葦沢亀執筆 第二話
<始業式翌日>
「19番でお待ちの方、3番受付へどうぞ」
次はやっと俺の番か。「整理番号20番」と表示しているITAのディスプレイを確認して、俺は小さな溜息をついた。
何から説明しようか。
いや待て。誰に説明するのだろう?
まぁ、いいや。
とりあえずの始まりは、昨夜届いたメールである。差出人は生徒会。
書いてある中身がよく分からなかったから、やや不安があったものの、カルミアに電話してみた。すると意外にも、アレでもクラス会長らしく、一応(理解できる程度の)まともな説明が返ってきた。
「生徒会と言ってもね、ここの生徒会は普通の生徒会じゃないんだって。もちろん、一存でも役員共でもないからねっ! 毎週ノルマを生徒に与えて、達成度によってポイントをあげるのが、ここの生徒会の役割。つまりは、このアカデミーの歯車、ってところかな」
その時は話半分に聞いていたが、今朝来て分かった。まさにカルミアの言う通り「普通」じゃない。ここの生徒会室は、校舎の一角にある点は至って普通なのだが、規模が違う。教室二つ分くらいのスペースを占有して、事務室や相談者窓口などが並んでいる。一見、役所の窓口のようだ。
新入生用だろうか、その入口に簡単な生徒会の紹介文が掲示してあった。日本語と英語とが並んで貼ってあるが、カッコよさが断然違う。まぁ、日本人は英語に弱いからそうなのかもしれないが。それでも「小学生向けかよ!」とツッコミたくなるような、人をナメテいる文章を、読むは一時の恥、と我慢して斜め読みする。なんでも「生徒全員のノルマ管理から魔物の把握、ポイント処理に至るまでを一律管理」しているのだそうだ。
本題に戻ろう。問題はメールの内容だった。面倒なのでざっと要約すると、今週の俺のノルマは「強すぎる魔物を倒しに行くこと」らしい。
もちろん俺にそんなポテンシャルは無い。入学早々未知の能力が開花してうっかり強力な敵を倒しちゃいました、なんて主人公チックなチート展開ならまだしも、現実にそんなことが起こるはずがない。
そんなワケで今朝はこうして、わざわざ授業前に生徒会室まで出向いてきたのだ。
と言いつつ、実のところ俺は自分の能力を把握していない。まだ開花する可能性はある、ならばいいのだが、そういうことでもない。
あの日、つまり自分が能力者であると知らされた日。白衣とメガネに囲まれて、さっぱり分からない精密検査のデータを見せられた俺がウトウトしたのを見計らっていたかのように、それは説明された。
模倣――単純明快、他人の能力を使えるようになるチカラ――だった。
当たり前だが、当時普通の中学生として生活していた俺に、自分が能力者だと気付く可能性など無かった。一般人が能力者と出会うことなんて無いのだから、そもそも能力をコピーなんてできるはずが無い。
ところが、というより必然なのかもしれないが、どうやって使うのか、なんていう実用的な知識は研究者にとってはどうでもいいらしい。あの時の説明は「コピー能力がどんな原理で可能になるのか」が、「魔素」だの「神経」だのといった用語をちりばめて、ただ朗々と読み上げられていただけだった。
「コピーの仕方は、自分で探して下さい。それも経験です」なんて言葉で締められた時は『それもそうだな』と頷いてしまったが、よくよく考えてみれば使い方を探し出せるはずが無い。「コピーッ!!!」と叫べとでもいうのだろうか。俺はそこまで夢見人間ではない。
「20番でお待ちの方、2番受付へどうぞ」
おっと、俺の番か。
カウンターの番号を眼で追い、2番受付につま先を向けた。そこにはげっ歯類のような、明らかに俺よりも年下っぽい少女、ないし幼女が、落ち着き払った様子で座っている。よくもまぁそんな小さい頭にピッタリ合うヘッドフォンマイクが見つかったな、と危うく言いかけるところだった。
「御用件を」
顔の割に随分冷めて大人びた口調だな、という第二印象は表に出さないように、なるべく手短に用件を伝えると、彼女はキーボードを眼にも止まらぬ速さで打ち出した。幾つもの3Dウィンドウが、膨らんでは弾けるシャボン玉のように、開いては閉じを繰り返す。それを見つめる彼女の眼は、その儚さをただ眺めているようだった。
そんなことは置いておいて、兎に角その容姿に似合わぬタイピングスキルに『スゲェなぁ』と感心しながら観察していると、ふと彼女の胸元に―そこに眼がいったのは決して下心ではない―下がっているネームプレートが眼に入った。
「民原ノノ Nono Tamihara Age.18」
外国人も多いから英語表記もなされているのだろう……って3歳も年上!?
いや、そんなことは無いぞ、流峰仁。きっとこれは何かの間違いだ。ホントは「3」って書いてあったのが、たまたま光の加減で「8」に見えただけだ。眼を閉じ、心を落ち着かせた。息を吸って、ゆっくり吐く。眼を開けて、そこに見えるのは「3」なのだと何度も言い聞かせて、静かに眼を開いた。
その瞬間、俺の眼が捉えたのは、彼女のネームプレート……じゃない!? 民原さんの目から冷たく伸びる直線が、俺の眼球を正確に射抜いている。うっかり吸い込まれそうになる、冬の澄んだ空のような丸い瞳。え?と固まること3秒間。
「聞こえていないようなのでもう一度言いますが、後程訂正のメールをお送りしますので、もう帰ってよろしいですよ」
何だ、そういうことか。
不意に膨らみかけた淡い期待は、既に跡形も無く消え去っていた。しかし、感情がこもっていない機械のような接客口調で、続けざまにこんな言葉が出てくるとは思いもよらなかった。
「それとも、私に見蕩れましたか?」
狡賢い悪魔のような、ニヤリという効果音が聞こえてきそうな微笑み。
「と、とんでもない!」
今の俺の人生経験では表現できないような恐怖感が、俺の神経を舐める。ロリコン疑惑をかけられないうちに、俺は逃げるように席を立った。
その時だ。
「あの……」
後ろから知らない女子の、例えるなら紫陽花のような声がした。
「すみませんが、受付には整理番号の順番でお待ち下さい」
民原さん(18歳)が即座に対応する。
後ろを振り向くと、そこにいたのは一見普通の女子高生だった。ツリ目気味で気の強そうな印象を受けるが、その挙動を見れば大人しい性格だということは、すぐに見た者の脳にインプットされる。揺れるポニーテールが第二印象だ。これは男子にポイントが高い。
「いや。私にも同じような間違いメールが送られて来ているのだが」
聞いて初めて分かる、この堅苦しい言葉遣い。芯のある立ち居振る舞いに、凛とした存在。俺の人間観察の癖は、迷うことなく厳格な家柄だと結論付けた。きちんと整えられた身なりと、静かに放つ透明なオーラは誰も寄せ付けないものがある。
そんな彼女のITAをチェックして、民原さんは何かに気付いたようだ。顔色こそ変えないが、目の動きに感情が透けて見えるような気がした。
「どうやらお二人のメールを取り違えてしまったようです。それでは羽守様の分も後程訂正するメールを手配しておきます」
「かたじけない」
一体いつの時代から?とツッコむべきかもしれなかったが、あいにく視界に入った掛け時計の長針は、授業開始へのラストスパートをかけたところだった。
「ヤベッ! 遅刻するっ!」
その日は授業が午前だけ。午後はカルミアと一緒に、生徒会から改めて指示されたノルマを達成しに行くことにしていた。というか、されていた。
「ワープッ! ワープッ! 楽しみだね、君っ!」
どうやら隣の純粋天然会長は、初テレポートが待ち遠しくて仕方ないらしい。俺より3歩ほど前方で、スキップを取り入れた斬新な歩行をしている。
さらに残念なことに、テレポートをワープと勘違いしてしまっていた。両者に違いは無いかもしれないが、やはり訂正しておくのが無難だ。カルミアだって、ちょっとオカシな感覚をしてはいるが、昨日電話の向こうにいた女子も、やはり彼女なのだ。間違いだって、さりげなく気付かせればいいはずだ。
「そ、そうだね~。ところで、テレポートなんだけどさ―」
「テレポートじゃない! ワープだよ!」
そこでカルミアは突如反転。俺の進行を邪魔すると、怯む俺の顔を下から睨んで来た。
「間違えるなんて、ここの生徒にとってあるまじき行為じゃないかな? 隣を歩いている私の身にもなってくれないと、困るんだよっ!」
そう言うと、もう一度反転。ちょっと怒りが混じってさらに奇妙になったステップを踏みながら、カルミアはさっさと歩いていってしまった。
いや、間違ってるのはあなたですよ~……って、言っても無駄か。
そんなこんなでテレポーターの設置教室へ行ってみて、思わず面食らった。よく考えてみれば分かることだったのだが、教室前の廊下は、俺たちと同じように授業が無いサルと、持て余した時間で覚えたかのような言語能力による無駄な会話で、占有率200%オーバーの状態だった。
「ワァ~っ。人がゴミのようだね」
「その言葉、そんなにニッコリ笑って言うもんじゃないでしょ、カルミアさん?」
全く、それこそ隣に立っている俺の身にもなってくれ。ところが、ここでまたしてもカルミア命令が入った。
「コラ、『さん』付け禁止って何度言ったら分かるのさ? 今日でもう3回目でしょ?」
「あぁ、ゴメンゴメン。カルミア、ね」
女子の名前なんて呼ぶのに慣れていないんだから、しょうがないだろ。
そこで俺は自分の置かれた立場の危険性にようやく気付いた。さすがに列に並んでいる状態では、カルミアの失言を公に流しっぱなしにしておいてはマズイ。「ワープ」という単語が発せられる度にチラチラとこちらを振り向かれるのが、決定的だ。
そのために俺ができる策は、ただ一つ。カルミアが口を開ける前に、こちらから一方的に喋り続ければいい。他に考えられる手段も無く、普段ならめったにこちらから話すことなんてない俺は、どうにか話題をやりくりして30分近く耐えるという偉業を成し遂げた。
ただまぁ、それをココに載せるには忍びないので、割愛させて頂こう。
で、30分後。
そんなワケですっかり疲れ切った俺がやっと教室の中に入ると、教室のド真ん中にそれはあった。多少自信のある俺の想像力をもってしても、何に使うのか見当のつかないような怪しい機械に囲まれている。それでもなお、オレ様がテレポーターだと言わんばかりのオーラが、見る者の心象に働きかけていた。
「おぉ、ワープだぁ~っ!!」
と、小学生のようにキラキラとした何かを周囲に浮かべているカルミアは意識から排除して、職員の人の説明を仰いだ。
すると、ちょっとした確認をすれば、もう乗っていいと言う。それを手短に済ませた俺達は、早速テレポーターの方へと近づいてみた。近くで見ても、何に使う機械なのか分からないくらいシンプルな造りをしている。しかしそれがまた、この機械を異様にしていた。「どこでもドア」のように、考えれば考えるほど奇妙珍妙なのだ。
さっきまではしゃいでいたカルミアはというと、まるで人が変わったように俺の背中をつまんで、恐る恐る俺の後ろをついて来ていた。まるでお化け屋敷に来た子供みたいで面倒だったのは言うまでもないが、カルミアでも多少の不安は感じるのだということに、少しホッとしたのも事実である。
だったらなおさら、こんなところで男の俺がビビるわけにはいかない。自尊心と緊張と好奇心が、俺の右脚をテレポーターの上に誘う。
振り切れてもなお回ろうとする計器のような、どこまでも跳ね上がる高揚感。その針が指すのは、湧きあがる期待の容積だ。それを邪魔するように、限界を知らせる非常ベルのような不安が鼓膜をノックする。
そこで職員に目を閉じるよう促される。
視覚を失った俺に、機械のモーター音が挨拶する。針はもっと回らせろとばかりに煙を吐き出した。モーターの小さな振動が足の裏から伝わって来る。隣のカルミアはそれに驚いたのか、俺の左腕を思い切り握ってきた。そこで自分の全身が強張っていることに、初めて気付く。途端に針は遥か彼方へ吹っ飛んだ。機械で計測不能な領域も、とっくに過ぎてしまったらしい。この腕を掴んでいるカルミアの手が震えているのは機械の振動のせいだろうか。それとも怯えているのだろうか。その答えは、吹き飛んだ針が指し示してくれるかもしれない。
こんな時間が、もう少し長く続いたら……。
最後までお読み頂きありがとうございます。
何だかハーレムフラグが立っていますが、意図して書いているわけではなく……(それはそれで問題ですが)。
早いところ流峰君には男友達を作ってもらわないといけないですね。個人的に腹が立ってます(笑)。
まぁ、そのうち書くでしょ、って感じでゆる~く考えてますが、どうぞこれからもよろしくお願いします。
葦沢亀