第六話 自己紹介
「では、護衛依頼を引き受けるのはそちらの方なのですね。書類を持ってきますので、少々お待ちください」
ミリアさんはそう言うと、受付カウンターに書類を取りに行った。その間に、男性はふと私に問いかけた。
「……そういえば、君の名前はなんと言うんだい?」
「ア……メルト。……アメルトです」
アメルト。私が男の子だったら、この名前にするつもりだったのだとお母さんは言っていた。もしかしたら、私の父親と相談して決めていたのかもしれない。性別は偽ることになるけれど、この名前を名乗っていれば、父親を見つけやすくなるかもと思ったのだ。
「アメルト……良い名前だね」
男性の言葉は、社交辞令のはずなのに心の底から言われているようで、少し恥ずかしくなった。優しい目で見守られているようで、背中がむずむずする。
「ありがとうございます……あの、あなたのお名前は何ですか?」
「バルドヴィーノだよ。気軽に、バルドと呼んでくれ」
バルドヴィーノさん……バルドさんは、そう言って笑った。……愛称は、家族や親しい友人にしか呼ぶことを許されないものだと思っていたけれど、バルドさんのこの様子からすると、帝国では違うのかもしれない。
「バルドさん。これから帝国まで、よろしくお願いします」
「こちらこそ。しっかり君を護衛すると誓おう」
そのやり取りの直後、ミリアさんが護衛契約成立の書類を持ってきた。バルドさんがそこに個人情報を書き込む。見られたくないだろうから目を逸らしていたら、バルドさんに笑われてしまった。
「別に、見られても問題は無いよ。気にしなくて大丈夫だから」
そうは言われたものの、この契約書は、冒険者の方はかなり詳しく情報を書かなければいけなかったはずだ。もしも依頼人が途中で冒険者に害され逃げられたら、その冒険者の居場所が分かるように。それが理由で巻き戻り前は護衛の依頼を引き受けられなかったのだから、間違いない。
結局私は最後まで書類の内容を見ることなく、バルドさんとマランギルドを後にした。……ミリアさん、記憶よりも多少若かったけれど、変わらず美人だったな。食事処にいた人たちも、元気そうだった。
――いつかまた、マランギルドの冒険者になって会いに来たいな……
「じゃあ、アメルト。今日、君が泊まる場所はどこなのかな?一緒に泊まるのは嫌かもしれないけど……せめて泊まる場所だけでも教えてくれないかな」
「……あ、あの……実は、泊まる場所がないんです」
伯爵邸から王都まで魔法陣で転移して、転移酔いにふらつきながらギルドに直行したから、泊まる場所を見つけていなかった。というか、すっかり失念していた。
バルドさんは目を見開くと、それなら今俺が泊まっている宿屋に泊まれば良いと言ってくれた。俺の部屋に仕切りを立てて泊まってもいいし、お金はあるから君の分の部屋を借りてあげる、とまで。
「さすがにそれは出来ません……!……バルドさんの泊まっているお部屋で寝させてください。私は床で寝ます」
「俺こそ床でいいよ。君の方が、慣れない旅になるし心労もあるだろう?子どもなんだし、しっかり体を休めるんだ」
正論だ。だが、何もせずにベッドを借りるのは気が引ける。子どもだからと言って、ほぼ他人の彼にそこまでしてもらう気は無い。
「……分かりました。ありがとうございます。でも、それでしたら宿泊費を半分払わせてください」
「うーん……分かった。明日の朝、今夜分の宿泊費の半分を貰おう」
よかった。何もせず宿泊させてもらうなんて、失礼だったし。安堵していると、バルドさんが突然手を差し出した。
「手を繋ごう。暗くなってきたし、はぐれるといけないから」
「……はい」
一瞬、そのままどこかに誘拐されやしないかと不安が過ぎったが、バルドさんは一級冒険者だったと思い返す。マランギルドの一級冒険者は、ほんのちょっとの努力でなれるようなものじゃない。それに、相当ランクの依頼を引き受けた際のお給金だって良いのだ。そんな人が、ちっぽけなお金しか儲けられない誘拐を起こすようには思えない。……何より、この優しい目をした彼が、悪事を働くとは思えなかった。
「……君はどうして、帝国に行きたいの?」
手を繋いで宿まで歩いていると、不意にバルドさんが問いかけてきた。見上げると、意外に真剣な表情をしている。気軽な気持ちで尋ねられたのでは無いようだ。
「……私、母と二人暮らしだったんです。色々と事情があって、父の顔も名前も知らないし、何処にいるかもこれまで知りませんでした。けれど、今朝、母が亡くなって……本来なら、一ヶ月は供養をしなければいけないのでしょうが、どうしても自分の父親を知りたくて、帝国に行くことにしたんです」
……伯爵から逃げるため、という目的もあったが、何かやっかいな事情があると悟られるのは面倒だ。帝国の東部に着くまでの付き合いなのだから、あまり事情を話すべきでは無い。
「……そう、か……母が……母上が」
バルドさんは声を詰まらせて呟いた。その声は、震えているようにも思えた。……同情してくれているのだろうか?冒険者として、否が応でも人の死を見たことはあるだろうに、優しい人だ。
そうして宿に着いた私たちは、バルドさんの借りている部屋で軽い食事をとって、眠りについたのだった。




