プロローグ
プロローグ+本編9話の話になります。
遺物管理局職員の話になります。
戦闘シーンはありません。
王都の喧騒から遠く離れた裏路地にその場所はある。
大理石の宮殿でも、厳かな大聖堂でもない。
煤けたレンガと、剥げかけた看板が目印の古びた建物。
人々はその場所を畏敬と皮肉を込めてこう呼んだ。
―――「忘れ物センター」と。
この世界には、『英雄』と呼ばれる者たちがいる。
魔王を討ち、竜を屠り、神話の如き奇跡を成し遂げて世界を救った者たち。
だが、彼らが栄光の裏で流した血や、誰にも見せずに飲み込んだ絶望は、歴史の教科書には決して記されることはない。
戦場に散った者。
勝利の果てに狂気に飲まれた者。
あるいは、国家や教会という巨大なシステムに「英雄の役割」を演じさせられ、使い潰された者たち。
彼らが命の果てに手放した強烈な未練や後悔は、消えゆく魂から剥ぎ取られ、物理的な「遺物」となってこの世に残される。
それらはただの落とし物ではない。
死者の未練が澱んだ「黒い染み」であり、世界の理を歪ませる致命的な綻び。
―――すなわち「世界のバグ」そのものだった。
放置すれば災厄を呼び、世界そのものを内側から腐敗させるそのバグを回収し、浄化するためにこのセンターは存在する。
それが王国直属の非公式機関「遺物管理局」。
そして、そのカウンターにたった一人で座る男がいた。
青年の名はクラフト。
遺物管理局ただ一人の職員。
彼に過去の記憶はほとんどない。自分がどこから来て、なぜこの窓口の職員をしているのかも分からない。
あるのは、頑丈な木の机の上に置かれた一冊の古いノートだけだ。
その表紙には、ただ一文だけが記されている。
【忘れるな。お前が誰で、何を救うべきかを】
だが、その文字すらも、遺物の黒い染みを浄化するたびに少しずつ白く霞み、消えかかっている。
自分が誰かすら分からない男が、今日も『英雄たちの遺物』を弔い続ける。




