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第28話 地下ギルドメンバーからの洗礼

 辺境から一足早く王都に戻って来た俺は、深夜の闇に身を潜め、スラムを進んでいた。


 月明りすら避け、建物の影から影へ。そしてやっと辿り着いたのは、古い煉瓦造りの建物の地下。なんの看板もない扉を開く。


 相変わらずの刺激臭が鼻をついた。


 薄暗い照明の奥ではいつも通り、実験台で怪しい液体を弄っている薬屋のババアがいた。俺を認めると、口元を歪めてニヤリと笑う。


「もう辺境から戻って来たのかい? 早かったねぇ」


 クソ……!! やはり討伐配信を観ていたか……!!


「なんのことだ? 俺はずっと王都に居たぞ?」

「嘘おっしゃい! 私はロジェのことを糞ガキの頃から知っているんだよ!! 仮面をつけたぐらいで誤魔化せるわけないだろ……!!」


 薬屋のババアはピシャリと言い放つ。ぐうの音も出ない。


「……そうだよ。エルルちゃんの戦いを覗き見に行って、興奮のあまり敵に見つかり、配信魔法により、戦う姿を王国全土に晒してしまったのは、俺だよ……」

「素直でよろしい」


 ババアは得意げに鼻を鳴らすと、実験台の引き出しの中から謎の瓶を取り出した。


「それは?」

「ロジェの欲しいものだよ。あんた、髪の色を変えたいんだろ?」


 まんまと要件を言い当てられ、ふらりと力が抜ける。自分がとても単純な存在に思えてくる。


「よく分かったな」

「あんたの考えることなんて、なんでもお見通しさ。この薬を髪になじませて一刻もすれば、真っ黒になる。誰も、灰色の髪をした仮面の男とロジェを同一人物だとは思わないだろうね。過去を知らない人は」

「それで十分だ。今後は冒険者ギルドに顔を出すことはないし、宿にも戻らない。スラムの地下にでも潜るさ」


 ババアは両掌を上にあげて「困った子だねえ」と呟いた。「そんなに目立つと具合悪いのかねぇ」とも。


「幾らだ?」


 髪染めの瓶を手に取り、代金を尋ねる。


「タダでいいよ」

「何でだ?」

「この前、ロジェにもらった魔王の手でたんまり儲けさせてもらったからねえ」


 そう言って、ババアは両手を俺に見せる。以前よりも、宝石のついた指輪の数が増えている気がする。


「魔王だなんて言った覚えはないけどな」

「ロジェ。あんたは地下の人間を舐めすぎだよ。あんたがやっていることなんて、地下の人間はみーんな知っているんだからね。だから、もうちょっと人に頼っていい」


 ババアはじっと俺の顔を見つめている。


「急に……そんなことを言われても……困るだろ」

「ふふふ。あんたは可愛いねえ」


 そう言って、ババアは怪しい実験を再開した。


 俺は実験台横の丸椅子に腰かけ、髪染めの薬を頭にふりかける。丁寧に馴染ませ、ぼんやりと時間が経つのを待った。


 その間、薬屋のババアは一言も喋らず真剣な顔をして、俺には分からない実験を繰り返していた。



#



 水色の髪に可憐な顔、豊かな双丘を持つ若い女がしょんぼりとして、冒険者ギルドから出て来た。


 女は冒険者ギルドにある男のことを尋ねに行ったのだが、職員は討伐隊の後処理で忙しく、全く相手をしてもらえなかったのだ。


「おい、あれ。白蘭魔法団のエルルじゃないか?」


 冒険者ギルドに向かう男二人組がエルルとすれ違いざまに、噂をする。名前を呼ばれたエルルはピシと背を伸ばし、振り返って会釈をした。


 白蘭魔法団の一員であることを認識されている以上、ある程度は愛想よく振る舞う必要があったのだ。


 それに勘違いした冒険者二人はエルルに近寄り、興奮した様子で話し掛ける。


「討伐配信、凄かったね! 【吸収】だっけ? あれ、凄い魔法だね!」

「俺も見たよ! あの雷魔法師、一体なんだったんだろうね?」


 矢継ぎ早に浴びせられる称賛と質問に、エルルは気後れしてしまう。小さな声で、無難な答えを返していく。


「エルルちゃん、何か困ったことがあったら、いつでも俺達を頼ってくれよな!」

「俺達、今売り出し中の冒険者なんだぜ?」


 エルルは少し考えた後、二人に一つ質問をした。


「あの……灰色の髪をした冒険者って知りませんか?」


 二人は「灰色?」と首を傾げた。


「そんな冒険者は見たことないなぁ」

「白髪のおっさん冒険者なら知ってるけど」

「そうですか……」


 エルルはすっと瞳の光りを落とし、下を向いて歩き始める。


「ちょっとエルルちゃん! この後、俺達と食事でもいかない?」

「そうだよ! もしかしたら、灰色の髪の冒険者について思い出すかもしれないから!」

「ごめんなさい。用事があるので」


 下を向いたまま、エルルは歩き始める。


「んだよ。つれねーな」

「もう放っておけよ。あんなガキ」


 背後から悪態を浴び、エルルの背中は丸くなる。


 遠征の疲れか。それとも単純な空腹か。


 エルルはフラフラと歩き、足元が覚束ない。


「おい、お嬢ちゃん。大丈夫か?」


 心配そうに声を掛けて来たのは、中央通りで屋台を開く男だった。フライパンの上で肉を焼きながら、エルルの顔を覗き込んでいる。


「あっ、はい……。大丈夫です……」

「これ、食べるか? 今日の肉は大丈夫なやつだぞ?」


 店主は肉が挟まれたパンをエルルに差し出す。たっぷりタレのかかったジューシーな肉がキラキラと輝いて見えた。


「いいんですか?」

「あぁ、もちろんだとも! お嬢ちゃんはこの国を守ってくれてるからな。俺は感謝してるんだ」


 エルルは肉パンを受け取ると、少し躊躇ってから控え目に齧った。


「……美味しい」

「そうだろ? これは得意の仕入れ先から融通してもらったんだ。そいつ、冒険者の癖して肉や素材をギルドに卸さない変わり者でよ~」


 エルルが肉パンを食べている間、屋台の店主は話し続ける。


「そんな冒険者がいるんですね」

「あぁ、そいつは灰色の髪をした辛気臭い奴なんだが、腕はピカイチらしい」

「えっ? 今、なんて言いました?」


 肉パンを食べるのを止め、エルルは店主の話の方に食いつく。店主は少し口元を歪めて笑い、話しを続ける。


「灰色の髪をした辛気臭い奴。名前はロジェっていうんだがね」

「その! ロジェさんは何処にいるんですか!?」

「うーん。あの野郎、最近やさを変えたらしくてね。俺も居場所は知らないんだ。ただ、知ってそうな人なら紹介することが出来るけど」


 輝きを完全に取り戻した瞳を店主に向け、エルルは声を上げる。


「お願いします! 紹介してください!」


 エルルは屋台の店主から肉パンと、スラムにあるという薬屋の地図を得ることになった。

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