休憩所執筆 第一話
魔素や魔物の出現は、人類にとって恐らくは大きな分岐点だったのだろう。
魔物の存在は人々に恐怖を植え付け、傷痕を刻み、魔素の存在はそんな人々に唯一残された、一筋の希望になった。
そんな人々の<希望>や<願い>が寄り集まり具現化したのが、この「ワールドアカデミー」という学園そのものだ。
生徒の過半数は能力者で占められており、残るほんの少しの生徒、それが俺のような「一般人」枠の生徒である。
「あー、空が青いなぁ。」
寮のベランダに出てグッと体を伸ばしてみる。
手を空に掲げ、
「・・・。」
そのまま、かざす事なく手は元の位置へ収まった。
「ん。気持ちいいなぁ・・・。」
風を思い切り肺へと流し、肺の中の空気を外へ。
「よしっ」
自分の部屋へ向き直り、ベランダの鍵を閉め用意しておいた鞄を手に玄関を出た。
そう、今日は入学式なのだ。
一か月前から入寮していた俺にとって、もはや通学路は通いなれたもの。
校門の前で一度立ち止まり、深呼吸する。
――大丈夫、
そう言い聞かせるように心の中で呟き、校門の内側へと足をのばした。
先程から、ちらほらは確認出来た生徒も校門の中に入ればそれなりに多い。
入学式ということもあり、ちらほら見える生徒の行動は皆初々しい。
「鷹木!」
後ろから声をかけられ、振り向くとこちらに手を振りながらやってくる男の姿があった。
「先に行くなら行くって言えよッ!」
その場で立ち止まり男が到着するのを待っていると、思ったより息があがっている事に気が付いた。
「片識、お前まさか走って来たのか?」
息が絶え絶えになっているからか、片識は少し間をおいてから一息にまくしたてた。
「『まさか走って来たのか?』
じゃねーだろ!
てめぇ、先に行くなら行くと連絡ぐらいよこせ、ばかやろう!
おかげで俺はここまで走って来たんだぞ!
入学式からこれってありえねーだろうがっ」
相当怒っているのか、奴のいつもはねているくせ毛がぴくっと動く。
「あ、いや、落ち着け。悪かったって!
少しうっかりしてたんだ。」
奴のくせ毛がぴくりと反応するのは、<能力>が発動する兆し。
今よりもずっと酷く感情が乱れ、コントロール出来なくなるとくせ毛はなんと、ピーンと真っ直ぐに立つのだが俺はそれを一度しか見た事がない。
「チッ……晩ご飯、鷹木の奢り。」
それだけ言うと、片識はケッと悪態を付きさっさと行ってしまった。
―――悪い奴じゃ、ねーんだけどな。
前方を歩く片識の行く手はそこだけ蜘蛛の子をちらしたようにさけられていた。
あの容貌では致し方ないとは思うが。
少しだけ苦笑いし、前方の限りなく茶色に近い髪の友人の姿を見送った。
入学式は粛々と行われた。
まぁ、ただ呆けているだけの輩もいたことも確かだが。
とにかく、入学式は無事に終わった。
クラスはA〜Fクラスまで能力別に分けられている。
因みに片識はEクラスだと話していた事をぼんやり思い出しながら、Fクラスの教室を通りすぎる。
俺の目的地は残念ながら、このA〜Fクラスのどれでもない。
地図を確認しつつ、目的地を確認する。
「ここ、か。」
ひとつの教室の前に立ち、表札を確認する。
―――特別枠
なるほど。
分かりやすいのは嫌いじゃない。
ガラガラとドアを開けると、そこには数人の男女が既にいて皆各々に気の合う仲間を作り出していた。
俺が入るとほぼ同時にチャイムがなった。
「早く入れよー。」
入り口辺りで止まっていた俺のすぐ後に、担任だと思われる男性が入ってきた。
身長はだいたい175くらいの好青年といった印象で、歳はすごく若そうだ。
研修生だろうか?
「ん? あぁ、・・・鷹木 悠だよな。早く席着けー。席分かるか?」
「え、」
名前を言われて驚いていたのは、何も俺だけではなかったらしく周りは割とガヤガヤしていたのにシーンと静まりかえっている。
その状況に担任らしき男は少しだけ苦笑いをこぼして話しだした。
「いや、実は昨日徹夜で全員の顔と名前暗記してきたんだ。
……初めての担任だし、気合い入れてみた。」
そう言って片手でドアを閉めてから、教卓の前まで歩み黒板にカッカッと何かを書いていく担任。
“海崗 高瀬”
そうデカデカと書いてから、こちらへと振り向きまだ席についていない俺たちに目を丸くしながらも呆れる素振りは一切見せず、担任は続けた。
「とりあえず座れ。あと、鷹木。」
「あ、はい。」
突然名前を呼ばれ内心びくびくしながら教卓へと進む。
「お前の席は、窓際一番後ろ、だ。」
トントンと卓上の紙を叩き、教えてくれる。
コトンと俺が座ったのを見計らい、担任は口を開いた。
「えー……まずは、入学おめでとう!
俺は今日から君たちの担任の海崗高瀬歳は今年で25になる。
能力レベルはF。
特技はりんごの丸つぶしで趣味はゲーム。
彼女もいるけど、本州に残してきた。
何か質問あるやついるか?」
いっそ爽やかすぎるほどの笑顔でそう言い切り、こちらの反応を待っているのかニコニコ笑っている。
「は、はい。」
皆静まりかえっていた部屋に高めの声が響いた。
自分の席から割と近くから聞こえた気がする。
少しキョロキョロしてみると、その声の主はすぐ見付かった。
自分の斜め後ろで、控えめに手をあげている少女の姿を確認出来た。
クラスの目が一気にその子に集まる。
「ん。榊原 恵だな。よろしく!
で、質問は?」
担任は本当に全員の名前と顔を覚えているらしい。
榊原恵と呼ばれた少女はクラス全員の視線を一身に受けながらも、ひとつひとつ慎重に言葉を選びながら話しだした。
「あの、せ、先生はレベルFと仰られましたよね。
ぐ、具体的にはどんな感じの能力なんですか?」
最後の方は消えぎみの声だったが、少女は確かに言い切った。
担任は、暫く手を顎へとあて考えてから「よく見てろよ?」
とこちらに悪戯を思い付いた子供のように少し口角を上げてから、前に指を差し出した。
少しだけ眉間に皺を寄らしたその次の瞬間、指の上に小さな炎が上がった。
それは確かに小さく微弱な炎であったが、普通の人間には絶対に不可能なそれにクラスは一瞬ざわつく。
「これが、俺の能力。所謂“発火”だ。だけど、」
指を左右に少し振り、担任は炎に風を送る。
だが、最初のライター程の炎のサイズから大きくなることはなかった。
「見て分かると思うけど、この火はこれ以上成長しないんだ。だから、」
もう一度強く振り、炎を消す。
「レベルF。それも、だいぶ下のレベルだ。ギリギリセーフのレベルFって感じかな。」
担任は、それだけ言うと少女へ向き直り、「これで大丈夫か?」と優しく問い掛ける。
後ろから、「はい。」と控えめに返事が聞こえた。
「他は?」
クラスを見渡す担任に見習いザッと見渡してみても、手をあげそうな生徒はいなそうだ。
そう判断したのか、担任も「ないなら次行くなー。」と緩くHRが開始された。
HRはザッと一時間程度で終わった。
魔素や魔物の基礎知識や学園生活についてなど、いろいろな事を話された。
そして最後に渡されたのがこの、携帯端末。
手のひらに収まってしまうこの端末の中に、先程説明された機能が全て入っているのかと思うと不思議な気分だ。
寮へと続く道を歩きながら、携帯端末を眺めていると、フッと友人の姿が浮かび足を止めた。
「あ。」
すっかり忘れていたが、晩御飯の買い物をしなくてはいけなかったのだ。
もう冷蔵庫には一人分しか食料がない。
男二人で食べるには、調達が必要な事をすっかり忘れていた。
足を寮へと続く道から店へと続く道へ方向を変え、歩きだした。
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