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元偽物令嬢は、みんなで幸せになりたい  作者: 花咲 抹茶
第一章 家族編
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第一話 母の死

「アメ……リ……」


 今にも途切れそうな細い声に呼ばれ、記憶が完全に一致する。慌てて両手で触れていたシーツの上の細い掌を優しく包み、持ち抱えた。声のする方に目を向ければ、光を失いかけた紫の瞳に見つめられる。記憶を取り戻した今、この優しい瞳に再び見つめられることがとてつもなく嬉しかった。


「アメリ……あなたの…おとう……さま、は……」


 その人は……母は、呼吸のままならない中、私に何かを言い残そうとしていた。気持ちのまま抱きつきたい衝動を抑え、ベッド脇に膝立ちしたまま、言葉の続きを待つ。色を失った唇が、数度震えて苦しげに息を吐き出す。


「てい、こくの……まとう、の……ま……」


 吐息に乗った声は、そこで終わった。母の身体が震え、握った掌から力が抜ける。紫の瞳が、完全に光を失った。


「……お母さん……?っ、お母さん!」


 母の掌をシーツの上に戻してから、急いで口元の呼吸音を確認する。音は聞こえない。手首を触って脈を確認しても、拍動している気配は感じ取れなかった。そこまで確認してから、母の顔を再度見る。


 死の直前まで話していて苦しかっただろうに、私に微笑みかけた表情のまま、母は旅立っていた。予期せぬ形で二度目の母の死を経験し、私は思いのままに泣き叫びたくなった。けれど、寸前のところで思いとどまる。


「……お母さん。今まで、ありがとう。大好き……っ」


 人は、亡くなったあともほんのしばらくの間は音が聞こえているらしい。だから、母には、泣き声よりも愛の言葉を聞かせたかった。一度目の人生では、ただ泣き叫んでいただけだったから。


「……っ」


 泣き声を我慢しようとしても、涙は止められなかった。母の死は、一度経験しているからといって、慣れるものでは無い。シーツに突っ伏して声を抑えながら、冷たくなっていく掌を握っていた。


「ぅ、く……」


 暫く、唯一とも言える家族を失った悲しみを感じていたが、やがて頭はこの後どうすればよいかということに回っていった。


「お母さん……アマルダさんを、呼んでくるね」


 アマルダさんは、母と私が仕えている伯爵邸の侍女長だ。現時点、ここ数日ずっとお嬢様が寝込んでいる本邸に、大多数の使用人たちが居るはずだ。けれど、アマルダさんは毎朝使用人たちの居住地を見回っている。だから、明け方である現在、部屋を出て直ぐにアマルダさんを見つけることが出来た。


「アマルダさん…っお母さんが……」


 彼女は、私の言葉に目を見開いて、死亡確認の医師を呼ぶよう、他のメイドに指示を出した。伯爵にも事情を伝え、小規模でも母の葬儀を執り行う手配をしてくれた。そして、少女用の黒のワンピースまでも用意してくれたので、感謝しながらそれに着替える。


「お母様を亡くして辛いでしょうけど……申し訳ないわ。私たちもあまりあなたに悲しむ時間を与えてやれないの」

「……分かっています。お心遣い、ありがとうございます」


 別室で着替えて部屋を出ると、部屋の外で待っていたらしいアマルダさんに話しかけられた。実を言うと私は、お嬢様の体調が悪いなか、こんなにも早く一使用人の葬儀を執り行う手配をしてくれたことに驚いていた。やはりアマルダさんは優秀なのだと思い知る。


「あの、アマルダさん。お嬢様のお具合は……いかがですか」


 服を着替えている間に、少し頭の整理ができた。もし私の予想が正しければ、私は数年前の過去に戻ってきたことになる。……18歳で処刑台に上り、9歳の春に時間が戻った。到底信じられないことだが、今はとりあえず事態を飲み込むしかない。


 そして、私が本当に過去に戻ってきたなら…この先の未来を知っているのなら、どうしても変えたい未来があった。


「お嬢様は、今は眠っていらっしゃるわ。ようやく熱が下がってきたみたい」

「そう、ですか……」


 私のその言葉に頷くと、アマルダさんは少々乱れていたらしい私の前髪を直してから、手を差し出した。


「葬儀場までは、馬車で行くわ。……乗るまで、手を繋いでいましょう?」


 母親を亡くし天涯孤独の身となった私を、気にかけてくれている。……前の時間軸では、その優しさに頼ることが出来なかった。だから……


「ありがとう……ございます」


 彼女と手を繋いで歩いたことは無い。私が手を繋いで歩いたことがあるとすれば、お母さんとお嬢様くらいだ。恐る恐る手を伸ばすと、優しく包まれた。


 ……温かい。ただ厳しい人だと思っていたのに、こんなにも優しく温かな人だったのか。私は本当に子どもだったのだと、恥ずかしくなった。恥ずかしさから唇を噛んで、意を決して口を開いた。


「アマルダさん。……お嬢様の看病をされる方々に、お嬢様から一時も目を離さないように言っていただけませんか。……そして、出来ればお嬢様のお部屋を一階に移してください。出来なければ、お嬢様のお部屋の外の近くに大量のシーツを置いて、人をその近くに回らせてください」


 アマルダさんは僅かに驚いた顔をしてから、一瞬、私を訝しげに見た。それから表情を戻し、「どうして?」と聞く。


「……ただの、私の勘なのですが……今日、お嬢様に何か悪い事が起きる気がするんです」

「勘……分かったわ。確証はできないけれど、指示はしておくわね」


 アマルダさんは、そう言うと、人を呼んで指示を出した。……意外にもすんなりと進んでしまい、拍子抜けする。なぜ信じてくれたのかと聞くと、アリアナ……私の母の勘がよく当たっていたから、らしい。


 確かに、昔から母の勘はよく当たっていた。母の勘の赴くまま行動してみると、必ず良い事が立て続けに起こるのだ。けれど、私がその娘だからといって信じるのは……その気持ちが、顔に出ていたのだろう。アマルダさんは付け加えた。


「それにあなたは、お嬢様の専属侍女見習いでしょう。私たち大人よりも、お嬢様と一緒にいる時間が多いのだから、あなたの勘を甘く見る訳にはいかないわ」


 そう言ったアマルダさんに手を引かれながら、馬車に乗って葬儀場へ向かった。葬儀場へは既に母の遺体が運び込まれていて、すぐに葬儀が始まった。

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