第24話 国境の戦い①
辺境最大の都市、ノーランド。その中心にある辺境伯の屋敷に、黒豹騎士団の団長レオパルドと白蘭魔法団パオラ、そしてA級冒険者のランベルトが訪れていた。
「長旅ご苦労であった」
応接間に現れた老齢の辺境伯が労いの言葉をかけると、討伐隊の面々は円卓の椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「そんな畏まらなくていい。楽にしてくれ」
「では」
レオパルドが返事をして椅子に座ると、残りの二人もそれに倣う。
辺境伯は満足そうに頷き、自分も円卓に着いた。
「早速ですが、盗賊団の状況を教えてもらえますでしょうか?」
討伐隊の隊長としてレオパルドが辺境伯に尋ねた。辺境伯は折り畳まれた紙を懐から取り出し、円卓に広げる。
それは国境周辺の地図だった。
討伐隊の三人は背筋を伸ばし、地図を覗き込む。
「国を分けるディバイ山脈の麓。丁度この辺りに奴等の拠点があることがわかった」
辺境伯は節くれだった指で、地図のある地点を差す。
「どのような拠点か分かっているのですか?」
レオパルドの問いに、辺境伯は顔を顰めた。
「盗賊団の中に凄腕の土魔法使いがいて、かなり強固な要塞が出来上がっているそうだ」
「要塞……」とランベルトが呟く。
「精兵で知られる辺境伯軍が手を焼く相手です。かなりの使い手がいるのでしょうな」
「一番気を付けなければならないのは雷魔法使いだ。儂の兵がやられたのは全て、そいつの仕業だ」
辺境伯の表情がわずかに歪んだ。彼の瞳には、過去の戦いの記憶が蘇っているかのように、憤りと悔しさが宿っていた。
「土魔法使いと雷魔法使い……。やはり、普通の盗賊団ではなさそうですね」
これまで静かに聞いていたパオラが、澄んだ声で言葉を響かせた。その凛とした口調に、辺境伯はわずかに頷く。
「あぁ。だからこそ、其方達の力が必要なのだ」
「お任せください。我ら黒豹騎士団と白蘭魔法団は魔法戦を得意としております。どんな相手でも、打ち破ってみせましょう」
レオパルドの言葉にパオラとランベルトも頷く。三人の決意が応接間の空気を変えた。
「頼もしい限りだ。其方達の戦いは配信魔法によって王国全土に届けられる筈。その雄姿を王国民に見せてやってほしい」
「勿論です」
それから四人は盗賊団の討伐に向け、具体的な策を練り始める。
屋敷の大きな窓の向こうでは、徐々に深まる夜が、軍議の重圧を包み込むように静かに降りていった。軍議が終わるころには、すでに空に散らばる星が屋敷の屋根を淡く照らしていた。
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「これは……厄介だな……」
王国と帝国を分けるディバイ山脈の麓。かつて俺が白龍と死闘を繰り広げた場所よりも大分浅い場所に要塞はあった。
俺は要塞から十分距離を取った大木の上から、目に魔力を廻らせ、偵察を続けていた。
要塞は土を固めたような高い城壁を備え、その上では盗賊団の団員が油断なく見張りをしている。
しかも要塞の周りは深い堀があり、跳ね橋が掛かっていた。
盗賊団の拠点だなんてとんでもない。これは帝国が王国側に築いた戦略要塞だ。きっと地下通路も掘られていて、補給路になっているのだろう。
「帝国、本気じゃん」
いったいどれだけの時間と金をかけて準備をしていたのだろう? 年単位で計画を練っていたのは間違いない。
今後、この要塞に帝国兵が派兵されて戦力がさらに戦力が拡充されれば、辺境伯領は削り取られるかもしれない。
そんな危機を感じてしまうほど、要塞は堅牢にみえた。
「そんな帝国の野望を打ち砕くエルルちゃん……!! 見たい! 見た過ぎる!」
俺の声に驚いた山鳥が大木から飛び立つ。
エルルちゃんが活躍する場面を想像し、つい興奮してしまった。想像するだけでこんなに気持ちが昂るのだから、実際に見たら絶頂失神してしまうかもしれない。
「あと数日で討伐隊は要塞に辿り着く筈。それまで俺が我慢できるかが問題だな」
昂りを収めるために少々暴れたい気分だが、下手なことをしたら盗賊団の警戒を強めてしまう。ここは静かに、エルルちゃん率いる討伐隊の到着を待つのが良いだろう。
「本でも読むか」
俺は大木の幹に背を預け、リュックの中から読みかけの本を取り出す。タイトルは『厳冬の地に生きる虫』。
この本には中央大陸の最北端に暮らす人々の生活が記されている。
『灰色の髪に灰色の瞳を持つ彼等は長らく、帝国にとって脅威だった。帝国は厳冬の地の地下に眠る鉱物資源の開発を求めていたが、先住民である灰色の民はそれを拒み続けていた。帝国と灰色の民の対立はある事件を境に激化する』
『灰色の男、エルゲン。彼は度重なる暴虐に耐え兼ね、一人で帝国に牙を剥いた。単身、帝都に乗り込み、皇帝暗殺を試みたのだ。エルゲンはその命と引き換えに、皇帝に瀕死の重傷を負わせた。しかし、それは愚かな行いだった』
『当時の皇太子グラールスは怒り狂い、大軍を厳冬の地に差し向けた。それにより、帝国と灰色の民の対立は終わりを迎えた。帝国が厳冬の地を完全に支配したのだ』
「ふぅ……」
気が付くと、辺りはすっかりと暗くなっていた。俺は静かに本を閉じ、リュックにしまった。そして代わりに干し肉と水の入った皮袋を出す。
俺はシンと冷えた頭で、黙々と夕食を終える。
そして灯りが点された要塞をずっと眺めていた。