未来を魁る梅に託す
この作品は史実を元にしたフィクションです。
1947年
水戸市立第二中学校が新しくできた。初級中学校である水戸二中だ。
旧制中学校教師だった藤田光之助と一緒に働いている。
教員生活最後の担任を持つクラスがあった。
そのクラスには佐藤孝一という生徒がいた。
2人はなかなかに曲者で大変な生徒だったよ。
佐藤浩一は教師目指しているが馬鹿で大変だった。彼はもう勉強の末に太田一高受かった。佐藤孝一は僕に憧れて教師になろうと思ったらしい。彼は言ったんです。
「軍人になる事が正しくないわけでも正しいわけでもないですよ。日本で戦争が2度と起きないとは思いませんが、2度と戦争が起きないよう努力することは必要だと思います。外交努力でどうもならない時はきっと来ます。これが戦争なんですから。列強の分割時代というのはダメですね。我々生物学は戦争目的ではないことが多い学問なんで僕は好きです。」
僕は退職しても子供達に理科の楽しさを伝えたい。そう思ったよ。
佐藤孝一は立派な教師になる。そう確信した瞬間であった。
卒業式を終えて退職の準備をしている頃だった。
三の丸に住んでる水戸市観光協会で働く甥っ子の会沢仙湖がいきなり押しかけてきた!
「最近復興してきたじゃないですか!?」
「でれすけ!このごじゃっぺが仕事中に何ごじゃっぺ言ってんだ!いじやけっかんな!」
「おじさんには用ないですよ。水戸七夕まつり復活させましょう!」
この一言で職員室がざわつき始めた。大学の同期の息子である藤田光之助が笑顔で口を開いた。
「いいよ!」
二人は同世代なので一緒になって偉い人を説得していた。
当時の市長も乗ってくれるところまで進んだ!
僕は退職後は暖かい目で甥っ子を見ていたよ。
「上市で神輿を担いで最後に偕楽園でドカンとやるぞ!」
甥っ子はいつのまにか山本市長まで仲間になっていた。
なんと水戸七夕まつりを今年は実施できるようになった!
「実施日はどうしようか?」
そうメンバーの一人が言うと市長と甥っ子が一緒に言った。
「水戸空襲のあった8月2日-3日だろ!」
そんな流れで8月2日に行われることになった。
1回目は質素であったが焼け野原だった水戸に明るい笑顔が溢れた気がした!
水戸市立第二中学校の校歌第3番の『新しき国の未来』そのフレーズを思い出した。
フィナーレの花火は数発のものだけど、それはそれで貧しいながらも楽しかった。
主権回復に水戸七夕まつり!今年は明るい出来事がたくさんだ!明るい日本!それが一番だ!




