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第4話 B級冒険者トマージ

 陽が落ち、リンデ王国王都の空が茜色に染まる頃、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた。


 ギルド内部は多くの冒険者でごった返していたが、ただならぬ気配を感じ、皆が時を合わせて入り口に視線を向けた。


 その視線を楽しむように不敵な笑みを浮かべ、三人の男が入ってくる。


 空間の中、動くことを許されているのはその三人だけのように、カツカツとブーツを鳴らしながら、ギルド内部を進む。


「トマージか……」


 誰かが恐る恐る口にしたのは、新進気鋭の冒険者の名前だった。史上三番目の若さでB級冒険者として認定された俊英。今、王都で最も勢いのある冒険者であることは間違いなかった。


 トマージは依頼カウンターの前まで進む。そこには五人の冒険者が列を作って待っていた。


「ちっ」


 舌打ちをすると、四人が飛びのいてトマージ達に列を譲った。


 トマージは得意げに鼻を鳴らして列に割り込んだ。すぐに順番が回ってくる。


「この討伐依頼を達成した」


 腰のポーチから四つ折りにされた依頼票を取り出し、広げもせずカウンターに放る。眼鏡を駆けた男の職員が依頼票を確認した。


「えっ……? もう、オークジェネラルを?」


 職員のリアクションはトマージを満足させるものだったらしい。口元を歪めて笑うと、トマージは背負っていた大きなリュックをくるりと前に回し、大きな革袋を取り出した。


 革袋はどす黒く染まっている。一体、どれだけの血を吸えばそのような色になるのだろうか。


「確かめてくれ。オークジェネラルの首だ」


 トマージはまるで「どこにでも売っているパンを届けに来た」ぐらいの口調で職員に確認を促す。


「ね、念の為。鑑定させます。コリーナ君、ちょっといいかな」


 眼鏡の男性職員が呼んだのは、隣の買い取りカウンターにいたブラウンの髪をした女性だった。


 男性職員の声色を察し、コリーナはきびきびと移動してくる。


「よお、コリーナ」


 トマージは軽く手を挙げて挨拶をし、そのままカウンターの上の革袋を指差した。「こいつを鑑定してくれ」という仕草だ。


「あっ、はい! では、失礼しますね」


 コリーナは革袋の口の紐を解き、大きくひろげて中身を露出させた。


「ひっ!」


 声を出したのは男性職員だった。


 半分が無残に潰れた豚面を見て、思わず声が漏れてしまったのだ。


 いったい、どれだけの力が加えられるとこのような悪夢的な造形になるのだろう。男性職員には皆目見当がつかなかった。


「失礼します」


 一方のコリーナはモンスターの死体に慣れているのだろう。顔色一つ変えずにカウンターの豚面に触れ、静かに目を瞑る。


「……【鑑定】しました。これは、間違いなくオークジェネラルの首です」


 途端、ギルド内にざわめきが広がった。オークジェネラルといえばオークが二段階進化したモンスター。それを18歳の若者が仕留めたのだ。


「コリーナ。これもついでに鑑定して買い取ってくれ」


 トマージはリュックからこぶし大の魔石を取り出し、無造作にカウンターに転がした。周囲の冒険者の目の色が変わる。一体、幾らになるのかと。


「少々お時間を頂きます」


 コリーナは魔石を手に取ると、奥の部屋へと入って行く。トマージはその様子を見送ってから、依頼掲示板の方に足を向けた。


 掲示板にたかっていた冒険者の人垣が二つに分かれ、トマージの前に道が出来る。それを当然のことのように、小さく頷き、トマージ達三人は掲示板の前までゆっくりと歩いた。まるで鷹揚さを示すかのように。


「特に新しい依頼はないか……?」


 そう言いながら、トマージはある依頼票の束に目を止めた。


「おい、見てみろ」


 仲間二人がトマージの横に並び、掲示板にむかって目を凝らした。


「水のエレメンタルスライム……。俺達とは相性が悪くないか?」


 一人が口に手を当て、言葉を選びながらトマージに具申した。


「スライムなんてコアを叩けばいいだけだろ? 何を恐れる必要がある」


 トマージの言葉は仲間にというより、ギルドにいる他の冒険者に向けられたものだった。


「それはそうかもしれないが――」

「見て見ろ。水のエレメンタルスライムの依頼票は一枚も取られた形跡がない。つまり、誰もがビビッて手を出してないってことだ。それをなんとかするのが上位冒険者ってもんだろ?」


 ビッ! と小さく音が鳴り、水のエレメンタルスライムの依頼票が掲示板から一枚減った。その一枚はトマージの右手にある。


 くるりと踵を返すと、トマージは慣れた道を歩くように依頼カウンターに向かった。そしてまた眼鏡の男性職員に話し掛ける。


「この依頼を受ける」

「……水のエレメンタルスライムは過去に数例しか発生していません。いずれも水魔法を操ったと言われていますが、詳細な記録は残っていません。非常に危険な可能性も――」

「受ける!」


 職員は「はい!」と威勢よく返事を返し、管理台帳にトマージパーティーの名前を記した。


「いつ、出発されますか?」

「明日に決まっているだろ?」


 トマージの言葉を聞き、仲間二人が溜息をつく。「少しは休ませてくれよ」と。


「レアモンスターが徘徊しているっていうのに、足踏みするやつがあるかよ。俺達は冒険者だろ?」


 トマージはカウンターを背にする様に振り返り、仲間二人を諭す。


「ちっ。トマージの言う通りだよ! 行けばいいんだろ!」

「全く、人遣いの荒いリーダーだぜ」


 結局二人は翌日の出発を同意する。


 そこへ鑑定と査定を終えたコリーナがやって来た。コリーナが手に持つ小皿の上に大金貨が一枚載っていた。


「トマージさん。こちらがオークジェネラルの魔石の買い取り価格です。問題なければサインを」


 トマージは口元を歪めてニヤリと笑い、書類にサインする。


「今晩の夕食は豪勢に行こう。コリーナも来るか?」


 仲間に話し掛けながら、トマージはコリーナも食事に誘う。


「あの……。私はまだ仕事があるので」

「ちっ。つれねえなぁ。いったい何級になれば俺と食事に行ってくれるんだ?」

「……そういうわけでは……。本当に仕事が」


 ちっ。と不機嫌に舌打ちすると、トマージはギルドの入り口に向かって歩き始める。仲間二人もそれに倣う。


 ギルドの雰囲気がいつも通りに戻ったのは、それからしばらく経ってからだった。

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