第8話 ロジェの戦い方
チュン。
甲高い音。これは鳥の鳴き声か? 恋物語で男女が関係を持った翌日、陽の光と共に朝の訪れを知らせるという「朝チュン」というやつか? 俺は知らぬ間に、女と関係を持っていた……? 一体誰と……?
おそるおそる、瞼を開く。
「まだ夜じゃん!!」
辺りは変わらず闇に包まれ──。
メリメリメリメリ。と樹木が爆ぜる音がし、身体がふわりと浮く。俺が止り木にしていた大木が、倒れている。咄嗟に体勢を立て直し、中空で大木の幹を蹴って地面に着地した。
見渡す限り、湖畔の木々が全て倒されている。俺の腰より高いものは何もない。一つを除いて。
それは蒼い光りを纏う、巨大なスライムだった。湖畔を這いまわり、何かを見つけるとしばらくそこに留まり、今度は高く体を伸ばし、左右に腰を振る。
スライムに腰があったならばの話。
「あいつが水のエレメンタルスライムね。でっかいじゃん」
エレメンタルスライムは俺の狙い通り、白龍の肉を求めて湖から這い出し、喰らっているようだ。あの腰くねダンスは龍を体内に取り入れた喜びを表しているのだろう。
随分と感情豊かな奴らしい。
「さて……」
俺は腰から短剣を抜き、エレメンタルスライムとの距離をゆっくりと詰める。少し歩くと、焚火の燃えカスとズタボロになった天幕、ズタボロになった人間が二人、落ちていた。
目に魔力を廻らせて夜目を効かせると、昼間合った冒険者だと分かった。
少し遠くにはトマージも地に伏せている。
三人ともまだ、ギリギリ生きているようだ。
「うーん」
エレメンタルスライムに挑み、敗れたのだろう。たぶん、まだ助かる。見捨てるのは少々気が引ける。
背負っていたリュックを前に回し、中から上級ポーションを三本取り出す。麻薬成分の混じったちょっとヤバイ代物だ。使い道がなくて困ってたんだよね~。
俺はポーションの小瓶の蓋を開けるとズタボロ三人衆の身体にぶっかける。身体が淡い光りに包まれ、傷口が塞がり、表情がトロトロになった。これ、麻薬成分強すぎだろ……。
「レロレロレロレロ」
トマージにぶっかけたポーションは特に麻薬成分が強かったらしい。寝転んだまま、レロレロと言い始めた。放っておこう。俺の目的はエレメンタルスライムだ。レロレロトマージじゃない。
「レロレロレロレロ」
五月蠅いな。そこで黙って見ていろ。『厳冬の地に生きる虫』の戦い方を。
トマージから離れ、エレメンタルスライムに近づく。あと三十歩の距離。
俺はスイッチを入れる。
まず、瞳に強く魔力を廻らせる。エレメンタルスライムの体の構造を把握するために。
青く輝く体の中央にはコアがある。割れば魔石が出てくるだろう。これは普通のスライムと同じ。問題は、その隣にある蒼く輝く石。あれが、水の精霊石に違いない。
「推しに捧げるには丁度いい。エルルちゃんは髪は水色だし」
俺の独り言が聞こえたのだろうか、さっきまで腰くねダンスをしていたエレメンタルスライムがピタリと動きを止めた。そして強く光る。
チュン。
蒼い光線が俺の頭上を通り過ぎた。しゃがんで躱さなければ、やられていたな。さて、お返し。
一歩踏み出す。着地と同時に脚に魔力を廻らせる。速く。爆発的に。
空気の層を突き抜け、エレメンタルスライムに接触する。一歩手前で止まり、短剣を横なぎにした。
インパクトの瞬間、腕に、背中に、右脚に魔力を廻らせる。空気の爆ぜる音。水の爆ぜる音。スライムの体がグッと小さくなった。
振り切った短剣を今度は逆袈裟に斬り上げる。コアを狙って。
エレメンタルスライムは器用にコアを動かしながらその身を弾ませ、俺から距離を取った。その選択は正しい。お前には遠距離攻撃の手段がある。
チュン。
でも、もう見えてるから。お前の朝チュン。否、夜チュン。それ、初見殺しだけど、目のいい奴には通用しないから。
チュン。
チュン。
エレメンタルスライムはずっと距離を取りながら、蒼い光線を放ち続ける。俺は躱しながら、リュックを漁る。そして、足を止めた。
「お前、自分しか遠距離攻撃できないと思っているだろ」
こぶし大の魔石を握り、魔力を籠める。魔石には魔力の許容量が決まっている。それを超えて魔力を注ぎつづけると、魔石は爆発する。魔石が大きければ大きいほど、その爆発の威力は跳ね上がる。
俺の手にあるのはオークジェネラルだかなんだかの魔石だろう。そこそこデカい。魔力の許容量を超え、赤く点滅を繰り返し、今にも爆発しそうだ。
チュン。
「死ね」
右脚、右肩、右腕の順に魔力を廻らせ、魔石を投擲する。空気を破る音が甲高く響き、エレメンタルスライムに着弾した。
魔石は深く体内まで進み、コアのすぐ傍で炸裂した。エレメンタルスライムの体は限界まで膨らむと一気に弾ける。
少し時間があって、スライムの肉片が空から降ってきた。そして、水の精霊石も。
蒼く点滅を繰り返す石はすぐ俺の足許に落ちてきた。俺の推しに捧げられたがっているのだろう。
水の精霊石と幾つかのスライムの肉片をリュックにしまう。
「よし。帰るか」
俺はゆっくりと王都に向けて歩く。徐々に空は白み、今度こそ本当に小鳥の鳴き声が聞こえ始めた。