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第1話 開封の儀

 リンデ王国王都にある白蘭魔法団本部には今日も王国中から沢山の差し入れが送られてきていた。事務室のテーブルには文字通りプレゼントの山が出来ている。


 二人の職員が溜め息をつきながら包みに書かれた宛名を確認し、仕分けして箱に詰めていく。


「やっぱりパオラ団長へのギフトは多いなぁ」

「カリー副団長も負けてないっす」


 一番大きな箱はパオラ団長のモノだ。大人が一人軽く入れるぐらいの箱にプレゼントが山盛り。


 その次はカリー副団長の箱。こちらも似たような大きさの箱が贈り物で埋まっている。


 箱の数は全部で三十ある。白蘭魔法団の団員数と同じ数だ。


「やっと終わったぞ。討伐配信の後はやっぱり差し入れが凄いなぁ。疲れるよ」

「そうっすねぇ。まぁ、これがあるから団員達も頑張れるとも言えますけどね」

「違いない。さて、宿舎に運ぶぞ。早くしないとギフト開封配信が始まってしまう」

「了解っす」


 二人はそれぞれの団員の名前が書かれた箱を持ち上げ、本部に併設された宿舎の食堂に運びこむ。


「やばい、あと三十分で始まってしまう! 急げ!」

「了解っす!!」


 間も無く、ギフト開封配信が行われようとしていた。





 王都で宿賃が最も安く、最も劣悪な環境として知られる木賃宿「蛇の巣」。蛇は狭くて日当たりが悪くジメジメしている場所を好む。それにちなんで俺の常宿は「蛇の巣」なんて看板を掲げている。


 自虐的なネーミングセンスだとは思うが、実に的を得ている。


 俺が年単位で借りている部屋は人一人が寝転がるのがやっとという幅と奥行きしかない。当然、窓なんてものはなく、いつも湿気が籠っている。本当に「蛇の巣」だ。


 俺はその狭い部屋に籠り、タブレットと呼ばれる魔道具をじっと見つめていた。


 タブレットは掌二つ分程の大きさの長方形の板状をした魔道具で、配信魔法によって届けられた映像をうつし、音を出す。


 タブレットを持つ両手が汗ばんでいた。部屋の湿気のせいもあるが、主たる原因は俺の緊張だ。


 そろそろ、お目当ての配信の始まる時間だ……。


『王国民の皆んな! いつもありがとう! これから白蘭魔法団のギフト開封配信を始めるね!』


 タブレットにはローブ姿の女魔法師が映し出されていた。団長のパオラだ。金糸のような髪を揺らしながら、翠眼を視聴者に向けている。


「よし。始まったか……」


 俺は大きく息を吐き、深く長く空気を吸って気持ちを落ち着ける。まだまだ本番じゃない。俺の《《推し》》が登場するのはもっと先だ。なんなら一番最後だ。


『それでは先ず最初は団長である私、パオラのギフト開封です!』


「パオラ」と書かれた箱が映し出される。リボンのついた箱が山盛りだ。正直、どうでもいい。


「早く終われよなぁ。パオラ団長のギフト開封。長いんだよ。しょーもねえなぁ」


 思わず、悪態をついてしまった。


 俺は膝を揺らしながら、えっちらほっちらと進むギフトの開封を見ている。視聴者からのギフトは様々だった。


 変わった色の魔石や最近王都で流行っている雑貨屋の小物、人気で予約の取れない劇団のチケット等。


「全く特別感のないギフトだわ。送ったやつら、本気で推す気あるの?」


 あまりに時間が掛かったせいで、視聴者からのギフトまでディスってしまった。自分の言葉に自分で引いて、少し冷静になる。ギフトを送った視聴者は悪くねーな。ただ、推したい気持ちをモノで表しただけだ。


 やっとパオラ団長のギフト開封の儀が終わった。


『次は副団長の私。カリーのギフト開封だ』

「はやく終わってくれ~」


 タブレットに映し出された長身の女魔法師に悪態をつく。団長に次いでファンの多いカリー副団長だ。正統派美女がパオラ団長なら、カリー副団長はセクシー路線。


 いつも胸元のあいた服を着ていて、豊かな双丘をアピールするけしからん女だ。


 しかし、俺の推しに比べたら大したことはない。長身で巨乳てのはまぁ、ありふれてる。


 いや、悪いっていってるわけじゃない。いい。長身巨乳もいい。でもな、ベストではない。分かるだろ? な?


 ぶつぶつ独り言を続けている内に、開封の儀は進んで行く。


 そして、いよいよ、その時が来た。


『最後は先日入団したばかりの新人エルルちゃんのギフト開封です!』


 パオラ団長の口からエルルちゃんの名前が呼ばれた瞬間、心臓の動きが激しくなり、血が物凄い勢いで体内を巡り始めた。


「よっしゃぁぁあ!! 来たぁぁ!!」


 俺の声が狭い「蛇の巣」の部屋に、いや、宿全体に響く。


「おい! ロジェ! うるせえぞ!」


 隣に泊まっている冒険者が部屋の壁を殴り、俺の名前を呼んだ。


 俺は無視してタブレットに集中する。


 タブレットに映し出されていたのはまだ幼さの残る少女だった。名前はエルル。俺の推しである。


 エルルちゃんはまだ十五歳になったばかり。水色の髪は短く切りそろえられていて初々しい。まだ配信になれていないのか、その白い肌はほんのり赤く染まり、恥ずかしそうな表情をしている。


 しかし、しかしである! その胸は白蘭魔法団の誰よりも主張が激しい。


 知性を低くして表現するならば超巨乳である。しかも、エルルちゃんは身長が低い。


 つまり、低身長爆乳幼顔なのだ! 最高だろ!!


 俺が一人で盛り上がっていると、映像が切り替わり、カメラがエルルちゃん向けのギフトの入った箱を映した。そこには包が一つしかない。


 つまり俺が送ったギフトだけ。まだ入団したばかりのエルルちゃんにはほとんどファンがいないのだ


 ダブレットの中でエルルちゃんはぎこちない笑顔を作り、たった一つのギフトを手に取る。


 箱の裏を見て送り主の名前を確認し、視線を送りながら口を開いた。


『通りすがりの冒険者さん。ありがとうございます。開けますね』

「うぉぉぉぉおおおお!! 名前を呼ばれたぁぁぁああああ!!」


 ドン! っと再び壁を殴られる。


「ロジェ! 五月蠅いって言ってるだろ!!」


 無視してタブレットに集中する。エルルちゃんの一挙手一投足を見逃してはならない。隣人なんて気にしている暇はない。


 いよいよエルルちゃんが包を開ける。


『これは櫛です! 通りすがりの冒険者さん、ありがとうございます!』


 真っ白に輝く櫛を手に取り、エルルちゃんは嬉しそうにする。


 エルルちゃんの傍に寄ってきたパオラ団長が櫛を見て口を開く。


『この櫛、何の素材から作ったやつかな? ボア系の角かな?」


 カリー副団長まで寄って来て首を捻る。


『ボア系の角じゃないだろ?』

『じゃあ、何かしら?』

『うーん。分からないけど……』


 団長と副団長がエルルちゃんの手の櫛を見ながら悩んでいる。


「それ、白龍の爪から削り出した櫛なんだよな~。めっちゃ倒すの苦労したわ~」

『とにかく、ありがとうございます! 通りすがりの冒険者さん』


 エルルちゃんが白龍の櫛を両手で持ち、胸の前にもってくる。


「櫛が……胸の上にのっているぅぅぅうううううう……!!!!」


 ここで目の前が急に真っ白になった。どうやら俺は……興奮……しすぎた……ようだ。


#



「……ロジ……」


「おい……ロジェ……」


「おい! ロジェ! 生きてるのか!?」


 野太い声が部屋の外から聞こえた。瞼を開けると見知った天井が見える。首を少し浮かすと、腹の上にタブレットがあるのが分かった。


 どうやら俺はエルルちゃんのギフト開封の儀を視聴していた際、嬉しさのあまり絶頂失神してしまったようだ。


 よたよたと起き上がり、薄い扉を開ける。目の前にはスキンヘッドの人相の悪い中年男性が立っていた。


「スネイクのおっさん。おはよう」

「おはよう。じゃねーよ! お前が昨日、叫んだ後にパタリと静かになり、それ以来物音ひとつしないって隣から報告があったんだぞ!?」


「蛇の巣」のオーナー、スネイクさんが右手の一指し指でいちいち俺を指差しながら、がなる。これはこのおっさんの癖だ。


「すまん。絶頂失神したみたいだ」

「なんだよ……絶頂失神って……」


 スネイクのおっさんは一歩後ずさりし、得体のしれないものを見るような視線を俺に向けた。もう三年の付き合いなのに、酷い扱いだ。


「まぁ生きてたんなら、用はねえ。でもよぉ、もうちっと静かにしろよな」

「次から気をつける(つけない)」


 どれだけ騒いでも宿賃さえ払っていれば追い出されないのが「蛇の巣」のいいところだ。


「まったく……」


 その言葉を聞いた途端、俺の腹が鳴った。スネイクのおっさんを引き留めるように。


「まだ朝飯残ってる?」

「お前なぁ……もうすぐ昼だぞ? 残ってるわけないだろ」

「じゃ~屋台でも行くか~」

「お前、冒険者だろ? 飯食ったらギルド行って依頼受けてこいよ。三年も冒険者やってF級って恥ずかしくねえのか?」


 スネイクのおっさんが呆れた顔をしている。


「全然! 俺は冒険者の上を目指しているわけじゃないから! 推し活の方が重要だから!」

「どうしようもねぇなぁ……」


 スネイクのおっさんは行ってしまった。残ったのは空腹感だけだ。


 俺は一度部屋に戻り、短剣とリュックをピックアップ。蛇の巣を抜け出した。


「先が気になる!」という方はブクマ&☆で応援をお願いします!

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