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花嫁修業しかできないと捨てられた私、閉鎖離宮の温室再生で魔導士長に迎えられました

掲載日:2026/03/20

 婚約破棄を告げられた日、私の手には土のついた剪定鋏が残っていた。


 つい先ほどまで、伯爵家の南庭で冬越し用の枝を落としていたからだ。雪前の剪定を半日遅らせれば、春先の芽吹きが鈍る。だから急いでいたのに、呼び出された先の応接間でオスカー様は私の手元を見るなり眉をしかめた。


「やはり駄目だな、エリシア。君は花嫁修業しかできない。伯爵家の妻となるには、もっと華やかさと社交性が必要だ」


 私は剪定鋏を握り直し、静かに瞬いた。


「本日は婚約についてのお話だったはずですが」


「その話だ。君との婚約は解消する」


 あまりにもすっきりした言い方で、かえって笑いそうになった。


 温室の湿度、苗床の温度、土の配合、水路の傾き。私はそういう話しかできない女だと、彼はよく言った。夜会の飾り花の色合わせより、冬のうちに休眠株をどう守るかを気にするのが可愛げのない証拠らしい。


「理由はお分かりでしょう」とオスカー様は続けた。

「君は花を育てることに夢中で、人の視線を読まない。花嫁候補としては役立たない」


「花を育てることが役立たないと?」


「少なくとも、家門の見栄えには直結しない」


 私はその場で反論しなかった。


 春の温室披露会で、彼の家が誇った珍花の半分は、私が土壌を替え、病葉を落とし、水路の詰まりを取った結果だと説明しても無駄だろう。咲いた花だけを見て、そこへ至る手間をなかったことにする人は、最後までそうする。


「承知しました」


 婚約証を外すと、オスカー様は少し肩の力を抜いた。


「物分かりがよくて助かる」


「ただし、南庭東区画の冬支度は引き継いでください。水路の第二弁が凍るので、三日後には落ち葉を除いておかないと」


「今はそういう話をしているんじゃない」


「私はしています」


 言い終えて、私はようやく小さく息を吐いた。


 婚約が終わることより、春にあの庭が半分傷む未来の方が気がかりだった。


     ◇


 行き場をなくした私を引き取ったのは、王家の閉鎖離宮を預かる老管理人夫妻だった。


 母方の遠縁がそこで働いていた縁で、客人用にも使われなくなった古い離宮に部屋をひとつ貸してもらえたのである。


「豪華な場所だと思わないでおくれよ」


 管理人のバルドさんは苦笑しながら言った。


「建物は残っていても、使われているのは手前の棟だけだ。特に奥の温室群なんて、十年近く閉まったままだ」


 その言葉を聞いた瞬間、私は思わず足を止めた。


「温室があるのですか」


「あるが、もう死んでるようなもんだ」


 案内された先で、私は息をのんだ。


 ガラスは白く曇り、鉄骨には錆が走り、床石の隙間から乾いた蔓が伸びている。苗床はひび割れ、中央の噴水路は砂を噛んだように止まり、壁沿いの魔力循環路も光を失っていた。


 それでも、完全な廃墟ではなかった。


 枯れたと思われた鉢の根元に、ごく小さな緑が残っている。水路の勾配も、全体はまだ生きている。魔力循環路も断線ではなく、継ぎ目の詰まりが主因に見えた。


「死んでいません」


 私がそう言うと、バルドさんは目を丸くした。


「いや、十年も花なんて咲いていないんだが」


「それでも、まだ戻せます」


 その瞬間、胸の奥に久しぶりの熱が灯った。


 誰にも求められなくてもいい。


 ここにあるなら、私はこの温室を生かしたかった。


     ◇


 翌朝から、私は閉鎖温室へ通い詰めた。


 最初にやったのは、花を植えることではない。枯れた蔓と腐葉を片づけ、ガラスの割れ目を紙へ書き出し、水路の詰まりを一本ずつ探すことだった。見た目だけ整えても、根の下で空気が死んでいれば次の季に持たない。


 苗床の土を掘り返すと、湿りすぎた層と乾きすぎた層が交互に固まっていた。水が均等に回らず、上から注いだ分だけ偏って流れていたのだ。


 私は小鍬で筋を入れ、砂と灰を混ぜ、根を傷めた株だけを別の箱へ移した。


「そんな細かいことまでやるのかい」


 昼食を運んできたミアさんが呆れ半分に笑う。


「枝を切って水をやれば戻ると思ってたよ」


「戻りません。詰まりのある温室で水だけ増やしたら、腐る方が早いです」


「昔の園芸係も似たようなことは言ってたけど、途中で諦めてねえ」


「途中で諦めたから、この状態なのです」


 そう答えた時、自分の声が驚くほど静かなことに気づいた。


 悔しさや見返したい気持ちより先に、ここを直したいという欲求だけが私を動かしていた。


 午後には水路の第二弁を分解し、夜には魔力循環路の継ぎ目を磨いた。


 古い温室では、水と熱と微弱な魔力が同時に回らなければ苗床が死ぬ。王都の華やかな温室より手間はかかるが、仕組みはむしろ正直だ。何を怠ったかが、そのまま枯れ方に出る。


 だから私は好きだった。


 花そのものより、その花が生きられる盤面を整える方が。


 四日目の朝、王宮から二人の園芸係が様子見に来た。


 再起動した循環路を記録すると聞いていたのだが、温室へ入るなり片方の男は眉を寄せた。


「こんな古株を残す必要がありますか。見栄えのする新苗を入れた方が早いでしょう」


「根がまだ生きています。ここで抜けば、この区画の土圧が崩れます」


「土圧?」


「苗床の下で根が繋いでいる湿度があります。表だけ入れ替えると、来月の冷え込みで全部浮きます」


 もうひとりは循環路の石板を靴先で小さく叩いた。


「魔導式の設備なのだから、魔力だけ流せば済むのでは」


「水が死んでいる温室へ魔力だけ流すと、根が焼けます」


 彼らはあからさまに不服そうだった。


 そして案の定、その日の午後に北列の薬草棚へだけ魔力を強く通した。私が別区画でガラス枠を磨いている隙に、だ。


 嫌な匂いに気づいて駆けつけると、棚の下の土がじわりと白く変色していた。


「止めてください!」


 私は思わず声を上げ、制御弁へ手を伸ばした。


「な、何を」


「熱が強すぎます。根が煮えます」


 急いで流量を戻し、棚板を外し、傷んだ根へ灰と冷水を当てる。薬草棚は観賞区画より温度変化に弱い。少しの無理で次の季が丸ごと死ぬ。


「そんな大げさな」


「大げさではありません」


 私は土で汚れた手のまま振り返った。


「見栄えだけ整えて生き残る温室なら、とっくに誰かが直しています」


 ふたりは黙った。


 その日の夕方に来たセイル様は、白く変色した土と外された棚板を見て、事情を一度で察したらしかった。


「園芸係が触ったか」


「はい」


「結果は」


「北列三棚のうち一棚は今季の伸びを諦めます。ですが根は戻せます」


 セイル様は薬草棚へ近づき、白化した土を指先で挟んだ。


「復旧の見込みがあるなら、必要なものを書き出してくれ」


「責任追及はなさらないのですか」


「する。だが先に戻す方が早い」


 短い返答に、私は少しだけ笑った。


 そういう順番で考える人だから、この人の言葉は信用できる。


     ◇


 三日目の夕方、水路の一部がようやく鳴った。


 凍った喉を開くように、ごぼ、と鈍い音がして、細い水が苗床脇へ流れ込む。


「通った……」


 私は思わず膝をつき、水の流れを見守った。


 まだ弱い。濁りもある。けれど止まっていたものが動き出した。


「誰だ」


 低い声に振り返ると、温室入口に黒い外套の男が立っていた。


 王宮勤めの者だと一目で分かる、無駄のない制服。肩章の意匠は見覚えがないが、園芸係でも警備でもない。


 彼は曇ったガラス越しの光の中で、水路と苗床を順に見た。


「ここは閉鎖区画のはずだ」


「いまは管理人夫妻の許可をいただいております」


「あなたが直したのか」


「まだ途中です」


 男は水路脇へ近づき、しゃがみ込んだ。


 指先で継ぎ目の金具を触れ、そのまま循環路の石板へ視線を落とす。


「魔力の目詰まりを物理側から剥がしたな」


 私は少し驚いた。


 その言い方をする人は少ない。大抵は魔力不調だの設備老朽化だの、曖昧にまとめて終えるからだ。


「水が先に死んでいました。魔力だけ通しても、根が蒸れます」


 男はようやくこちらを見た。


「園芸係ではないな」


「違います。……元婚約者には、花嫁修業しかできない娘だと言われましたが」


 彼の眉がほんの少し動く。


「なるほど。見る目がない」


 短い断定に、私は返答を忘れた。


 彼は立ち上がり、外套の裾を払う。


「私はセイル・ヴァルツ。宮廷魔導士長だ。この離宮の循環路がわずかに再起動したと報告を受けて来た」


 魔導士長。


 私は慌てて一礼した。


「失礼いたしました」


「構わない。むしろ、十年動かなかった温室を三日でここまで戻した理由を聞きたい」


「理由、ですか」


「技術の筋道だ」


 その問い方に、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 褒め言葉ではない。けれど花を見てではなく、手順を知ろうとする声だった。


「苗床の下層が詰まり、水が偏っていました。先に根の呼吸を戻し、その上で循環路の継ぎ目を磨いています」


「その判断を独学で?」


「伯爵家の温室でずっとやっていました」


「花嫁修業として」


「そのようです」


 セイル様はそれ以上笑わなかった。


「続けてくれ」


「え?」


「止める理由がない。むしろ止められる方が困る」


 そう言い残し、彼は去った。


 私はその背中を見送りながら、心のどこかが少しだけほどけるのを感じていた。


 少なくとも、ここには工程を見る人がいる。


     ◇


 それから十日、私は温室を直し続けた。


 朝は苗床の湿度を測り、昼は割れた導水管を繋ぎ、夕方には剪定した枝の切り口へ保護剤を塗る。夜には冷えすぎる区画だけ布で覆い、朝になれば覆いを外して光を入れる。


 単純な繰り返しに見えて、同じ日は一日もなかった。


 南列の古株は根を生かす代わりに今年の開花を諦める。


 北側の薬草棚は熱が足りないから、循環路の流れを細く長く変える。


 中央の観賞区画は見栄えより種の生存を優先する。


 そうしているうちに、茶色かった温室の中へ少しずつ色が戻った。


 薄い緑。若い芽の黄。剪定のあとに残る白い切り口。


 派手な花ではない。


 けれど、死んでいた場所が息を始める色だった。


 セイル様は三日に一度ほど現れた。


 最初は循環路だけを見ていたのに、やがて苗床の配列や水路の分岐まで覗くようになり、ときには私へ短い質問を投げた。


「なぜその株を残す」


「根が生きています。今季は咲かなくても、来季へ繋がるので」


「見栄えは悪い」


「はい。でも見栄えだけなら、来年は空になります」


 彼はいつも短く頷くだけだった。


 だがその頷きは、曖昧な慰めよりずっと嬉しい。


 ある雨の日、私は中央温室の床で配管図を広げていた。


 古い設計図に今の実測を書き込んでいると、頭上で声がした。


「それを誰に提出する」


「誰にも。自分用です」


「提出するべきだ」


「温室の落書きだと笑われます」


「私が笑わない」


 そう言ってセイル様は、濡れた手袋を外した。


「王宮の園芸係は花を並べる。だが設備を再生できる者は少ない。あなたの図は記録であり、技術書だ」


 その言葉に、私は思わず視線を落とした。


 花嫁修業の走り書きだとしか言われなかったものを、初めて別の名で呼ばれた気がした。


 数日後、復旧した薬草棚から新芽が上がった時、セイル様は珍しくその場で足を止めた。


「失敗した後でも戻せるのか」


「傷んだ根を全部捨てなければ」


「多くは、失敗した時点で全交換する」


「全交換は楽ですが、根が持っていた癖まで死にます」


 私は苗床の表面を軽くならした。


「この温室は、急いで綺麗にするより、次の季に持ち越せる形へ戻す方が大切です」


 彼はしばらく黙ってから言った。


「その発想が、王宮側には足りていない」


 王宮温室の話がここで初めて現実の重さを帯びた。


 閉鎖離宮だけではないのだ。


 この人は、もっと大きい場所を見ている。


     ◇


 転機は、季節外れの白花が咲いた朝に来た。


 中央区画の古株は、十年前の閉鎖直前に王妃陛下が好んだ品種だと聞いていた。根だけが辛うじて残り、園芸係も再生は諦めていた株である。


 だから一輪目を見つけた時、私はしばらく声も出せなかった。


 真白な花弁が、曇ったガラスから差す冬の光を静かに受けている。


 派手ではない。けれどこの温室が戻ったと知るには十分な一輪だった。


「咲いたのか」


 背後の声に振り返ると、セイル様が立っていた。


 彼は花を見て、それから私を見た。


「はい」


「再生完了の印としては申し分ない」


 その日の午後、閉鎖離宮へ王宮の使者が何人も訪れた。


 園芸係、侍従、記録官。普段は静かな回廊が足音で満ちる。


 温室の中央で説明を求められ、私は苗床の入れ替え順、水路の傾斜修正、魔力循環路の詰まり除去を順に話した。途中で何度か「そんな地味な工程で」と訝しむ声もあったが、セイル様が一度だけ視線を向けると、それ以上は続かなかった。


「再生報告は私の名で上げる」


 彼は最後にそう言った。


「ただし、功績者名は明記する。エリシア・ローゼン」


 自分の名前が、温室の中央で正式に読まれる。


 それだけのことで、胸が詰まりそうになる。


 私は泣かなかった。


 代わりに、手に残る土の感触を強く握りしめた。


 ようやく、誰かの庭の飾りではなく、私の仕事としてここへ残るのだと分かったから。


 翌日、私は王宮へ呼ばれた。


 温室再生の概要確認だけだと聞かされていたが、通されたのは小会議室ではなく、園芸局と魔導局の合同評議の席だった。


 長机の上には、私が書き起こした配管図と、離宮温室の復旧記録が並んでいる。


「あなたがこれを」


 年配の局員が図面を持ち上げる。


「はい」


「園芸係の記録ではなく?」


「私個人の作業記録です」


 その瞬間、室内の空気がわずかに揺れた。


 誰かの補助ではなく個人記録だと認識されたのだと分かる。


 別の局員が言った。


「離宮温室は十年、予算だけ消えて改善しなかった」


「園芸係は花を並べる訓練は受けている。だが設備再生は別技能だ」


 その補足を入れたのはセイル様だった。


「エリシア・ローゼン嬢がやったのは装飾ではない。温室機能の復旧だ」


 私は自分の名が、その場で何度も繰り返されるのを聞いた。


 子爵令嬢でも、元婚約者でも、花嫁候補でもない。


 温室機能を復旧した者として。


「王宮温室再編の技術参与打診は妥当と考える」


 最後にそう結論づけられた時、私はようやく肩の力を抜いた。


 ここまで来て初めて、婚約破棄の日から続いていた息苦しさがひとつ外れた気がした。


     ◇


 三日後、王宮から正式文書が届いた。


 一通目は、閉鎖離宮温室の再生功績に対する褒賞。


 二通目は、王宮温室再編のための技術参与打診。


 そして三通目だけが、少し様子を違えていた。


 封蝋に魔導士長家の紋章が押され、文面は他より短い。


『仕事の件は公文として送った。こちらは私信だ。あなたを技術者として王宮へ招きたい。それとは別に、今後も私の隣で判断を聞きたい。迎えに行く』


 私は文字を追い、思わず封書を閉じた。


 仕事の打診と、私信。


 分けてあることが、ひどく彼らしかった。


「迎えに行く、ですって?」


 ミアさんが横から覗いて目を丸くする。


「ええ……そう書いてあります」


「王宮の馬車で?」


「たぶん」


 答えながら、自分の頬が少し熱いことに気づいた。


 可哀想だからではない。


 温室を直したからだ。


 そのうえで、なお個人として迎えたいと書かれている。


 その順番が、私には何より嬉しかった。


 しかもその夜、バルドさんが気まずそうな顔で一通の来客通知を運んできた。


「……元婚約者殿が来てる」


 私はしばらく黙ってから、応接室へ向かった。


 オスカー様は以前より少しやつれた顔で立っていた。


「エリシア、話を」


「短くお願いします」


「君が離れた後、南庭の温室が半分駄目になった」


 私は驚かなかった。


「第二弁を放置したのでしょう」


「どうして分かった」


「三日後に落ち葉を除けてと申し上げました」


 彼は言葉を詰まらせた。


「戻ってきてくれないか。今なら、庭の管理も正式に」


「お断りします」


「だが君の技術は」


「ええ。ようやく技術だと認めてくださる方が現れました」


 私は静かに扉の方へ手を向けた。


「私が欲しかったのは、庭の一部として使われることではありません」


 オスカー様は何も返せなかった。


 その沈黙こそが、たぶん一番正確な答えだった。


     ◇


 迎えの馬車は、本当に翌々日に来た。


 灰青の外套をまとったセイル様は、離宮前の石段で私を待っていた。王宮の正式使者としての馬車と、個人の訪問としての彼自身が並んでいる。


「お待たせしました」


 私が言うと、彼は小さく首を振る。


「待ってはいない。予定通りだ」


「そういうところまで正確なのですね」


「温室再生の工程を見ていたからな。あなたが最後に苗床を確認してから出ると読んでいた」


 私は思わず笑ってしまった。


 この人は本当に、最後まで見ている。


「王宮温室の件、正式にお受けします」


「助かる」


「ただし条件があります」


「聞こう」


「見栄えだけで工程を潰す方がいるなら、私は容赦しません」


 セイル様は一拍置いて、ほんのわずかに口元を緩めた。


「そのために来た」


「……それだけですか?」


「いや」


 彼は一歩だけ近づいた。


「技術参与として必要だ。だがそれだけなら文書で足りる」


 冬の光が、石段の上で静かに揺れる。


「私は、あなたが苗床を直す手順を語る時の顔が好きだ」


 あまりにも直線的で、私は返事に困った。


 甘い口説き文句ではない。


 けれど花を褒めるのでなく、私の仕事に向き合う時の顔を見ていたと言われる方が、ずっと胸に響く。


「そんなことを言われたのは初めてです」


「なら最初でいい」


「最後までその調子ですか」


「変える必要があるか?」


「……いえ、ありません」


 私はそう答えてから、もう一度だけ閉鎖温室を振り返った。


 曇りガラスの向こうに、白花が揺れている。


 あの一輪は、捨てられた先で偶然咲いたのではない。


 私が手を入れ、土を返し、水を通し、死んだと思われていた根へ季節を戻した結果だ。


 そしてその工程を、ちゃんと見ていた人がいた。


「参りましょう、セイル様」


「ああ、エリシア」


 王宮へ向かう馬車の中で、私は膝の上に設計図の束を抱えていた。


 花嫁修業の落書きと笑われた図面は、これから王宮温室の再編図になる。


 役立たないと捨てられた手つきは、閉鎖離宮を蘇らせた技術として記録に残る。


 その先でもし、この人の隣へ並ぶ未来まで手に入るのなら。


 私はたぶん、花が咲く瞬間より少しだけ早く、自分の人生が裏返ったのだと認められる。

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