他愛無い雑談を交えつつ、この後一日の予定を組み立てていくのであった――――
――――あの後、担任の倉橋教員が戻り、授業やその他の説明。
更には施設の説明や簡単な紹介などで三時間を潰し、その日の授業は終了となった。
生徒しての役目。生徒会より課せられるノルマ、それと与えられるポイントの説明もされた。
幸いまだ戦闘訓練皆無のおかげで任意性だが、それも一週間も経てば強制にはや代わりである。
それまでに少しでも能力や肉体を磨き、来る日に備えないといけない。
表沙汰にはなっていないが、魔物との戦闘で命を落とした者は実は多い。
転校その他を理由に一般生徒には知られていないが、特に一年生は最初の一月で十名近く出る場合もあると言う。
この学園は生徒に様々な恩恵を与えてくれる。
それは例えば金であったり。名声であったり、あるいは権力かもしれない。
男であれば女だって用意してもらうことも可能だろう。女の場合もしかりだ。
だが忘れてはいけない。学園なんてスタイルを取っているが、この地は治外法権なのだ。
表に存在は伝わらず、起きた不祥事は人知れず闇に屠られる。
学園と言うスタイルである理由は、能力者同士の殺傷沙汰を少なくする為、あえてモラルを学ぶ場として最適だからだ。
能力者の能力は幅が広いが、使い方次第で小隊や中隊を相手取る事も可能だろう。
それは自身が殺傷性の高い能力者だからこそ、誠治はよく理解していた。
「ここが耐火に優れた訓練室か」
「広いんですね」
冬桜の言うとおり、訓練室はかなり広かった。具体的には全生徒が入れるくらい。
長方形型の、縦百メートル、横七十メートル程度だろうか。
どうやら誠治と同じ考えの生徒が居るらしく、一年らしき生徒が二名バラバラと発火系の能力訓練をしている。
人数が少ないのは訓練室の数が多いからだ。訓練室だけで数十あると資料には書いてあった。
防火性の厚い扉を閉め、だだっ広い空間の右奥まで移動する。
そのまま深呼吸を繰り返し、大気に溶けている魔素と呼ばれる粒子。
それを身体中に巡らせるイメージを浮かべる。誠治の場合は血管に流れるイメージだ。
そしてそれらを必要箇所に送り出すイメージを作る。
今回は肩慣らしに指先に集中していく。
すると一秒も掛からずにライター程度の火が、指先からゆらゆらと揺れながら顕現した。
「流石です兄様!」
「この程度、能力者になる前でも簡単だったろう?」
「そ、それはそうですけど……」
「それより本番だ。折角だし冬桜も体調が悪化しない程度にだが、私と訓練をしないか?」
「にいさま、と?」
首を傾げ、きょとんとした表情を見せる冬桜に苦笑してしまう。
「ああ、私が攻撃用の炎を創り出すから、冬桜はそれを片っ端から消していってくれ」
「危険ではありませんか……? 私の能力は制御を誤るととんでもない被害が出てしまいます」
「冬桜が心配するより、私が能力の制御を失敗する可能性の方が高いよ」
そんなことありません! と早口で反論するも、事実は事実だ。
冬桜程流麗なESP使い――今は能力者だが――は少なくとも、誠治は見たことがない。
水が流れるように淀みが無く、綺麗なのだ。
まるで行うべき道筋が見えているような能力捌きは、兄である誠治ですら時に背筋が寒くなる。
だからこそ万が一などありえないのだが。冬桜は本気で心配している。
もう少し自信を持つべきだと誠治は常々思っていた。
「よし、話しはここまでだ。始めよう」
「……分かりました。危なくなったら直ぐに止めますからね?」
「ああ、それでいい――――」
そう言った瞬間、二人の纏う空気が変化した。
ぴりぴりとした緊張感を孕み、空気がまるで重みを持ったかのような重圧感を備える。
誠治が鋭い呼気を吐き出した瞬間、瞳が赤く染まっていく。
能力を一定以上行使した時に起きる現象だ。
一方の冬桜の瞳もまるで氷のようなスカイブルーへと変貌している。
対照的な瞳を発現させ、二人は能力を解放させた……
後書き
諸事情で一周飛ばしてもらいました^^;
申し訳ありません。
数話先では四人で同じイベントに入るのでよろしくお願い致します。