アンデルセン執筆 第一話
どうも、前回から随分と経ってしまいましたが。
遂に完全に始動です。
のんびり更新な作品ではありますが、よろしくお願い致します!
世界連合傘下、ワールドアカデミー。
十年以上も前に勃発した第三次世界大戦、その渦中に起った異世界と繋がる時空間の歪みの発生。
原因は当時日本が研究していた、トンネル効果の利用による“空間”の超越。
結果は見事に暴走という、最悪の結末で幕を降ろす。
そして、その歪みの向こうからゲームに出てくるような化け物どもが現れる。
世界は恐怖のどん底に叩き落され――――
なんて言うのは既に過去の話し。
現在は表上は平和な世界が運行されている。逆に戦争前より世界各国は手と手を取り合っているという、一種不気味さすら感じさせる始末。
そして裏では……少年少女達がここ、“ワールドアカデミー”でその青春たる花を散らし続けているのだがな、と男は自嘲した。
そこに男は含まれていない。青春などと言う時期は遠い昔、忘却の彼方に捨てて来たのだから。
と言うより、青春を謳歌している暇など無かったと言うほうが正解かもしれない。
日本の四国、その東北にある淡路島。そこに建設された空港もかくやという、馬鹿に広い学園の、これまた通常の数倍はあるだろうグラウンド。
そこで執り行われているのは“入学式”だ。
学園が創立されて数年目の入学式、見渡す限り精々が数十名程度。
これでも今年は多い方だと言うのだから、能力者の貴重さがうかがえるというものだろう。
校長、つまりはこの学園で、いや、この四国を取り巻く異常に対処する機関でも上層に位置するであろうお偉いさんの演説が延々と続く。
内容は君達の頑張りが未来を救うだとか、そんな発破を掛けるような言葉ばかり。
騙りは上手い、いっそ政治家に向いているのではないだろうか。
見渡せば一部の生徒の瞳に信念という、偽りの炎が燃え盛っているのが見て取れる。
学園と言っても、その理由は能力者が少年少女。
主に十代前半から後半に多い、という理由と世間体を繕う為だと言うのだから笑い種である。
それは事実上の能力者に対する監視、監禁に近い。臭い物には蓋をしろとは上手い事を言ったものだ。
尤も、男もその一人であり、しかも望んでこんな場所へと来た変わり者ではあるのだが……
「――であるからして、諸君には期待している! それぞれが切磋琢磨し、頑張ってほしい! 以上ッ!」
思考の海に埋没している間にどうやら始業式は終わったらしく、解散の流れになりつつあった。
ここからは事前の告げられているクラスに各自で移動、という形になる。
此処にこのまま居ても仕方ないだろうと、さて多くは無い選択肢からどうするかと思考しようとして。
明らかに教室へと向かう道順とは違う方向へと向かう生徒を発見した。
頭に叩き込んである、未だ完全とはいえない地図を叩き起こせば、どうやら屋上に向かうらしいと判明。
だからと言って止めに行く、などと言う選択を取りはしない。
「兄様、どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
「そうですか……」
背後から突如掛けられた言葉に動揺することもなく、出来るだけ優しく聞こえるように振り向き様に答える。
世界で男を兄様と呼ぶ人物は、少なくともこの学園においては一人しか存在しない。
男はその存在を大事にしていた、無慮に扱うなど欠片も思いはしないだろう。
男が生きる意味の大半。それが声を掛けてきた存在なのだから。
「私達もそろそろ向かおうか冬桜」
「はいっ、誠治兄様」
冬桜。世界で唯一の肉親たる妹、いや、義妹である存在。
また、誠治の学園への入学理由のほぼ全てに関わる存在でもある。
歩き出した少し斜め後ろをついてくる冬桜。
その百五十センチにやや届かない背に対して、百八十センチを優に超す誠治。
その歩幅を出来るだけ緩やかなものにして、その身に掛かるだろう負担を軽減してやる。
腰元まで流れるストレートの艶やかな黒髪は姫カットで整えられ、その少し大きめでパッチリした瞳は能力発言の影響か、紫水晶のような神秘的な輝きを宿している。
細めの眉は手入れの必要のないほど整い、小さめの鼻は品よく整っており、唇は綺麗な桜色だ。
何より雪花石膏の如き東洋人特有の肌理細やかで、西欧人ばりの白い肌はおよそ日本人離れしており、触れることすら躊躇われる程。
見た目だけの容姿で判断すれば、深窓の令嬢という言葉がこれ程似合う少女も珍しい。
学に関しても非常に優れ、今年で十六になる身ながら、その学力は既に大学院卒業レベルである。
洗濯炊事に家事一切も万能でありながら、兄様、兄様と常に慕って後ろを付いて歩く冬桜は自慢の義妹であった。
冬桜の為であるなら、と、大手の商社で勤め、それなりに立派なマンションの一室を借り二人今日まで過ごしていたのだ。
しかし、神は一も二も冬桜に与えてくれたが、余計な物までプレゼントしてくれたのは何の皮肉だろうか。
そう、彼女は生まれつき身体が常人より弱かった。
と言っても精々が人より風邪が引きやすく、こじらせやすいという程度。
神様はその代償か、超常たる力。俗に言われるESP《超能力》の才能を冬桜に授けた。
特にTK、テレキネシスに強い才能を持っていたらしく、初めて出会った当初には既にさほど重くない物体なら動かす程のものであったのだ。
尤も、その才能は決して彼女を幸せなどにしてはくれなかったのだが――――
幸い、冬桜程ではないしても、誠治の商社での才能は目覚しく、二人豊かに暮らすには問題のない金銭を得るのはそう難しくは無かった。
ただ誤算があるとすればそう、二年前より急遽強くなったESP。いや、能力のせいで冬桜の虚弱体質が悪化したことだろう。
同じく誠治の生まれついての才能、発火能力が同時期に強まり、その制御の為に商社を退社せざるをえなくなった。
ようやく掴んだ人並みの幸せが音を立てて崩壊した瞬間だ。
身体能力も急激な上昇を見せ、その能力は既にパイロキネシスと呼ぶには些か異常にすぎた。
冬桜のテレキネシスも同様であったのだが……身体能力は上がらず、今はその虚弱原因であるテレキネシスによって身を守っているという、本末転倒の有様を呈している。
普通に歩いたりする分には問題はない。
激しい運動も短時間なら大丈夫だろう、しかし。明らかに悪化しているのもまた事実だった。
「ここが私達がこれから過ごす教室、か」
無駄に広い校舎の玄関から進み、然程奥に行かずして並んだ教室の一つ。
Aと表記された教室の前で止まる。
これから過ごすことになるだろう教室。
チラリと冬桜を見る。誠治を信じきった瞳。守らねばと改めて思う……
「兄様?」
「ん、なんでもない。私が先に入ろう、冬桜は後ろからついてくるといい」
「はい」
ガラガラ、と。何時になっても変わる事のないタイプのドアを開け、堂々と進んでいく。
後ろにぴったりと張り付くように冬桜が並び、教卓まで来たところで誠治が教室を見渡した。
人数は多くはなく、精々が十名と少し程度だろう。
視線が一気に集まる、一歩前に出、冬桜を庇う形で立つ。それは殆ど無意識の動きだ。
容姿に恵まれた冬桜に視線をやるのは自然だろう。しかし、この場合誠治にも多くの視線が集まっていた。
理由は簡単。周囲に人間は全員が十代前半から後半に見えるというのに、誠治の容姿はどうみても二十代前半、もう少し余裕を見れば後半に見えるのだ。
百八十を優に越す身長、すらりとした体躯に襟足が長めの髪は全てオールバックにされている。
後ろに立つ少女と同じく見事な黒髪に、その切れ長で細めの瞳は色素が薄いのか灰色だ。
顔の輪郭も全体的にシャープであり、眉は太くも細くもなく整っている。
鋭角的で理知的ありながら、どこか鋭さと苛烈さを同居させたかのように整った容姿であった。
全身から醸し出す雰囲気が、空気が、余裕とも取れる態度が。
彼を“大人”だと周囲にどうしようもなく知らしめていた。
事実、年齢は今年で二十六になるのだ。
十代の能力発現が基本であることからしても、殆ど類を見ないタイプの能力者であった――――
――――クラスでの挨拶。
つまりは恒例とも呼ぶべき自己紹介を終え、今日一日は解散となった。
自己紹介時には自身が能力者かどうか、能力名、希少値判定の有無も明確化しなければならない。
能力名は各自で命名が許される。中には“超絶ブレイド”だとか、“邪王炎殺●龍波”やらとても痛い名を付ける者も居るようだ。
誠治の能力名は“炎の転換”。捻りのない名前だが実に正鵠を射た名前だろう。
能力者が魔素を吸引し、それを錬度の有無で炎に転換し操作する能力。
希少値判定ではCと低いが、その汎用性は高く、殺傷力は侮れない。
一方、冬桜の能力名は“エネルギー操作”だ。
これまた正鵠を射た無骨な名だが、その希少値判定は誠治とは比べ物にならず、実にA判定。
ようはテレキネシスの強化版なのだが、能力の多様性のせいか、この能力者の数は非常に少ない。
この能力は“自身の生体エネルギー”と“魔素”を混合し、それを対象に当てることで“他の物質に干渉”することができる。
これが理由で生体エネルギーの枯渇が著しく、常に病弱虚弱の体質なのだが……
危険度や殺傷力という点でもそれは恐怖を冠するに相応しいだろう。
この能力に限らず炎の転換も“想像力”というのが重要だが、このエネルギー操作に関してはそれを優に上回る。
精密な演算に潤沢な想像力。この二点がその精度と威力に大きく関わる能力。
凡人が持とうが宝の持ち腐れ、“最初から超人用”の能力とも言うべき力なのだ。
物質の干渉にエネルギーの操作、“世界の構成要素”に干渉出来るのにそれは等しい。
希少値こそ最高ではないが、この能力は扱うことが出来ればおよそあらゆる能力を捻じ伏せる暴威となるだろうことは、想像に難くなかった。
「兄様?」
学園の外。淡路島のとある住宅街に向かって歩いている途中、冬桜の気遣うような言葉が誠治の背中から届いた。
学園で配布された携帯型情報端末機“ITA”を弄りながら、思考の海に埋没しているのを心配したらしい。
「いや、ちょっと私達の能力について考えていただけだ。それより、ほらここが私達が今日から住む家になる」
そう言って誠治が指差したのはセキュリティ性の高い高層マンション。
所謂億ションと呼ばれる高級マンションであり、その五十階建ての最上階、五千五号室が今日から二人が住む家であった。
冬桜が唖然とした表情でマンションを見上げている。
無理もない、今まで住んでいた場所もそれなりではあったが、明らかに桁が一個ずれているようなマンションなのだ。
この島自体が特殊管轄下であり、一般人が居ないため格安での提供だが、本来なら名前の通り億で購入するべきものである。
「ほら、冬桜、ぼぉっとしていないで着いて来なさい」
「あっ、はい。申し訳御座いません兄様、びっくりしてしまって……」
そう言って頬を赤らめながらもマンションに入る誠治の後を追う冬桜。
オートロック式のドアの前、そこで指定された八桁の番号を入力し防弾ガラスのドアを解除、奥のエレベーターに乗り一気に五十階まで昇る。
チンと言う音と共に扉が開き、二人がエレベーターから降りた。
廊下を見渡すも、部屋数は少なく誠治の見たところ五部屋しかない。
その五番目の部屋、その扉の前で磁気性のカードキーを専用スロットに差し込んでやると、ピピッと言う音と共にガチャリと鳴り、ロックが解除される。
「す、凄いです……」
冬桜が玄関からリビングに入った途端漏らした言葉だ。
「二人で住むにはいささか広すぎるかもしれないが。冬桜も年頃だからな、部屋数や広さがあって困ることはないだろう。玄関から真っ直ぐのここが見たとおりリビング兼キッチンだ」
冬桜が誠治の示した方向を見れば、なるほど。
確かにリビングとキッチンが一体となっている。
キッチンだけでも五畳程度はあるだろうか? 更にリビングの広さは三十畳を越えているように見える。
玄関から見て真っ直ぐの奥は一面窓となっており、機能していないこの淡路島ではなく、都市ならば夜景も綺麗であったことだろう。
「家具などは実は別室に運んでもらっている。部屋を見た後、自分の部屋を決めて今日はその荷物整理だ。前回住んでいたマンションの家具だが、買い替えようと思ったものは廃棄してしまった。さて、他の部屋も案内しよう、冬桜着いて来なさい」
そう言ってリビングから玄関に通じる廊下に出る。
「玄関に向かって右側と左側に一部屋ずつで、間取りは同じタイプとなっているようだ。案内しなかったが、リビングにも書斎用の部屋に通じる扉がある。荷物はそこに置いて貰っているから、後で私が運ぼう」
軽く両部屋に入り冬桜に内部を見せてやる。
寝室用なのだろうが、それでも二十畳程はありそうな広さに冬桜が唖然とした顔を見せる。
それに誠治が苦笑を見せれば慌てて表情を取り繕う。
血は繋がっていないが、兄として慕い、あるいはそれ以上の感情を持った人にはしたない姿は見せたくない、そう言う冬桜なりの乙女心であった。
「玄関から一番近い扉がトイレ、反対側が脱衣場で風呂への扉がある」
そう言って軽く脱衣場の扉を開け、中を見せる。
洗面台が二つ連結されており、壁には横に広い鏡が一つ嵌め込まれていた。
カチリと誠治が電気を付ければ、鏡の両端の電気が淡いオレンジ色の光を放つ。
「んっ? こっちではなかったか……」
そう言ってもう一方のボタンを押せば、天井の白色の光を放つ蛍光灯に光が灯る。
脱衣場だけでも十畳近いだろうか? まるでホテルのスイートのようだと、行った事もないのに冬桜は想像してしまう。
「そして、ここが風呂場だ」
そう言って磨りガラス式の扉を押し開けば、優に五名は一斉に洗えるだろう洗い場に、同じく複数名は浸かれるだろう広い風呂が視界に広がった。
湯沸かし器も最新の物であり、更にはジャグジー機能や曇り防止ガラスの奥にはテレビまで置けるようになっている。
それを見て。冬桜が最近めっきり兄が一緒に風呂に入ってくれなくなったが、これだけ広いなら一緒に入れそうだと、風呂の狭さが原因で一緒に入らない訳ではないのに、一人明後日の方向の妄想を展開していた――――
その後、身体の弱い冬桜の分まで荷物を決めた寝室に運び込み、ベッド買い換えようと言うことで、その日は同じ布団で二人は夜を過ごした――――
後書き
いわゆる序章。
大きな舞台で、複数の主人公が同時系列で独自の物語を刻んでいく様をどうぞご観覧下さい!
トップバッターはアンデルセンが務めさせていただきました^^
複数人作だから遠慮せず、バシバシ感想送ってください。
小さな一言が私達カルテットの糧となることでしょう。