アンデルセン執筆 第三話
イメージを集中させる。具象化するのは迸る炎だ。
右腕を基点に、燃え盛る炎が逆巻き相手を飲み込むイメージ。
その際に重要なのが、防がれるイメージをしないこと。
そしてその熱量が膨大であることだ。
もう過去何度となく繰り返されたイメージの反復。
その効果が如実に現れ、誠治の右腕に一瞬で炎が現れ濁流のように冬桜へと襲い掛かる。
「壁よっ!」
冬桜が叫ぶのと同時、まるで見えない壁に弾かれるかのように宙で炎が霧散する。
「それなら。まるで踊り狂うように襲い掛かれッ!」
弾かれるより早く、まるで予見していたかのように誠治が次の行動を先んじて起こす。
イメージするのは本来ならありえべからざる炎。
指の先に鋭い鉄鋼鉤でも付いているかのような勢いで、両腕を地面に向かって振り下ろす。
瞬間腕より放たれたオレンジ色の炎が地面にぶつかり弾け、その千切れ飛んだ筈の炎が個々に揺らめきながら冬桜へと次々群がり始める。
同じ行動を二度、三度とと繰り返せばあっと言う間に冬桜の周囲は大きさ様々な炎が踊り狂う地帯へと変貌。
それでもまるで球体状の力場でもあるように、一定以上炎が進入しようとすると弾かれ霧散してしまう。
だがそれも誠治の想定範囲内だ。この炎は囮に過ぎない。
見た目は派手だし、数も多いが、温度は低く、ギリギリ炎としての体裁を整えているレベルだ。
それでも炎には変わらないし、人間の本能的な部分でこの数に襲われれば防御してしまうだろう。
一塊直径三十センチ程の炎が百近くも群がり、次々と冬桜へと飛び込んで行く中で誠治は極度の集中へと埋没していく。
次に使うのは大技だ。それゆえに溜めが僅かなりとも必要である。
鋭い呼吸法を行い、肉体に酸素を行き渡らせ、右腕の望む炎をイメージしていく。
強固なイメージと想像はそれだけで力となる。
本来なら物理を超えた現象すら可能だが、誠治は科学的な側面で物事を捉えてしまう為、能力の使い方もそちらに偏りが出来てしまう。
時間にして数秒にも満たない時間。それを迎えて誠治の右腕に明らかな変化が生じた。
青い、まるでたゆたう海の如く深い青を讃えた“青炎”。
温度にして優に四千度を越す超高温。様々な物理的障害を突破する破壊の権化。
この訓練室の耐火温度ギリギリであるそれを、誠治は容赦なく冬桜へと向けて放つ。
まるで相手に殴りかかるような格好で右拳を打ち抜く。
手繰り寄せられるように吹き上げたブルーフレイムが、産声の如き咆哮――空気を驚異的速度で燃焼する音――をあげて冬桜へと踊り掛かる。
残っていた踊る炎を全て呑み込み、まるで蛇の如き動きで見えない壁へと突き立つ。
「……ッ!?」
そこで初めて冬桜の顔に緊張が走った。
今まで揺らぎもしなかった透明な力場が、ブルーフレイムの熱量に押し負けるように少しずつ後退していく。
圧倒的な熱量が酸素を燃焼し、同時に周囲の温度を際限なく上昇させながら、その破壊の牙を次々と突き立てる。
持続的に吐き出されるブルーフレイムを維持する為に、大気中の魔素をかき集めるイメージを常に保つ。
それでもここはほぼ密室の訓練室だ、魔素には限りがある。
それを悟った誠治がブルーフレイムを一度更に勢いを増して放つ。
滝が横にすべるような勢いで襲い掛かり、冬桜のテレキネシスにより張り巡らされた防御フィールドが大きく撓む。
その隙に誠治が瞬く間に力場の前まで詰め寄り、その右拳にブルーフレイムを纏わり付かせて力場。
冬桜曰く、“エルフィールド”に渾身の一撃を叩き込む。
まるで硬質な壁にでもぶつかったかのような衝撃が手に走る。
それでも構わず一度、二度、三度……両拳に炎を纏い殴り続けていく。
ただのブルーフレイムではない。本来ならあり得ない効力を付与されている。
拳を防護するのと同時、衝撃から守る高熱の塊。それは不定形な流動体に近い。
「ハァッ!!」
一際力の入った一撃がエルフィールドに突き刺さる。
瞬間、まるで硝子が砕け散るような感触と共に抵抗感が消えうせた。
いける、そう確信して一歩踏み込んだ時、腹部にまるで砲弾でも打ち込まれたような衝撃が走り、そのまま数メートル後方に吹き飛ばされていく。
宙を滑空した肉体は重い衝撃と共に背を地面に叩き付け、肺から強制的に空気が漏れ出す。
溜まらず咳き込めば慌てて冬桜が駆け寄ってきた。
「に、兄様!? も、申し訳ありません! まさかエルフィールドを突破されるなんて思わなくて、反射的に……」
「大丈夫だ。能力者になって肉体的にも強化されている、これくらいどうってことはない」
そうは言うものの、先程冬桜が反射的に放った物理的エネルギーの塊は相当なものだ。
通常の人間であれば容易に肋骨が砕け散っていたことだろう。
青い顔をして慌てふためく冬桜に苦笑を浮かべ、何でもないと立ち上がり頭に手を置くと口を開く。
「次は精密訓練に移ろう。訓練室の魔素を消費しすぎる訳にもいかないだろう」
「分かりました……本当に痛くはありませんか?」
「多少の痛覚はある。それでも骨に異常はない」
「そうですか、よかったです」
ほっと息を吐いて冬桜が離れていく。それを見届け、再び全身に魔素を流し込むイメージ。
再び誠治の瞳が赤色に輝き、その両腕に赤いオレンジ気味の炎が纏わりつく。
「それではいくぞ」
「どこからでもどうぞ、兄様」
頷き腕を振り下ろす。瞬間放たれたのは細かい炎の礫だ。
一つ一つの大きさは数センチ程度だが、それが一斉に何十と放たれる。
小さいと侮るなかれ。それでも命中すれば火傷、それも重度のレベルを与える代物なのだ。
それら炎の礫が何か見えない物体に叩き落されるように次々と霧散していく。
続いて放たれるのは炎の波だ、薄い波状の炎を幾重にも発生させ、波状攻撃の如く相手に襲わせる。
それを冬桜は同じエネルギーの波で相殺していく。
二つの波がぶつかり、その余波が周囲に散り、熱風と衝撃波が巻き起こった――――
「月見蕎麦を一つ。冬桜は?」
「私も兄様と同じく、月見蕎麦を一つ下さい」
「あいよ、これをもって待っていな」
そう言って渡された番号札を持って適当に空いている席へと座る。
周囲には他にも二十名程学生らしき人物がテーブルに座っていた。
ここはアカデミーの第二食堂だ。食堂は全部で三まであり、微妙に品も違う。
偶々第二に来たのだが、麺系が比較的多いらしく、先程月見を頼んだのだ。
料金は携帯型端末機のITAで支払われている。
今では電子通貨は一般的に普及しており、むしろ通常の紙幣の方が少ないと言えるだろう。
「別に私に合わせる必要はなかったんだぞ?」
「偶にはお蕎麦もいいと思いまして、迷惑でしたか?」
「いや、そんなことはない。ただ、私が蕎麦を好きなのは冬桜も知っての通りだが。冬桜はそこまで麺系を頼まないから珍しく思っただけだ」
そう、誠治は蕎麦が好きであった。ラーメンも好きだし、うどんも好きである。
その中でも蕎麦を最も好んで食していると、誠治自身自覚があった。
反対に冬桜は何かと言うとそう言う汁物はさほど好まないと、そう今までの経験から思っていたのだが、今回はどういう訳か珍しくも同じ月見を頼んでいる。
別に問いただすような事でもないのだが、ふと興味が沸いて視線で先をさとしてみると、恥ずかしげに頬を染めて冬桜が告げた。
「えっと、笑わないで下さいね兄様?」
「恥ずかしいことなのか? とりあえず私は笑わないから安心してほしい」
力強く頷く誠治にほだされたのか、完全に諦めた表情で理由を話し出す。
「汁物は汁が飛び散る事があって、その……兄様に買ってもらった洋服を汚しそうで嫌なんです……て、兄様! 笑わないって言ったではないですか!?」
気づけば笑みを浮かべていたらしく、慌てて手を横に振る。
「いや、違うんだ。ただ、そんな微笑ましい理由だと思わなくてな。そんな心配しなくとも、冬桜の箸使いは見事だし、少しくらい飛び散ったって洗えば問題はないだろう」
「それはその……そうですけれども、気持ちの問題なんです」
何の気持ちの問題なのかは誠治には分からなかったが、冬桜も年頃である。
きっと女性的な思考なのだろうととりあえず頷いておくことにする。
そうして他愛無い雑談に花を咲かせていると、食堂の受け取り口、その上部の電子掲示板に誠治達の番号が表示される。
どうやら月見が完成したらしい。二人で席を立ち、受け取り口に行き蕎麦を受け取り戻る。
お盆の上にはお冷とどんぶりが置いてあり、匂いたつ出汁の香りが食欲を刺激した。
席に着き、二人で手を合わせると割り箸――人口木材――を割り、そのまま麺をずずっと口に含む。
「これは……」
「美味しい……」
「ああ、出汁の濃厚さが下手をすると飽きを呼ぶかもしれないが。それでもじっくりと煮込まれているんだろう、使っている材料を聞きたくなる」
「駄目ですよ兄様、そう言って前にお店の人、困らせていたでしょう?」
「分かっている。しかし、皿を片付けるときにさり気無く聞くのは構わないだろう」
「もぉ……」
そう言いつつも箸は勝手に麺へと伸び、気づけばあっと言う間に麺は無くなっていた。
量は通常の一人前のより多目のようであったが、能力の行使により空腹を訴えていた胃袋の前には少々役不足であったらしい。
能力行使のメカニズムはいまだブラックボックな面が多いが、少なからずカロリーを消費すると言うのは有名だ。
水ではなく、蕎麦茶を啜り、見た目にそぐわぬ老成した雰囲気でホッと息を吐く誠治。
それを見てお爺さんみたいですよ、と冬桜が注意するが、誠治にはなんのその。
今までも何度となく言われてきたが、特に改めるつもりはない。
そう言う微妙に頑固なところも誠治は持ち合わせているのだ。
ITAを取り出し時刻を確かめれば既に十四時だ、長時間の訓練は必要ないだろうと立ち上がる。
「兄様?」
「今日はこの辺りでいいだろう。取り敢えず食材を買って帰ろうと思うが、冬桜はどうする?」
「それなら私も行きます。ちょっと欲しいものもありますし」
「分かった、それじゃあ行こうか」
そう言ってお盆を冬桜の分も持ち、そのまま下げに行く。
その時ついでに出汁の材料を聞くも、笑ってかわされてしまった。
内心で残念だと呟きながら、アカデミーの地下へと向かう。
移動手段はエスカレーター、階段、もしくはエレベーターと豊富だ。
食堂の近くにはエレベーターとエスカレーター両方がある。
今回はエレベーターを使い、地下一階へと向かう。
――チンッ――と言う音と共に扉が開く。
「広いですね」
「学園の地下全土に広がっているらしい」
誠治の言葉に驚きの表情を見せる冬桜。
学園の広さも半端ではないのだ。それこそ小さな空港レベルと言えるだろう。
それと同規模だと言うのだ、この地下は。
一体どれだけの店が存在するのか、数えようとして無駄だと冬桜は判断する。
そんな冬桜に苦笑しながら誠治が地下の大通りを進んでいく。
左右の道には様々な店が並んでいる。
電化製品店、本屋、あるいはデパートやパン屋、ゲーム屋などまであった。
まるで節操のない闇鍋のようだと思いつつ、デパートではなく直接八百屋などによっていく。
途中で冬桜とは別れている。どうやら雑貨の方を買いに行ったらしい。
この時代、野菜などの自給率は世界レベルで下がる一方だ。
おかげで新鮮な野菜は非常に高く、下手をすると肉などを容易に上回る。
それなのにこの地下の八百屋はどれもみずみずしいものばかりだ。
これは腕のふるい甲斐があると思い、気づけば両手にはずっしりとした強化ビニル性の袋が一つずつ。
肉や野菜は勿論、魚や調味料と、値段に質に驚きながら購入していたらこの有様である。
冬桜とは自宅で待ち合わせとしていた為、自身の両腕にぶら下がった二つの袋に嬉しいやら、消費できるかの不安やらで何とも言えない表情を見せつつ、誠治は主夫の如き姿で学園を後にした………
誤字脱字など、何かありました感想までお願い致します^^