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岡の下で送り出す  作者: 山鯨猫
少年時代
5/8

岡の上での再会

この作品は史実を元にしたフィクションです。

中学校の5年間は早いものでもう5年生だ…

3年と4年はこれといって大きな出来事はない…

日常は淡々と過ぎてもうすぐ、大学入試だ…第一志望の茨城師範学校(いばらきしはんがっこう)は家の近所の水戸城跡にある。太田中や水戸中は一応茨城師範学校予科として存在している。茨城師範学校に行くために太田中に入った。茨城師範学校に行きたい!


6月、修学旅行で鎌倉に行った。特に話すことはない。一人で東鎌倉を歩いていたのは内緒の話だ。


「隆!おら、退学することにした!」

幸夫がいきなり!驚いた。え?え?え!え?幸夫はゆっくり口を開いた。

「実は父親が結核になってしまって…学費払えなくなっちゃったんだ!だから夢だった研究者は諦めるしかないんだ…畑仕事をおらがやって家族を助けるんだよ!」

災難のように見える、だがこれは普通のことで多くの生徒が同じような理由で中退していた……


しばらくあと

オウからこんな手紙が来た。

「幸夫が東北帝国大学に行けるように私の貯金の全額を実家に入れたんだけどね、幸夫は学校辞めるんだってね。そのお金があっても父ちゃんは助からない。そう言って幸夫も働くんだってね。」


僕は科学を庶民のものにする!菊池先生の言葉である『科学はいずれ庶民のものになる』を忘れずに胸に刻み、幸夫の分も勉強を頑張る。

ああ…もちろん…茨城師範学校に行って教師になって教育格差是正に努める。


次はこんな話を聞いた。

「結核から奇跡の生還を果たして名古屋大学附属医学校に行った本校の卒業生渡辺くんに話してもらおう。」

「僕は15歳で結核になりましたが奇跡的に1年ほどで回復し、今では名古屋大学で医者を目指して勉強しています。僕には夢があります。結核を不治の病から治る病気にしたいんです。」

彼が放つオーラは只者(ただもの)ではない。それはまるで大久保利通のようなオーラであった。

「現代版義公だ!」

「水戸市と太田町と東京市と京都市と新潟市に邸を構えんですか?」

そうふざけて言う人がしばしばいる。

「そんなに病気造らないですよ。将来は水戸に病院を作ろうと思ってるんです!」

義公と渡辺先輩は違った。姉ちゃんような人が増えない社会にしてほしいと思った。

「毎日11時間勉強して受かったね!」

11時間…僕にはそんな根気が出ない……


その後進学実績見ることにした。

『国立東京帝国大学

国立東京師範学校

国立茨城師範学校

国立水戸高等学校

国立名古屋帝国大学

国立東北帝国大学

国立新潟医科大学

など

国立210人    』

天才ばかりだ。茨城師範学校…合格する!


1日平日5時間

  土曜7時間

日曜9時間


の勉強をする予定を立てて勉強した。計画が崩れることもあったがなんとかこなした。


周りは僕の倍近く勉強していた…すごすぎる!


そんなこんなで時は流れて合格発表僕は茨城師範学校に合格した!


茨城師範学校は家から舟で10分ほどだ。

水戸城の前の船着場に舟を停めて学校に向かった。茨城県立彰考館・図書館があったその前に茨城師範学校・水戸城がある。水戸城は修学旅行先として人気らしい。

シーズンになると修学旅行生で溢れかえる。水戸藩は日本の近代化に大きく貢献したと土佐藩出身者が強く言ったことで水戸市は名誉を回復した。

水戸藩士は靖国で祀られていなかった。なので常磐神社で祀っていたが近年は考え方が変わり靖国で祀られるようになった。日露戦争以後に水戸は評価され直されている。義公様を神格化しつつある。



校門をくぐると待ち合わせしていた小林茂(こばやし しげる)がいた。

「久しぶり!同じ学校になるのは小学校以来だね。」

「そうだね。」

前に会った時以上にしっかりものの風格が強くなっていた。

一緒に謎の男がいた。

彼は口を開くと

「私の名前は藤田久兵衛(ふじた きゅうべい)だ。お前は礼儀も知らんのか?普通百姓の家のものから名乗るものであろう。」

四民平等の時代にそんな時代錯誤のことを言うのだな。そう思った。

「百姓の家のものとしか、今まで関わったことがなかった。だから武家の礼法は知らねぇ。私は四民平等という言葉をあなたに突きつけたい。」

竹林の竹を折り臨戦体制になった。藤田久兵衛は鞄から竹刀を取り出した。

「礼儀のない、那珂の田舎もんの棒術なんぞ、東武館の剣術には勝らん。」

そう怒ってきた。そして小林も竹林の竹を取り間に竹を入れたがそんな竹簡単に粉砕された。

「武家の棒の使い方は特殊だな!」

そう小馬鹿にしながら言った。

「お前の動きはまるで猿のようだ。」

そう言い返された。


そんな本気の殺し合いに近いような戦いをしていると、茂が剣術の名士で実業家を連れてきた。

この戦いを見ながら言った。

「私の前で礼儀のない剣術をするとはなんだね。」

彼は竹刀を持ち地を叩くと衝撃で私も藤田も転けた。

「飯村様…大変恐縮でございます。この礼儀のない無礼ものを成敗しておりました。」

藤田は少し怯えている。僕はこの人を知らないが服装から予想するにすごい人であることは確かだ。

「お前たち。何があったのか私に教えなさい。」

「こいつは百姓の家の生まれのくせに向こうから名を名乗らないのです。百姓から名乗るのが筋です。」

そう藤田が汗をかきながらいう。

「そうか。家柄だけでいえば、君は私よりも上だ。それでも君は家柄を気にするか?」

優しく言った。

「いいえ。現在の地位は天と地ほどあります。」

沈黙が3秒ほど続くと

「君の前にいる男が将来君と同じ地位になる。なぜなら君と同じ師範学校に通う人なんだから。」

僕にも聞いてきた。

「証言を聞くからには君が竹林の竹を粉砕したり折って武器にしたりしたそうだな?」

「はい」

小さく頷くと

「那珂の棒術は人を守るためにある。そんなことに使うのではない。江戸が終わってからもう40年以上だぞ…暴力ではなく弁論の時代だ。第一次世界大戦も終戦し世界は協力しあい今後は平和で国際的な世が訪れるのだから。ワイマール憲法に民族自決、もうそんな時代だ。」

この爺さんの名前は飯村丈三郎(いいむら じょうざぶろう)というらしい。彼は実業家で教育者でありすごい人らしい。


入学式の後


3人で弁論部に連行された…なぜか3人で弁論部に入った。

弁論部部長が現れた。

「私は弁論部部長の鮎川勘吉(あゆかわ かんきち)と言う。太田中卒なんだが、太中のだったりするか?」

「僕は太田中です。」

そっと答えると

「僕の事わかるか?ギリギリ会ってないか。5歳差だしね。というわけで弁論を始めます。

現在日本において学校制度がわかりずらいと言う課題があります。そこで中学校を6年制にし、前期課程、後期課程にする事で大学入試は一律後期課程終了後にする事で今までのわかりずらい制度が簡略化され、進学率が上昇すると確信しています。また県立実業学校を高級中学校と同じ制度にするのです。実際に西欧で導入され進学率が向上しました。」

太田中学を太田初級中学校と太田高級中学校にし6年制に伸ばすのか…茨城県立太田第一高級中学校・附属初級中学校が100年後にはありそうだ。

「若い時期を無駄にするだけだ。」

藤田はそう言った。謎の強そうな女が現れた。藤田を遮り、

「その方法で初級中学校までを義務教育にする案もありますよね。初級中学校を村ごとに作り初級中学校までを義務教育にするなんて昔はあり得ないと思われてきましたが、急速に変化する、この時代には必要かもしいれなですね。」

今の学制はだいぶ整っているのにさらに整える必要はあるのだろうか…そう思うよ。今後どう変わってしまうのだろう。



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