第七話 夜の通信
ベッドに寝転がる目の前の少女がぐっすりと眠りについたのを確認して、仕切りの扉側に向かう。彼女が寝ているのは、部屋の窓側だ。部屋の周囲に結界を張っておいたから、窓から侵入されることは無いだろう。
木製の丸い椅子に座り、胸元からペンダントを取り出して、自分の周囲に防音の結界を張った。ペンダントに刻まれた魔法陣に僅かに魔力を流し込むと、数秒して雑音が聞こえたあと、人の声が届く。
『バルド。……何かあったのかい?』
「はい。明日、フラエルムの王都を発ちます。ですが、そちらへの到着は、いつもより少し遅れるかもしれません」
『それは……何か問題が?』
ペンダントから聞こえる声に言葉を返すと、僅かに固くなった声が返ってきた。バルドヴィーノは仕切りの向こう側に思いを馳せる。
「いえ。……少し、護衛依頼を引き受けたのです。帝国の東部までの案内も兼ねているので、帝国に着いてすぐ転移で向かうことは出来ないと思います」
金髪に、懐かしい顔立ちをした少女の姿を思い出す。少年を偽っているのは、道中での危険を減らすためだろう。自分たちと同じ瞳をしたあの少女を、早く父と弟に会わせてやりたかった。
『護衛依頼か……東部までの案内なのだね。どんな人なのだい?』
依頼人の情報を人に知らせる訳にはいかない。だから、これはあくまでバルドヴィーノ個人の印象を聞いているのだろう。ペンダントで通信している相手は……バルドヴィーノの父は、優しい声色で尋ねた。それに、バルドヴィーノは答える。
「……とても愛らしい、女の子です。……俺たちの妹が産まれていたら、この子くらいの年頃でしょう」
『っ……そうか……』
父の声が悲痛なものに変わった。……まだ父のあの傷は癒えていないのだ。
繊細で不器用で愛情深い父が、"奴"を倒す準備を進めながらも、ずっと義母を探し続けていることを、バルドヴィーノは知っていた。……10年前に、行方不明になってしまった義母を。当時義母はお腹に父との子を宿していた。
「……父上」
ペンダントに更に魔力を流し込むと、目の前に半透明のパネルが映し出される。そこに、父が写っていた。眉を寄せて唇を噛んでいた父は、音声通信が画面通信に変わったと気が付くと、瞬時に表情を変えた。いつもの穏やかな父の表情だ。
「……父上。お願いがあります」
『……何だい?バルド』
これを告げたら、父はどんな顔をするだろう。けれど、これは必要なことだ。
「俺が依頼を引き受けているあの子と、会ってください」
……あの子は、父親を探していると言った。だったら、父に会わせるべきだ。バルドヴィーノは、少女を初めて見た時のことを思い出していた。
ギルドの扉のそばの壁に気配を殺して寄りかかっていたら、突然扉が開いた。まず、入ってきた子どもの魔力量に驚いた。いずれは父から魔塔主の称号を受け継ぐであろう弟と、同じくらいの量の魔力。そして、受付の彼女と話していた時にフードが脱げて見えたあの顔に再度驚いた。天使のような、妖精のようなあの顔は、義母にそっくりだった。
……もしかしたら、行方不明になった義母の子なのかもしれない。ひいては、バルドヴィーノたちの異母妹、父の娘なのかもしれない。
アメルトという名前もそうだ。偽名なのだろうが、父と義母とバルトヴィーノたち兄弟で考えた、弟の名前と同じだった。妹の時の名前も皆で考えた。"アメリアンナ"という名前。
『お前が護衛を引き受けている子にかい?……でも、東部までの案内なのだろう?魔塔は、東部のずっと奥の方にあるけれど……』
「俺が連れていきます。お願いします、父上」
父は、魔塔主だ。帝国の魔術の最先端である研究所"魔塔"の主で、帝国中の魔術師をまとめる責任がある立場にいる。立場上、素性も分からない一人の少女のためだけに魔塔を出ることは出来ない。だからといって魔塔に連れていくのも不用心だが、どうしても父にあの子を会わせなければならない。
きっと、父の救いになってくれる。
父は、バルドヴィーノの真剣な表情に微笑み、ゆっくりと頷いた。柔らかな癖毛が揺れた。
『いいよ。お前がそこまで言うなら』
父が了承してくれたことに、胸を撫で下ろす。これで、あの子を父に会わせられる。あとはバルドヴィーノが少女を無事に魔塔まで連れていくだけ。
……道中、どんなことをしてやろうか。
美味しいものを沢山食べさせてやりたい。沢山の綺麗な景色を見せてやりたい。あの子の見た目に似合う可愛らしい装飾品も買ってやりたい。白い貝殻の飾り物など、良く似合うだろう。帝国へは、航路で渡る。途中で買ってやれないだろうか。
『……そんなに、可愛らしい子なんだね。お前がそこまで浮かれるのは、久しぶりに見た気がするよ』
「はい。まあ……父上も会ってみたら俺の気持ちが分かると思います」
嘘は言っていない。父はバルドヴィーノたちの時も、かなり自分たちを甘やかしてくれた。もちろん厳しいことも言われたけれど、他の貴族の家に比べたら親子の距離感はかなり近いものだったろう。
そんな父が、最愛の妻にそっくりな娘に会ってしまったら。バルドヴィーノ達の時以上に何でも与えようとするかもしれない。その時は、苦笑してやろうと思っている。
──ああ、でも。
この子が本当に父の子ということは、義母の死も確定してしまう。……父に、耐えられるだろうか。
二人は、お互いがお互いを思いやり合っている、優しい夫婦だった。義母は、前妻の息子であるバルドヴィーノや弟に対しても、自分の子のように接してくれた。それ以前に、すれ違いかけていた父子の間を取り持ってくれた。だからこそ、父にとって大切な人になっていったのだ。
義母を失ってからの父は、目も当てられないほど憔悴しきっていた。魔塔主であるという義務感で、なんとか仕事はこなしていたが、今にも倒れそうな程だった。けれど、決して息子たちに弱音を吐かなかった。父としての役割を投げ出さなかった。きちんと愛情を注いでくれた。
「……父上。俺、親孝行がしたいです」
『……えっ、……えっと、親孝行。……それは、僕にということ?』
ここまで大切に育ててくれた父へ、恩返しがしたい。少しでもいい。バルドヴィーノの尊敬する父に、少しでも幸せになって欲しいのだ。
「はい」
これが、……この子に会わせることが、少しでも父の救いになってくれたら。それは同時に義母の死へと繋がるかもしれないけれど、どちらも亡くなっているかもしれないという生死不明のままよりは父にとっても良いはずだ。
『……バルド』
画面の父が微笑んでいた。蒼い瞳が、優しく微笑む。力みすぎている子どもを、安心させるかのようだった。
『僕にとって……父親にとっての一番の親孝行は、君たちが幸せになることだよ。お前とシルが……幸せに生きてくれたら、それだけでいいんだ。だから、絶対に幸せになるんだよ』
それは、優しい父としての言葉。父の思いに嬉しくなると共に、父の足枷となっていることにバルドヴィーノは歯噛みした。
「……はい。ありがとうごさいます」




