第八話 海と髪留め
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「バルドさん!海ですよ、海!」
きらきらと陽の光に輝く青い水面。港町に並ぶ白壁の家に屋台通り。活発に行き交う人々。その上を飛ぶ海鳥たち。乗合馬車から降りた丘で見える景色に、私ははしゃいで柵に駆け寄った。わずかに風に乗った潮の香りが鼻をくすぐる。
「待って、アメルト。危ないよ」
私が転ぶことを懸念したバルドさんが制止の声を上げたが、耳に入らなかった。
海……!これまで私は、海を見た事がなかった。前の時間では、アメリアンナとしても、伯爵令嬢としても、内陸の伯爵領と王都以外に訪れたことはない。これが、初めてだ。
「バルドさん!海ってこんなに綺麗なんですね!」
「そうだね。……後で、何か特産品でも買う?」
「買いたいです!」
王都のギルドでバルドさんに護衛を依頼してから五日が経った。今のところ、買い物をにこやかに提案してくれたバルドさんに、おかしな点は見当たらない。……信頼できる人だと、思う。
丘から街へ続く階段を降りて、私たちはまず港の乗船受付所のある建物へ向かい、切符を買った。出入国審査は、船に乗る際に行われるらしい。
必要なものを買ったあとは、観光だった。バルドさんと手を繋いで、屋台通りに入る。
「……いい香り……」
お肉や魚の焼ける香りが漂ってきた。食欲を刺激され、おなかがぐうと鳴りそうになった。前の時間では、伯爵令嬢として食を細くしていたり、処刑前の地下牢での食事もまともに取れなかったので、最近の私は美味しいものを食べたい気持ちが高まっているのだ。……もとから、食事は大好きなのだけれど。
近くの屋台に駆け寄って、バルドさんの分も合わせて焼き串を二本注文する。すると、後ろからバルドさんがお金を出して、二本一緒にお会計を済ませてしまった。
「バルドさん……あの、お金は自分で払います」
「片方は俺の分だろう?高くないし、俺に払わせてくれないかな」
バルドさんはこう言っているが、五日前からずっとこうだ。私がなにかお金を出そうとすると、いつの間にかバルドさんがお会計を済ませてしまっている。宿代と切符代は流石に折半しているが、それ以外はずっとバルドさんが払っているのだ。
……悪い人では無いのだろうが、子どもに甘すぎやしないだろうか。子ども想いのミリアさんでさえここまでではない。帝国東部に着いたらお別れする関係なのに、お人好しにもほどがある。いつか誰かに騙されないだろうかとひやひやしてしまう。
「は、い……ありがとうございます」
レモン汁の効いた焼き串を食べ終わると、他にも地域の特産品をいくつか食べて回った。その途中で、ふと、とある屋台のアクセサリーに目が留まった。
白い小さな貝殻と安価で透明感のある小粒の宝石が、いくつか連なった髪留め。派手すぎず、地味すぎもしない、非常に私好みのアクセサリーだ。白のワンピースに、とても良く似合いそうだ。宝石の色が紫色と青色であることも、私の心を惹いた。
「アメルト?」
「……あっ」
……そうだ。今の私は少年を偽っているのだ。少年が髪留めを買っては、怪しまれるかもしれない。せめてこの国を出るまでは、性別を偽っていることが露見してはいけないのだ。
「……なんでもありません。バルドさん、もうすぐ乗船時間ですよね。そろそろ向かいませんか」
「……そうだね。ちょっと寄っていこうね」
バルドさんはそう言うと、私の手を引いてアクセサリーの屋台の方へ向かった。懐から小袋を取り出して、店主に声をかける。
「この髪留め、いただけますか」
「はいよ」
「ば、バルドさん!」
バルドさんは銅貨を数枚取り出すと、髪留めを受け取った。私が見蕩れていた髪留めだ。何故これを、というより、お金の心配が先に立った。この髪留めは、先程の串焼きの数倍の値段はある。これは、奢られるにはいくら何でも高すぎる。
「アメルト。俺が好きで買ってるんだ。気にしないで」
「っ……」
バルドさんは、屋台通りを抜けてから髪留めを私に渡した。まだ成人の頃よりも少しだけ小さな両掌に乗ったそれを見て、お礼を言いつつ警戒心が募った。
親切。お人好し。それで片付けるには、いささか甘すぎる。そもそも、今の私は、少年としてバルドさんと接してるはずで、髪も短い。長い髪を纏める髪留めなんて、私に渡しても……あ。
――もしかして、性別を勘づかれている……?
手を繋いでいるバルドさんを、気付かれないように見上げる。勘づいているなら、どうして口に出さないのだろうか。……人攫いをするような人には見えない。油断させてさらおうとしているようでは無いが……
「アメルト。出入国審査だ……ちょっとごめんね」
「……っ」
悲鳴を上げなかった私を、誰か褒めて欲しい。警戒しながら考え事をしている最中に突然抱き上げられた。子どもを抱えるように私を抱えたバルドさんは、船の前の審査員の質問によどみなく答えた。
「……マランギルドの冒険者ですね。そちらのお子さんは?」
「私の妹です。歳は9歳なので、身分証はありません」
「……妹さんの顔を、見せていただけますか」
……やっぱり、勘づかれていた。“弟”ではなく“妹”と確かに言っている。
警戒心を顕にしないよう気をつけながら、被っていたフードを脱ぐ。審査員はしばらくして頷くと、乗船を許可した。
「乗れてよかったね」
「……はい」
船に乗り込んだあと、バルドさんは私を下ろし手を繋いだ。そのまま切符をとった部屋に入る。ここでも、護衛のために私たちは同室だ。
扉が閉まったのを確認してから、私は口を開いた。
「……バルドさん。私の性別、気付いてらしたんですね」




