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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第三話 侍女長との別れ

 その知らせを聞いた瞬間、私は思わず絨毯の上にへたりこんでしまった。


「アリアドネお嬢様が……窓から……?」

「そうだ。ヒーリエ殿の死の知らせを受け取り泣いた数十分後、侍女たちがほんの数秒目を離していた隙に、窓から飛び降りたらしい」


 伯爵様の目は、言外にお母さんの死がお嬢様の死を招いたのだと告げていた。どうして生徒だったお嬢様ではなく娘の私が死ななかったのかとも。


「伯爵家としては、今一人娘が飛び降り自殺したという噂が流れては非常に困る。よって、アリアドネの専属侍女候補であるそなたに一つ、命令をくだす」


 伯爵様はそう言って立ち上がると、私のそばに膝をついた。お嬢様と同じ瑠璃色の瞳が、暗い色をしていた。


「アリアドネのふりをしろ。アリアドネの死を隠せ。そなたは今から、アメリアンナとしてではなく、アリアドネとして生きるのだ」

「っ、そんな、こと……!」

「ヒーリエ殿の墓は、我が伯爵領の共同墓地にある。この意味が分かるか」


 咄嗟に逆らおうとした私の髪を後ろに引っ張り、伯爵様は私の顔を覗き込んだ。不穏さを宿した言葉に、私はひるんでしまった。それが伯爵に脅しの材料を与えてしまったのだと、今なら分かる。


「儂は、この伯爵領の領主だ。身寄りのない一人の人間の墓ごとき、親族の許可を得ずとも勝手に移動させることが出来る。……もしこの命令に逆らったら、ヒーリエ殿の墓をどこか遠くに移し、そなたに教えないということも出来るのだぞ?」


 それは、母を亡くして半日しか経っていない小さな少女の弱点を、的確に突いていた。まだ実感も湧いていない母の死を受け入れた時、もしかしたら母の遺体がどこか遠くの知らない場所に移ってしまっているかもしれない。そう想像するだけで恐ろしくなってしまった私は、伯爵の命令に頷き、お嬢様として生きることを決めてしまったのだ。伯爵は口元に歪んだ笑みを浮かべると、囁くように嘘を告げた。


「……安心するがよい。時期が来たら、アリアドネの死を公表し、そなたを自由にしてやる」


 ……私が、母のお墓がある墓地の教会が、どれだけ権力があっても、遺族の許可を得ないと墓の場所を移してはいけないと定めていることを知ったのは、それから二年後のことだった。伯爵に詰め寄り、お嬢様としての人生から逃げようとした私に、伯爵はこう告げたのだ。


「……そなたが、儂に言ったのだろう?アリアドネとして生かさないと、儂を殺すと」

「な、にを……」

「まあ、これはもしもの時に世間に告げる嘘だがな。どうせそなたが本当のことを告げようとも……令嬢の振りをした孤児の娘の言葉と、娘の死を隠され騙された遺族である伯爵の言葉じゃ。世間はどちらを信じるだろうか」


◇◇◇


 ガタガタと揺れる馬車から外の景色を眺め、巻き戻り前のことを思い出していた私は、前に座る女性がじっと私を見ていることに気が付いて微笑んだ。


「……どうしましたか?アマルダさん」

「アメリアンナ……さすがに、今日発つというのは早すぎるのでは無いかしら」


 ……私は、伯爵が墓地を後にした直後、アマルダさんに今日発つ旨を伝えたのだ。


「……思い立ったが吉日、と言いますから」


 ……少しでもぐずぐずしてしまって、伯爵に付け入る隙を見せてはいけない。あの男は、必ずその隙を突いてくる。もう二度と、お嬢様の真似をするものか。もう二度と、お嬢様の死を汚すものか。もう二度と、私の人生を滅茶苦茶にされてたまるものか。


「……急がば回れ、という言葉もあるわ」


 アマルダさんは、そう告げて目を伏せた。ふるふると首を振って、悲しげな顔で私を見つめる。


「……いいえ。あなたが決めたことなら、私は口出しはしないわ。ただ……焦りすぎると周りが見えなくなるということは、覚えておいて」


 ……アマルダさんは何故、ここまで私に優しくしてくれているのだろう。まるで、実の子に対するように慰め、心配し、声をかけてくれる。最初は、ただアマルダさんが優しい人だからだと思っていたけれど……


「……はい。ありがとうございます」


 アマルダさんの気遣いに感謝を述べてから、止まった馬車をおりて母と私が暮らしていた部屋へ向かった。その途中で、アマルダさんは走り回っているメイドに声をかけた。


「あなた。……何が起こっているの」

「侍女長……っ!……実は……」


 話しかけられた侍女は、ちらりと私を見るとアマルダさんの質問に小声で答える。私は侍女とちょうどアマルダさんを挟んだ反対側に立っていたから、侍女の口の動きは見えなかった。…否、見る気にならなかった。


 お嬢様が死んでしまった。既に知っているそれを、再び誰かの口から知る必要があるだろうか。……知りたくない。お嬢様はまだ生きているのだ。……生きている、はずだ。


「……そう。邪魔して悪かったわね。早く行きなさい」


 侍女から事情を聞き終わったアマルダさんは、顔に焦りを浮かべていた。アマルダさんは侍女長。これほどの緊急事態で、もはやお嬢様の専属侍女候補ですらない私を気にかける時間なんてない。……もう、良いだろう。


「……アマルダさん。私は見送っていただかなくても大丈夫です。……なにか、良くないことがあったのでしょう?私のことはいいので、そちらに向かってください」

「アメリアンナ……本当に、大丈夫ね?」


 私の言葉に迷い答えたアマルダさんに頷いて、頭を下げる。


「今まで、本当にありがとうございました。……父が見つかったら、一度ここに戻ってこようと思っています。そのときにまたお会いできたら嬉しいです」

「お礼なんて……私があなた達に出来たことなんて、ほとんどないわ。でも……そうね。また会える日を楽しみにしているわ。さようなら、アメリアンナ」


 顔を上げて、微笑んだ。……上手く笑えているだろうか。


「はい。さようなら、アマルダさん」


 ――今まで、本当にありがとうございました。


 心の中で、そう呟いた。

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