第四話 旅立ち
そうしてアマルダさんと別れた私は、早足で部屋に戻って、荷物の整理をした。食器も、姿見も、私たちが使っていたのは全て伯爵家使用人の宿舎の備え付けのものだったから、荷物は少なかった。
お母さんが私のために買ってくれた絵本や本。生前、お母さんがつけていた日記。それと、替えの服。お母さんのショールもトランクに入れた。……これをきちんと着れる歳まで生きたい。……路銀をまとめた袋。櫛。お母さんが常に着けていたネックレス。お嬢様からいただいたお揃いのブレスレット。
ひと通り全てトランクに入れると、相当の重量になった。本が重さを占めているのだろう。風魔法をかけて、トランクを下からも支える。
「……うん。これなら持てそう。あとは……」
洋服棚の引き出しの奥にしまってあった、魔法布の包みを探し出す。……あった。虫除けの魔法がかかってあるから、中の服に穴は空いていない。喪服からその服に着替えて、姿見の前に立った。
長い金髪に青い瞳の、少年の服を着た少女が写し出される。もしもの時のために、と言ってお母さんが買っておいてくれた少年用の服。それを身につけたのだけれど……
「どう見ても男の子の格好をしているだけの女の子にしか見えないわね……髪でも切れば少しは男の子に見えるかしら」
護衛を雇うつもりではあるけれど、少女の一人旅は危険が多い。雇った護衛に襲われたり売り飛ばされる可能性もあるし、護衛が役に立たずに犯罪組織に拉致される可能性もある。そんな面倒ごとは極力避けたい。だから、旅の間はせめて少女ではなく少年の姿になろうと思ったのだ。
髪を纏めて首筋に短剣を持っていき、纏めた髪を切り落とす。そしてそれを暖炉に入れて燃やし、首を振って備え付けの姿見を覗き見た。顎ほどまでの長さの金髪を持つ子どもが、覗き返す。……これなら、まず一目で女児と分かることは無いだろう。帽子も被れば良い。
「……さようなら、伯爵邸。10年間、共に過ごしてくれてありがとう」
部屋を見回したあと、跪き、指を組んで大切な人たちに祈りを捧げる。
「お母さん、お嬢様。……弔いも十分にしないまま逃げ出す無礼を、どうかお許しください。必ず戻って参ります」
二人の冥福を祈ってから、魔力を指先に纏って床に魔法陣を描き始める。本来なら、血や絵の具やインクなどを使うのが確実なのだが、跡を残したくない。魔力なら、数日は気付かれないはずだ。この屋敷には魔力を感知できる人がいないから、誰にも気付かれないまま完全に魔力痕が消えていくかもしれない。
魔力で転移の魔法陣を描き終えると、魔法陣が光り始めた。魔力の跡は長く残るが、魔法陣の効果自体はそう長くは持たない。光る魔法陣の上に立ち、移動先を強く思い浮かべて、魔法陣に魔力を流し込んだ。
◇◇◇
――とあるギルドの新米受付嬢視点――
賑やかな喧騒の中、そっとため息をついた。夕方になっても、相変わらずうちのギルドは賑やかだ。……それが、魔物討伐に賑わっているのなら良かったものの、酒を飲み交わしている賑やかさなのだから虚しくて仕方がない。
──他国や他の地域のこのギルドでは、魔物討伐数はかなりの数になっているらしいけど……どうして、フラエルム王都のこのギルドだけ、こうも荒くれ者ややる気のない人ばかりなのかしら……!
……いや、自分だって……ミリアだって、わかっている。冒険者は、自分の命をかけて魔物を討伐する職業だ。勇敢な人達だ。だからこそ、そういう人達と困っている人達を繋げる仕事をしたくて、ギルドの受付嬢になったのだ。
彼らだって、根は勇敢な人達のはずだ。そう。魔物討伐に疲れてしまって、最近ちょっと休憩しすぎなだけの……
「ミリアちゃーん!泡ビールもう1杯!」
「ちょっと!私は給仕嬢じゃなくてギルドの受付嬢です!」
……やっぱり、彼らは怠け者なのかもしれない。
ミリアが二度目のため息をついた時、受付カウンターの目の前の扉がゆっくりと開いた。ギルドの正面玄関だ。常時美しい姿勢を心掛けているミリアだったが、改めて背筋を伸ばす。
扉から入ってきたのは、屈強な大男……ではなく、小さな子どもだった。薄茶のローブで隠れているが、少年の服を着ている。トランクを持ったその少年は、そのまま扉を閉めると一直線にカウンターへ歩いてきた。
「……あの、すみません。護衛の依頼をしたいのですが、大丈夫ですか」
「あっ……はい。大丈夫ですよ」
少年は、カウンターの前に立つと背伸びをした。そうしてやっと、カウンターから顔が全部見えるようだった。ミリアはそれを見て、慌ててカウンターから出て、少年の手を引き近くのテーブルにつかせた。
「こちらでお伺いします。……それで、護衛依頼でしたね?」
「はい。帝国のまと……いえ。帝国の東部までお願いしたいのです」
帝国。この世界で帝国と言ったら、小国を挟んでこの国の北東にあるスペランツァ帝国のみだ。その東までというと、かなりの距離になる。そこまで頼めるお金があるのか。というより、どうしてこんな小さな子どもがこのギルドに来たのかという疑問が先に浮かび上がった。
「申し訳ありません、お客様。ひとつおうかがいしてもよろしいですか」
「はい。なんでしょうか」
少年がミリアを見上げた拍子に、ローブのフードが脱げて、その顔が顕になった。それを見て、ミリアは思わず息を呑む。少年がギルドに併設されている酒場に背を向けて座っていてよかったと心底思う。もし冒険者たちにこの顔を見られたら、大騒ぎになっていただろう。
美しい少年だった。無造作に切られた金髪はプラチナブロンドの色をしていて、見上げた瞳は蒼空のように透き通っている。柳眉と小さな唇とやや低めの鼻、そして長い睫毛に縁取られた大きな瞳が、卵形の顔にバランスよく配置されている。肌理の細かい白い肌は、まるで陶器のようだ。天使か、妖精でも見ているように錯覚してしまうほど、少年は美しかった。
「……あ……えっと、ですね。……どうして、こちらのギルドにされたのでしょうか。向かい側のギルドの方が、身分もしっかりした者ばかりですし、信用は出来るかと思います」
このギルドは、護衛よりも討伐専門のギルドだ。冒険者たちのやる気はないが。護衛をするような、身分のしっかりした者や礼儀正しい者は、大抵向かい側のギルドへ集っていく。こちらは、王都の力自慢の荒くれ者や捻くれ者など、礼儀や礼節とは無関係の者ばかりなのだ。
「……向かい側のギルドは……ちょっと、こわくて」
「こわ……え?」
どちらかというと、こちらの方が怖くはないだろうか?美形や騎士のような人たちが多い向かい側に比べて、こちらは顔に傷があったり筋肉人間だったり、大男が多いのだから。
「で、ですが、その」
「……お話中申し訳ありません。お二方」
ミリアが動揺していると、隣あって話している二人の後ろから、穏やかな声が聞こえた。咄嗟にミリアは少年のフードを掴み被らせる。ギルドの者たちはなんだかんだ言って信用出来るが、もしこれが新しい客だとすれば、この少年の顔を見られるのはまずい。……この子は、人を惹きつける顔をしている。
そう思い、ミリアは声のした方を見た。その先には、穏やかなほほえみを浮かべた男性がいた。男性は、床に膝を着いてミリアと少年を見上げている。
……二人が見上げることで首を痛めないようにしてくれているのだと気が付き、ミリアは少しだけ警戒を解いた。目が合うと、男性の蒼い瞳が柔らかく微笑む。ミリアはそれに一瞬不思議な気持ちになったが、男性の顔をまともに見るとその気持ちは吹き飛んでしまった。
──ま、待って……!この人、物凄く私のタイプだわ……!!




