第27話 戦いの後
「ランベルトさん! 皆の怪我は癒えたのですが……」
要塞の周りは怪我人だらけだった。盗賊団の多くは死に絶え、辛うじて生きているものも、もう長くはない。
一方の討伐隊の隊員は、大きな損害を出したにも関わらず、死者は一人も出ていなかった。その代わり……。
「レロレロレロレロ……」
仮面の男が置いていったポーションはどんな怪我でも直したが、副反応があった。どうやら麻薬成分が大量に含まれているらしく、服用した者はみな薬物中毒のような状態になり、呂律が回らなくなっていたのだ。当然、目つきも怪しい。
「ランベルトさん! トマージが見つかりました!」
男二人に抱えられてきたのは、死んだように動かないトマージだった。【雷槍】を受けた腹部は鎧ごと黒く焼け焦げている。身体の内部はどれほどの損傷があるのか想像もつかない。
「早く、あのポーションを!」
「はい!」
ランベルトの指示でトマージの身体にポーションが掛けられる。
「もう一本だ!」
「はい!」
二本目の半分を掛けたところで、トマージは顔色を取り戻した。なんとか死の淵から生還したらしい。しかし、例に漏れず――。
「レロレロレロレロ……」
トロンとした眼つきで舌をレロレロさせるトマージ。その様子を見て、ランベルトは考え込んでしまう。
「俺は……」
「どうしました?」
ランベルトの様子の変化に気が付き、トマージを運んできた二人が尋ねる。
「俺は大きな勘違いをしていたのかもしれない……」
「勘違い、ですか?」
「あぁ」とランベルトは答えると、地面に寝かされたトマージの横に膝を突く。
そして右の拳を握り、呂律の回らないトマージの顔面に向けて振り下ろした。
「レロレゴッ! ……うぅ、ランベルトさん……?」
「気が付いたか、トマージ」
トマージは頬を摩りながら、上半身を起こす。
そして辺りを見渡した。根元から折れた大木と、その近くで黒焦げになった不気味な肉塊に視線を定める。
「……まさか、意識を失っている間に、また俺なんかやっちゃいました?」
「いや、やっていない」
ランベルトは真顔で答え、トマージはポカンとする。
「いやいやいや。いつもみたいに【覚醒】して、無意識に敵を倒していたんじゃ?」
「……その件だが、もしかしたら俺の勘違いだったのかもしれない……」
ランベルトが気まずそうな表情をした。
「勘違い……? でも、俺のパーティーメンバーは以前、【覚醒】して戦う俺を見たって……」
縋るようなトマージの声。
「それはたぶん、幻覚だな。服用したポーションに麻薬成分が含まれていたんだよ」
「麻薬成分?」
納得のいかないトマージを立たせると、ランベルトはまだ「レロレロレロレロ」言っている冒険者の傍へと連れて行く。
「この冒険者は瀕死の怪我を負って意識を失い、あるポーションを服用することで蘇った」
「レロレロレロレロ」
冒険者は地面に転がったまま、虚ろに返事をする。
「これが今まで、トマージの身に起きていたことの真相だ」
「えっ? どういうことです?」
理解が及ばず、トマージは首を捻る。少し息を吐き、ランベルトは丁寧に説明を始めた。
「トマージは強力なモンスターと戦い、瀕死の重傷を負って意識を失った。効果は抜群だが、怪しいポーションを与えられたことにより、死の淵から蘇り『レロレロ』言っていた。それだけだ」
トマージの顔が蒼白になる。
「つまり、水のエレメンタルスライムや魔王を倒したのは……俺じゃないってことか?」
「……あぁ。おそらくそうだ」
ランベルトは苦しそうに告げた。
「もしそうだとしたら、エレメンタルスライムや魔王を倒したのは……」
「このポーションを置いていった、仮面の男だろうな」
「仮面の男……」
「レロレロレロレロ」
二人は呂律の回らない冒険者を見て、気まずそうな表情を浮かべるだけだった。
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「どうしたの、エルル。ボーっとして」
辺境から王都へと向かう馬車の客室の中。エルルは龍を模した杖を両手で大事そうに持ち、ぼんやりと宙を眺めていた。それを、パオラ団長が少し意地の悪い顔をして指摘する。
「えっ? なんでもないです!」
何か恥ずかしい場面を見られたように、頬を赤らめるエルル。まるで新鮮な果実のように瑞々しい。
「また、仮面の男のことを考えていたのね?」
「ち、違います! 考えていないです!」
対面に座るパオラに向かい、エルルは必死に否定を続ける。
「間違いないなく、エルルは仮面の男のことを考えていたな。私には分かる」
同じ客室にいたカリー副団長も便乗し、エルルを揶揄い始めた。
「でもね、エルル。いくら強いといっても、あの仮面の男に惚れるのはやめた方がいいわ。どう考えても変態よ。草むらに隠れ、私達の戦いを覗いていたんだもの」
「そうだぞ。何か意味の分からないことを叫んでいたし」
二人に指摘をされ、エルルはシュンとして下を向いてしまった。縋るように龍の杖を握り、赤い宝石に触る。
エルルは確信していた。灰色の髪をした仮面の男が、「通りすがりの冒険者」であることを。
「通りすがりの冒険者」は討伐隊の戦いを覗いていたのではなく、自分を見守っていてくれたのだと。
大声を上げて突然姿を現したのは、自分を助けるためだったと。
雷魔法師と対峙した時、エルルは震えていた。
仮面の男が現れるのが、もう瞬き一つ遅かったとしたら、自分は碌に立っていられなかっただろう。
そして呆気なく、命を奪われていた筈だ。
『ありがとうございます』
誰にも聞こえない声でつぶやき、エルルはまた赤い宝石を撫でた。
馬車は少しずつ、王都へと近づいていた。