第四話 執事は所望いたします
「いや〜お見事お見事。箱入りお嬢様かと見誤り油断して失礼いたしました」
足を組んでぱちぱちと拍手する姿は、まるで演劇でも見終わったかのように晴れやかで。汗ひとつ浮かばぬその顔は、とんでもなく良い笑顔で——。
その光景にセルフォニアは、狐につままれたような顔をしていた。
「ななななな、なんで……⁉︎」
「なんてことはありませんよ? 切っただけで」
「切った!!????」
「切った」って言った⁉︎
ムリよムリ! 魔法は魔法じゃなきゃ!
しかもあいつ、何も持ってないじゃない‼︎
そう。先ほどまで拍手していた手には当然——武器などは握られていなかったのだ。
「あんた嘘ついたの⁉︎ 魔法が使えたってことっ⁉︎」
「おやおや。その点は神に誓って嘘はございません。国の守り神であるセイレーヌ様に誓いでも立てましょうか?」
「……とんだ戯言ね。異世界産のあんたが誓い立てても変わらないでしょ」
「えー? そんなことは。まぁ……あまり意味がないと言えば意味はないですが」
「ないんじゃないのよっ!」
誓いは信じる神に誓いを立てるからこそ有効。
けれどそれがないなら侮辱もいいところだ。
けれど、その強さは神から与えられた本物だ。
激昂する彼女へ首を傾げてやれやれと頭を振ったおとぼけ執事は、倒れた巨木から軽やかに降り立つとすたすたと何事もなく彼女の元へ向かってくる。
「で! どうやって切ったっていうの⁉︎ そもそもあんた武器もってないでしょ!」
「おやそれを知っていながら勝負を仕掛けたのですか? 狡猾さや恐ろしや……」
「切れ者って言いなさいよっ!」
「うーん、まぁそのように言えなくも……あぁそうでした」
悩むように顎に指を当てた執事はセルフォニアの目の前までくると、思い出したかのように急に手を打って。
「チェックメイトでございます、お嬢様」
彼女首筋に、何かを当てながら笑顔で告げた。
「……! は、刃物は控えなさいよ‼︎」
「いえ今は刃物ではありません。武器の形もしていませんよ?」
「じゃあこの冷たいのなんなのよっ⁉︎」
「こちらは扇子でございます」
「はぁ⁉︎」
怯えていたセルフォニアが驚きすぎて首の横に目を向けると、彼はさっと離してそのままバサッと扇状に片手で開いてみせた。それをそのまま口元を隠すように持つ。
「驚かれましたか? いやー流石にこれからお仕えするお嬢様に刃は向けられませんよ。私のクビが先に切られてしまいますから、ははは」
勝ち誇る執事はそう言ってぱたぱたと扇子を扇ぐ。日差しに透けるその扇子は全体が血のように赤く、宝石のように艶めいて異質な雰囲気を漂わせていた。
「……笑い方がおじさんくさい」
「おじさんっ⁉︎ まだ30前なのに⁉︎」
「10代の私から見たらアラサーはおじさんよ」
「おじ……さん……」
思わぬところで不意をつかれた執事は、がっくりと膝をつき項垂れた。その様子を眺めてセルフォニアは少しだけ気が晴れて、いつもの調子を取り戻した。
「ところでその扇子の材質はなんなの? ていうか、よくそんなの持ってこれたわね。その格好で持ち歩いたら型崩れするでしょう」
「あぁこれは……」
彼女が項垂れる下僕から扇子を取り上げ、まじまじと見ていると。いまだ情けない格好のままの彼は顔だけあげると固まった。
「何よ?」
「いえ……お似合いですね扇子が」
珍しく素直な褒め言葉と見上げられるシュチュエーションに気分が良くなる。調子も良くなる。
「ふふん! そうでしょうそうでしょう! 気品高い私には——」
「すごく悪役令嬢っぽくて」
「あく……?」
失礼執事は、膝を抱え子供のようにキラキラとした目で彼女を見つめた。
「おっとそうです、戦利品を頂戴するのを忘れておりました! お嬢様、お嬢様は約束を守られる貴族の方でいらっしゃいますよね?」
「あ、えっとそのぉ……」
「あれ? 逃げられるんですか? お嬢様ともあろうお方が? 家訓はどちらにお忘れになられたんでしょう?」
「……くっ!」
泳ぐ目、探す言葉。
逃げるところを捕まえて煽る執事。
奥歯をぎりりと噛み締めて睨む。
「さぁお嬢様! あの言葉を! 今こそ‼︎」
悪意なき眼と悪意ある言葉に迫り立てられるようにして、ぎりぎりと悔しさに歯軋りしながらもついに彼女はその言葉を口にしたのだった。
「ぎゃっっっふん!!!!!」
その様に拍手喝采。
スタンディングオベーション。
まぁやっているのは執事1人なのだが。
「うわぁ〜‼︎ サイコーのぎゃふん!!!! ホンモノは一味も二味も違いますね! 鮮度バツグンだぁ! アンコール! アンコール‼︎」
「やんないわよバカじゃないの!!!!」
「アルコール! アルコール!」
「どさくさで祝い酒しようとすんなこの悪趣味執事!!!!」
「えー酷いですねぇ。どう考えても怪我させる気で仕掛けてきた上に職まで失わせようとしていたお嬢様の方が悪役度が上でございましょう?」
「それは元はといえばあんたがおかしいからでしょう‼︎」
ぶんぶんと拳を振り回すと振り子のようにひょいひょいと避けられて、セルフォニアは余計に腹が立たしい。奪った扇子を折ってやろうかという気分になった。