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第9話 戦いの後

 星の湖の水面を覆っていた朝霧が晴れ、徐々に動物達が活動を始めた頃。地面に寝そべっていた二人の男が目を覚ました。


 二人は身体を起こし、お互いに視線を交わす。


「皮鎧がズタズタになっているぞ……」

「お前もだよ……怪我はないのか?」


 自らの身体を確かめる二人。怪我なく無事なことが不思議な様子だ。


「確か……トマージが水のエレメンタルスライムと戦っていて……」

「止めを刺そうとしたとき、蒼い光線を放たれたところで記憶が途絶えている」

「トマージは?」


 二人はハッとして立ち上がり、周囲を見渡す。離れたところに地面にうつ伏せになったトマージの姿があった。


 慌てて近寄る二人。トマージの横にしゃがみ、ゴロンと仰向けにする。


「レロレロレロレロ」


 トマージはトロンとした表情で何かを繰り返し呟いている。


「おい! トマージ! 大丈夫か!」

「しっかりしろ!!」


 しかし、トマージはレロレロを繰り返すのみ。


「仕方がない。殴ろう」

「そうだな」


 一人がしっかりと拳を握り、トマージに向けて振りぬく。


「レロレゴッ! ……うぅ、ここは……?」


 やっと正気に戻ったトマージは瞼をしばたたかせる。仲間二人の顔を認め、ゆっくりと身体を起こした。


「水の……エレメンタルスライムは……どうなった?」


 トマージは二人に尋ねる。しかし、明確な答えは返ってこない。二人とも首を傾げながら、周囲を見渡す。


「あっ、あれを見ろ!」


 一人が地面を指差す。そこに転がっていたのは、スライムのコアだった。外殻が割れて、中の魔石が露出している。


「凄いぞ、トマージ! 【ファイアブレイド】でエレメンタルスライムを倒したんだな!」

「流石はB級冒険者だ!」


 仲間二人が喜びを爆発させる。しかし、トマージは信じられない様子で地面に投げ出された長剣を見つめている。


「俺が倒した……のか……」

「他に誰がいるんだよ!」

「オークジェネラルに続き、エレメンタルスライムの討伐に成功! これはマジで最年少A級冒険者、あるぞ!」


 二人の言葉を聞いているうちに、トマージの顔がはっきりし始める。


「そうか……俺が倒したのか。水のエレメンタルスライムを……」

「ギルドに報告しようぜ!」

「今回は浴びるほど酒を飲むぞ!」


 トマージは立ち上がり、スライムのコアに近寄る。そっとしゃがみ、コアを拾い上げると、天高く翳した。


「俺は……! A級冒険者になるぞ……!!」


 水のエレメンタルスライムのコアを手に入れた三人は意気揚々と漁業ギルドを訪ね、その戦果を報告した。そして手配された馬車に乗り、勝利の味を噛みしめながら王都へ帰還した。



#



 王都に戻った俺は「蛇の巣」で三日ほど寝込み、先ほどやっと動けるようになった。魔力による身体強化は身体への負担が大きい。特に俺は毎回、人体の限界に挑んでいるようなものなので、激しい戦いの後はしばらく身体を休める必要がある。


 狭い部屋で身体を伸ばした後、薄い扉をあけると謎スープの不快な臭いがした。どうやら、朝食時だったらしい。目を覚ますには丁度いい。


 俺は身体の調子を確かめるように一歩一歩、ゆっくりと「蛇の巣」の食堂へと向かう。


「ようロジェ! やっと動けるようになったか!」


 食堂のカウンターからスネイクのおっさんが声を張り上げる。朝からうるさい。


 俺は軽く手を挙げて挨拶し、丸椅子に座り、がたつくテーブルに頬杖をついた。


「おらよ! 何日ぶりの食事だ?」


 スネイクのおっさんが俺の座るテーブルのお決まりの劣悪プレートを置いた。劣悪プレートとは、糞マズイ謎豆のスープとそれに半分浸かった硬いライ麦パンのセットのことだ。


「三日ぶりかな」

「そうか! おかわりあるからな!」

「死んでもお断りだ」


「ガハハハッ」と笑いながら、スネイクのおっさんはカウンターに戻っていく。今日はやけに機嫌がいいな。


 味覚を身体から切り離し、ただ無心で咀嚼と嚥下を繰り返していると、徐々に頭がはっきりしてきた。目が覚めた。次に自分のやるべきことが降って来る。


 俺は平らげた劣悪プレートをカウンターの上に置かれた大きなたらいに入れ、一度自分の部屋に戻る。そしてリュックと短剣を手にし「蛇の巣」を後にした。


 王都の中央通りは勤勉な王国民が溢れていた。


 商店は開店準備を始め、商人は馬車を走らせる。朝食客を狙った屋台は既に商売を始めていて、雑多な食い物の臭いが風によって運ばれてくる。


 俺はそんな朝の雰囲気を避けるように、中央通りから一本、また一本と裏通りへと入っていく。


 王都西南部。人はそこをスラムと言う。


 俺が寝泊まりしている「蛇の巣」は酷い宿だが、スラムに比べればマシだ。


 身体が不自由で物乞いをしている者、親に捨てられ仕方なくゴミを漁って生きている子供、犯罪を犯して身を隠している者、そもそも犯罪を生業としている者。


 そんな奴等が生きているとも死んでいるとも言えない状態で集まっているのがスラムだ。


「……お恵みを……お恵みを……」


 片足のないジジイが埃っぽい路地に座り、物乞いをしている。俺はリュックから首の曲がったホーンラビットの死体を取り出し、物乞いに向かって放り投げた。これは星の湖からの帰り道でうっかり轢き殺してしまったやつだ。


「……ありがたや……」


 物乞いは手を合わせて祈る。俺に対して祈ったのか。ホーンラビットの死に対してなのかは分からない。


 少し進むと顔の汚れたガキが三人現れた。一体、いつから顔を洗っていないのか謎だ。無視して進もうとすると声を掛けてくる。


「あっ、ロジェじゃん!」

「わっ、本当だ! ロジェだ」

「なんか頂戴!」


 ガキは俺に引っ付き、ワイワイと五月蠅い。メスガキなんて図々しく、「なんか頂戴」と言い出す。


「やらん」

「えっ! ずるい! さっきは物乞いにあげてたじゃん!」


 ちっ。目敏いな。


「お前ら、人にもらうことばっかり考えてないで、働けよ」

「誰も俺達に仕事なんてくれないもん! ロジェが俺達を雇ってくれよ!」


 一番年上のオスガキが唾を飛ばしながら声を上げる。


「あのなぁ、俺はF級冒険者だぞ? 人を雇えるわけないだろ?」

「俺達、本当はロジェがすっごく強い冒険者って知ってるんだ! 薬屋のババアが言ってたもん!」

「あのババアの言うことは信じるな。あいつはいつも薬でラリっているから」


 まったく、余計なことを。


「なんか頂戴」


 メスガキは話の流れを無視して強請ってくる。もう、面倒くせえなぁ。


 俺はリュックから首の曲がったホーンラビットの死体を三つ取り出し、ガキ共に押し付ける。


「これぐらい、自分で狩れるようになれ。そうすれば飯には困らない」

「わかった! ありがとう!」


 ガキ共はホーンラビットの死体を腹の前に抱えて走り去っていく。誰かに取られるのを警戒しているのだろう。


 やっと静かになり、俺は目当ての店を目指す。


 いつからあるのか分からな古い煉瓦造りの建物の地下。なんの看板もない扉を開く。すぐに鼻を刺激する臭いが噴き出してきた。


「ちょっと早く扉を閉めておくれ! 外に漏れると騒ぎになる」


 カウンター代わりの実験台に立つババアがヒステリックに叫んだ。


「またヤバイ実験やりやがって」


 俺は店に入り、後ろ手で扉を閉めた。


「今日はなんの用だい?」


 薬屋のババアは実験器具を片付けながら、仕方なく接客を開始する。


「ちょっと面白い素材が手に入ったから、これで化粧水を作ってほしい」


 俺はリュックから瓶を取り出し、実験台におく。


「これは?」

「とある筋から入手した、とても珍しいスライムの肉片だ。上位のスライムから作る化粧水は貴族の間で人気だと聞いたことがある」

「とある筋ねえ……」


 ババアは瓶を手にとり、店の灯りに透かすようにして眺める。水のエレメンタルスライムの肉片はまだ、ほんのりと蒼く輝いていた。


「わかったよ。前金で小金貨二枚。完成時に小金貨三枚。どうだい?」

「頼む」


 俺はリュックから小金貨二枚を取り出し、実験台に置いた。すかさず、ババアの手が伸びてひったくる。


「そうだ。これ、持っていきな。上級ポーションの試作品だよ」


 ババアは実験台の引き出しから、怪しい小瓶を何本も取り出し、すっと俺の前に置く。


「またヤバイ原料でポーションを作ったのか? この前もらったやつを人につかったら、完全にラリってたぞ?」

「でも、怪我は治ったでしょ?」


 薬屋のババアは昔から、一般に知られているのとは別の原料からポーションを作る実験を繰り返している。そしてサンプルを俺のような底辺冒険者に渡し、その効果を確かめているのだ。


「あぁ。ポーションとしての効果は間違いない」


 もらって損するわけではない。俺はキマる上級ポーションをごっそりリュックに仕舞う。


「三日後にくる」

「あいよ。それまでには仕上げておくよ」


 よし、後は自分で入れ物を用意すれば準備完了だな。待っていろよ。エルルちゃん。


「なんだい、ニヤニヤして」

「推しごとのことを考えていたんだよ」

「ふふふ。F級冒険者のくせに熱心だねぇ」


 薬屋のババアの皮肉っぽい笑いを背に受けながら、俺は店を後にした。

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