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第6話 星の湖にて

 星の湖に到着して五日目。俺は桟橋に座り、釣り糸を垂れている。湖面の浮きを見ながらかつてないほど、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


 竿を竿受けに置き、淹れたばかりの茶をすする。「ふぅ」と息が自然に出る。


 星の湖についてから、ずっと釣りをしていたわけではない。最初はちゃんと水のエレメンタルスライムを探していた。


 到着して二日目と三日目は星の湖の外周をぐるりとまわった。星の湖はデカい。普通に歩いても一日はかかる。視覚を強化しながら湖畔を探っていたら、あっという間に二日が過ぎてしまった。


 しかし、見つからない。全然エレメンタルしてない。まいった。


 そもそも、こんな広大な星の湖をなんの手掛かりもなくダラダラと徒歩で探していても、エレメンタルスライムを見付けられっこないのだ。


 馬鹿かと言いたい。こんな雑な依頼を出した奴は誰だとイライラが募る。確か、依頼主の名前をメモしていた筈だ。


 俺はリュックからメモ帳を取り出してペラペラと捲る。依頼主を求めて。


 依頼主の名は……「星の湖漁業ギルド」とあった。


 星の湖、漁業やってるの? となり、俺は漁業ギルドを探し始める。到着四日目のことだ。


 漁業ギルドは比較的すぐに見つかった。星の湖と街道の接点にあるだろうと考えて地図をこねくり回し、当たりをつけてかっ飛ばし、さくっと発見した。


 漁業ギルドは湖の畔に立つ一階建ての広い建物だった。


 外から覗くと、いるのはオッサンばかりだ。いつも外で作業をしているからだろう。皆、一様に肌が黒く体格がよかった。


 王都のスラムにある同性愛者向けの売春宿で働いてる女(男)達が好むような風貌だ。


 俺は漁業ギルドの前に椅子とテーブル、焜炉の魔道具を出し、焼き肉を始めた。肉はリュック(拡張済み)の中に山ほどある。兎に角、美味そうな肉を焼いた。


 すると、漁業ギルドの中からおっさんがぞろぞろと出てくる。その内の一人、妙に威厳のある男が俺に声を掛けた。この男のことを漁業リーダーと呼ぶ。


「おぉ、小僧。いい匂いさせてるな」

「おっさん達も食べる? 一人では食べきれないぐらい肉はある」

「おっ、いいのか? 俺らは魚ばっかり食ってあんまり肉は食わないからな」


 俺は立ち上がり、リュックの中から丸椅子を出してテーブルの周りに並べる。


「じゃ、俺は肉を焼くのでジャンジャン食べて!」


 七人のオッサンと一緒に焼き肉パーティーが始まった。最初は大人しく肉を食っていたが、肌の浅黒い筋肉質な男達がそれで収まるわけはない。


 漁業ギルドの中から酒を持ち出し、酒盛りが始まった。


 肉を食らい、酒をあおる。口は軽くなる。


 俺は冒険者ギルド経由で依頼を受けたわけではない。情報を引き出すには工夫が必要だ。


「そういえばこの辺に水のエレメンタルスライムが出たらしいけど、おっさん達知ってる?」


 漁業リーダーが唾を飛ばしながらしゃべる。


「知ってるとも! あの野郎、養殖している星鱒をしこたま食いやがったんだ」


 星鱒? ここで育てた鱒はそんな名前がついているのか。未知。


「エレメンタルスライムって魚を食うんだ。デカい?」

「デカいな。全様を見たわけじゃないが、漁業ギルドと同じぐらいはあるんじゃないか?」


 そう言って、漁業リーダーが漁業ギルドの建物に視線を向けた。


 なるほど。デカいな。普通に相手すると大変そうだ。


「そのデカいエレメンタルスライムってどこにいるの?」

「そりゃ、普段は星の湖の中だろ」

「どうやって見つけるの?」

「こんな広い湖で、透明なエレメンタルスライムを見付けるのは無理ってもんだ! 向こうから来てもらうしかないだろ!」


 漁業リーダーはさらに唾を飛ばす。


 なるほど。餌で釣るしかないってことか。


「漁業リーダー、星鱒ってまだ残ってる? ちょっと食べてみたくて」

「おお、ちょっと待ってろ。出荷前の氷締めしたやつを食わせてやる。って漁業リーダーって誰だ? 俺はオスターだ」


 分かったよ。漁業リーダー。漁業リーダーは丸椅子から立ち上がり、ギルドに入っていく。若干、足取りが怪しい。酔っぱらっているようだ。


「ほら! これだ! 食え!」


 漁業リーダーは右手に立派な鱒を掴み、俺の目の前に出す。


「あざます! 今はちょっとお腹がいっぱいなので後で食べる!」


 俺は元気よく星鱒を受け取り、さっとリュックに仕舞う。ぬるっとした手をズボンで拭った。


 それからしばらくの間、俺は肉を焼き、酔っぱらったオッサン達の会話に付き合った。


 漁業の人には肉が喜ばれる。今回の学びだ。



#



 桟橋で釣りを始めて半日が経った。竿受けから竿を取り、木製のリールをクルクルと巻く。針には餌が付いていない。


「ちっ。取れれたか」


 バケツの中から星鱒の切り身を拾い、針に付ける。


 そして大きく竿をしならせ、遠くに投げた。星鱒は一直線に飛び、着水。ゆっくりと沈む。落ち着いたところで竿を竿受けに置き、また静かな時間が始まった。


 俺は沸かし直した湯を茶葉の入ったティーポットに注ぐ。心臓が六十回打つ間、待つ。そろそろいいだろう。


 木製のマグカップに熱い淹れたての茶を入れ、ゆっくりと口まで持っていく。


 ジャリ。と硬い靴底が小石を噛む音がした。


 徐々に音は大きくなる。足音は三つ。皮の擦れる音も聞こえ始めた。冒険者か?


 三つの足音はずかずかと桟橋に入ってくる。


 この桟橋はもう半日以上、俺が独占していた。俄かに自分の領域が侵されたような気分になる。


 三人はすぐ傍までやってきた。俺は遠く湖面の浮きを見つめている。


「釣りをしているところ済まない。俺はB級冒険者のトマージという。この辺に出現したという水のエレメンタルスライムについて情報を集めているんだ。何か知らないか?」


 ちっ。冒険者か……。俺の獲物を横取りするつもりだな……。


「いや、知らない」


 顔も向けず、そっけなく返す。早くどこかへ行ってくれ。


「おい、トマージ。こいつ、例の万年のF級冒険者じゃないか?」

「あっ、本当だ。盗人野郎じゃん」

「うん? あぁ、確かに」


 赤髪の男が俺の前に立つ。中腰になり、じっと俺の顔を見た。


「久しぶりじゃないか。ロジェ。お前、こんなところで何をしているんだ?」


 誰だっけこいつ……? 慣れ慣れしく俺の名前を呼びやがって。


「釣りだが?」


 赤髪の男が大きく息を吐きだす。


「はっはっはっ! お前、冒険者だろ? こんなところで釣りしてる場合かよ!」

「やべぇぇええ! これは笑う」

「さすが万年F級だな」


 仲間二人もゲラゲラと笑う。こいつら、エレメンタルスライムが逃げたらどうしてくれるんだよ。


「釣りの邪魔をするならどこかへ行ってくれ」

「はっはっはっ! これは済まなかったな。釣りを楽しんでくれ。俺達は水のエレメンタルスライムを探す」


 そう言って赤髪の男、トマージは俺の前からようやく身体を退け、桟橋から去っていった。


 その背中には「水のエレメンタルスライムを討伐に来たカッコいい冒険者の俺」と書いてある。


 馬鹿な奴等だ。冒険者として名を上げること人生の目標にしている。


 くだらない。そんなもので満たせるのは自尊心だけだろう。


 俺は推しの存在を祝福するために、水のエレメンタルスライムを釣る。


 誓いながら竿受けから竿を取り、木製のリールを巻いた。


 そしてまた、餌の取られた針を見ることとなった。

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