第10話 トマージの凱旋とギフト
夕暮れ時。冒険者ギルドが最も賑わっている時間帯。扉が開け放たれ、外から冷たい空気がギルドに入ってきた。
ギルド内の冒険者達が一斉に視線を向ける。そこには赤髪の男が立っていた。背後に仲間二人を従えて。
それまでのざわめきが嘘のように静まり、三人の足音がギルド内に響く。
赤髪の男の手には奇妙な石が握られていた。外側は黒く、外殻の欠けた部分から赤く輝く石が見える。
冒険者であればそれが何かすぐにピンときた筈だ。スライムのコアだと。しかし、赤髪の男が手に持つコアはあまりにも大きい。
「確かトマージは水のエレメンタルスライムを……」
「それにしても早すぎる……」
冒険者達は噂する。レアモンスター、水のエレメンタルスライムの討伐に向かった若きB級冒険者のことを。
トマージは満足した様子で聞き流し、依頼カウンターの前に立った。眼鏡の男性職員がトマージを見上げ、唾を呑み込む。
コトリ。とスライムのコアがカウンターに置かれた。次には四つ折りの依頼票が置かれる。
「まさか……もう……討伐に成功したのですか……!?」
トマージは鷹揚に頷き、買い取りカウンターに顔を向ける。
「【鑑定】すれば明らかになるだろう」
「コリーナ君、これを鑑定してくれないか?」
男性職員が声を掛けたのはコリーナだった。コリーナは事務仕事を中断し、依頼カウンターにやってくる。
「随分と大きなスライムのコアですね……」
驚き、瞳を大きくするコリーナを見て、トマージは口元を歪めニヤリと笑った。
「さぁ」
「はい。【鑑定】します」
コリーナがスライムのコアに手を触れると、ギルド内から音が消えた。皆、【鑑定】結果を待ち、息を止めて待つ。
「これは……水のエレメンタルスライムのコアです……」
わっ! とギルド内に歓声が響く。俄かに祭りが始まったようにトマージの周りに冒険者が集まり、口々に祝辞が述べられる。
「ははは。大袈裟だな。ただ、デカいだけのスライムだったぞ」
「そんなことあるか! こいつめ!」
ベテラン冒険者がトマージの肩を小突く。
「まぁ、実際は結構苦戦したけどな」
「それでもこんな短期間に討伐に成功するなんて、大したもんだよ。お前は」
肩を叩かれ、トマージは照れ臭そうに鼻を擦った。そしてカウンターに向き直り、依頼完了の処理を進める。
「あの……過去の記録には、エレメンタルスライムは精霊石を落とした。とあるんですが、今回はどうでした? もしよろしければ、買い取りますよ?」
コリーナが気遣った様子でトマージに提案した。トマージは一瞬、真顔になる。
「……今回は落とさなかったな。俺がスキルで消し飛ばしてしまったのかもしれない……」
「そうですか。残念です。エレメンタルスライムの魔石は買い取りでいいですか?」
「あぁ、頼む」
「少々お時間が掛かりますが――」
「明日、取りにくるよ。今日はこれから飲みに行く。コリーナも来るか?」
コリーナは目を伏せる。
「私は仕事が溜まっているので……」
「つれねえなぁ。俺の奢りなんだから、気軽に来ればいいのに」
トマージがそう言うと、背後の冒険者達が歓声を上げた。「今日はトマージの奢りだ」と。
男性職員が依頼達成の報酬を手渡すと、トマージが声を張る。
「よし! 飲みに行くぞ!」
冒険者ギルド近くの酒場では、深夜までトマージ達が騒ぐ声が響くこととなった。
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リンデ王国王都にある白蘭魔法団本部。その正門の横にはギフト投函用の大きなポストがある。推し活に励む者の多くは自らの手でギフトを運び、ポストに投函する。
配送屋に頼むことも出来るが、窃盗の恐れもある。高価なものは自分で届けるか、信用の出来るものに依頼する。というのがまだまだ一般的だった。
昼下がり。
深くフードを被った男が白蘭魔法団本部を訪れた。門衛に軽く会釈をすると、ギフト投函用のポストの前に立つ。背負っていたリュックを前に回し、中から包を取り出す。
その包には「エルルちゃんへ。通りすがりの冒険者より」と書かれてあった。しかし、それは大したことではない。
問題はその包が蒼く光っていたことだ。
フードの男は門衛を意識しながら手早くギフトをポストに投函し、くるりと踵を返し、白蘭魔法団本部を背にする。
そして、何事もなかったように去っていった。
時は過ぎ、夕刻。陽は落ち大分肌寒くなった頃、白蘭魔法団本部の事務室から二人の職員が出て来た。手には大きな袋が握られている。
二人はギフト投函用ポストの前に立ち、カチャカチャと鍵を開ける。そして、その日一日分のギフトを袋に仕舞い始めた。たのだが……。
「おい、なんだこりゃ……」
「めっちゃ光ってますね」
ベテラン職員が手にした包が蒼い光りを放っていた。若手職員はそれを興味深くみつめ、指で突こうとする。
「おいやめろ! 危険物だったらどうする!?」
「えっ、さすがに大丈夫でしょ!」
「わからんぞ」
「じゃ~、どうするんすか? 視聴者からのギフトを廃棄するんですか?」
二人が揉めているところに人が通りかかる。金色の髪を靡かせる、ひどく容姿の整った女性だ。女性は二人を見咎め、声を掛ける。
「何を騒いでいるの?」
「あっ、パオラ団長! この包を見てください。光っているんです」
ベテラン職員が蒼い光りを放つ包を掌にのせ、パオラに見せる。
「ちょっと貸してみなさい」
パオラは包を手に取り、何事もない様子で開いた。中から出て来たのは、蓋に蒼く光る石のついた小瓶だった。中には同じく蒼く光る液体が入っている。
「おっ、メッセージカードもありますね」と若手職員。
パオラはメッセージカードを手にとり、さっと目を通す。
「パオラ団長。これは危険物ですか?」
「少なくとも、爆発するようなものではなさそうよ。詳しくは【鑑定】に出さないと分からないけれど」
ベテラン職員の顔が緩んだ。
「それじゃあ、いつも通りギフト開封配信にまわしちゃいますね」
「そうして頂戴」
パオラは通りすがりの冒険者からの包をベテラン職員に渡し、白蘭魔法団本部に入っていった。その表情はどこか険しく、何かを考え込んでいるようだった。




