第五話 執事は自在でございます
しかし扇子は石のように硬く、ちょっと小突いてみても丈夫な作りなことがわかるが。
「なにこれ、継ぎ目とかどうなってるわけ?」
「あぁないですよそんなもの」
「ないってどういう……」
「だってこれ血液ですから」
ダッテコレケツエキデスカラー。
だってこれけつえきですからー。
ケツエキ、けつえき——血液ぃ!!??
「あんた何やってんの!!????」
3秒くらい固まって頭を巡らせたお嬢様は、お嬢様らしからぬ叫びと共に扇子を手から放り投げてしまった。すぽーんと手から抜けて弧を描く扇子は——。
「おっと、捨てないでください。大事な私の身体の一部なんですから」
平然とそう述べる執事が手を差し出すとそこに引き寄せられて——そのまま球体に形を変えた。
「な、なによそれ!???」
「え。だから血液ですって」
「血液が浮いてんのがまずおかしいでしょう⁉︎」
「血液なことはいいんですね」
「いやよ! そんなもん触らせるんじゃないわよ‼︎」
「触らなければよいということでしょうか?」
「あんた1回表に出なさいぶん殴るから‼︎」
「もう外には出てますし、私が勝ちましたけれどね」というさらに余計な一言を呟いた後、一躍変態執事認定された彼は浮いているそれを撫でるように形を変えていく。
「これは私の能力なんですよ。『自分の身体を自由に操れる』という」
「は……?」
「この血液は正真正銘私の血ですので、自由に操れるんですよね」
言ってる意味がわからないわ。
でも目の前で見せられてる。
今もどんどん、変わってく……。
信じられないものを見て釘付けになる彼女を、くすりと笑った執事は説明しながら形態を変化させていく。
「なんでもできるんですよ血液だと。例えばナイフにフォーク」
「そんなもので食べたくないわよ!」
「ティーカップにポット」
「血の味がしそう! 食から離れなさいよ⁉」
「それではトランプなんていかがでしょう? マジックも簡単です」
「全部赤で絵柄見にくすぎ! そのくせエンボス加工してあって凝ってるのなんなの⁉︎」
ズレたツッコミを入れながら、まだ混乱して回らない頭でセルフォニアは考える。そしてひとつの答えを導き出す。こんなものは見たことも聞いたこともないが——。
「随分理から反してるけれど……魔法ってことよね?」
「うーん、魔法……ではないんですよね。先ほども申し上げましたが、私は魔法が使えません。ただし、魔力は持ってるんですよ」
「? 言ってる意味がわからないわ」
険しくなる彼女の顔を見て、困ったように曖昧な笑みを浮かべた彼は唸りながらも言葉を紡ぐ。
「私も詳しくはわからないのですが、この世界に連れて来られた時に神様にギフトをいただきまして」
「……ギフト?」
「『あ、ごめーん! 間違えてつれてきちゃった☆ でもちょうどいいや、君暇つぶしになってよ! 自由な身体にしてあげるからさぁ!』だそうです」
「は……そんな軽い話、ある?」
大体誰なのよその神様は!
私たちの信仰する神様じゃありえないわ!
我らが生命の女神様は慈悲深い方なのよ!
でも……神の祝福なしに魔法がつかえることはありえない。
人が魔法を使えるのは、神に祝福されているから。この世界の人間は皆神の子の子孫で、その血の濃さによって大抵魔力の種類や保有量も変わってしまう。
でもたまに例外がいるわ。
平民にも稀に魔力が強い者が生まれるし。
祝福は血の強さだけでは語れない。
けれどその祝福なしには、魔力がまず宿らない。
見たこともない魔法——まぁ本人は魔法じゃないと言ってるけど、こんなことをできるのは神の祝福があるから。それだけは、間違いなく明らかなのよね。
「それにしてもいまいち納得いかないわ。血が操れたところで——」
「いいえお嬢様。操れるのは血液ではなく」
そう言うなり、また目の前で形を変える。
それは、大きく、長く、曲がり。
そして鋭く光るその形は。
「私の身体でございますよ」
命を狩る形をした鎌。
それは目にも止まらぬ速さで振るわれ。
すさまじい風が彼女の横を抜けていった。
それはあたりの木々の枝葉を切り落として、気づいた時には庭の木々はすべて直角に刈り取られていた。
「葉が少々生い茂りすぎておりましたので整えておきました」
「……⁉︎ 今の一瞬でどうやって⁉︎」
「伸ばしたり腕力でなんとかしたり」
「腕力でなんとかしたり⁉︎」
「腕力でも頑張れば風は起こせますので」
「枝を切り落とすレベルよ⁉︎」
爽やかに胡散臭く笑う執事。けれども見せつけられてしまったら、信じるほか選択肢などなく。
「……あんたその腕、どうなってるのよ?」
お嬢様は引き攣りながら苦笑いをするしかなかった。指差した先の腕は、剛腕とは言い難いスリムさで――荒事とは無縁なシルエットをしていた。
「申し上げました通り、魔法はつかえませんが『身体を思い通りに操ることができる』のでございます。神様の御言葉は真実だったというお話でございますね」
「……じゃあ散々血液だの血だの言ってたのはなんだったの」
「あぁ、それなんですが。血液も腐るまでは私の身体の一部判定のようなんですよねぇ」
なんなのよそれ⁉︎
どっから突っ込んだらいいの⁉︎
なんでもアリじゃないのっ!
引き気味のお嬢様を気にするそぶりも見せず、人の機微に疎い執事は愚痴でもこぼすように話し続ける。
「ですから管理が大変なんですよ? まぁ身体自体が丈夫になったからでしょうかね? 普通よりは長持ちしますが」
「他人事ね……」
「いえいえ! とんでもございません! 本当に大変なんですよ? 毎回血を抜かなくてはなりませんし、腐ると霧のように消えてしまいますし」
あまりに平然と言ってのけるので、セルフォニアには現実離れして思えた。まるで夢の中の話のように受け止めてしまう。しかし。
……霧のように消える血、ね。
魔獣と一緒じゃない。
アレは討伐すると消えるから。
セルフォニアは頭の片隅で、貴族として、教養として、経験として教えられてきた記憶がフル稼働する。
魔獣は魔力だまりから生まれる。
魂のない存在で。魔力だけの存在。
だから、魔力が抜けると消えてしまう。
この世界で魔力自らを生み出せるのは、神と神が創造した魂をもつ人間のみ。だから魔獣たちは人間の魔力と魂を奪おうと襲ってくるのだが。
——そう考えると身体と血液にある魔力を媒介に、常識ハズレのことを起こしてるのかもしれないわね。
そう分かれば納得はいかないが、あながち全て嘘とは言えないと思い直す。むしろ彼の話は本当のことの方が多いのだろう。彼女はやっと冷静になれた。
そして冷静になれば、新しいことにも気づく。
「……ていうかその背丈を超える真っ赤な鎌! あ、あんたまさか——『黄昏の死神』じゃないの⁉︎」
赤い大鎌を指さし指摘され。
『黄昏の死神』こと執事は首を傾げて。
一瞬にしてその顔に笑顔を貼りつけた。
「ニコッじゃないのよ‼︎ あの一言もしゃべらず次々に魔獣の首を落としていくことで噂になってるハンターでしょ⁉ 時に人の首も刈ってるって噂の……!」
「いやー、顔が割れてしまうと好きに狩れないじゃないですか。あと人の首は私じゃなくて魔獣が刈ったものですね、基本的には」
「いま基本的にはって言った?」
質問には答えず、何かをボソッと呟いてよそ見をしながらモノクルを外して磨きだした。