第三話 執事は勝負いたします
「おや。お嬢様のようにか弱いお方が?」
「はん! そう見た目であなどっていられるのも今のうちよ! いまに『ぎゃふん』と言わせてやるんだからっ!」
「いやー、なんだかお嬢様って絶対に負ける悪役テンプレートみたいな発言されますね。なんてオイシイ……」
「悪役って何よ!」
「悪役令嬢はトレンドですからね。終わったあかつきにはぜひファンサとして『ぎゃふん』と言っていただいても……?」
「だから言わせるのはこっちだって言ってんでしょっ⁉」
ていうか何語話してるのコイツ⁉
さっぱりわからないわ!
もうっ頭がおかしくなりそう!
けれどそんなセルフォニアの心などつゆ知らず、見た目だけは立派な執事はほおづえをつくように悩ましげに虚空を見つめていた。
「うーんこれ、私が断ったらそれで終わる話ではあるのですが……」
「断るっ⁉」
「あぁ気づかれていなかったんですね。さすがお嬢様」
「バカにされてることだけはわかるわよっ!」
「いやぁだって私の雇い主はご主人様ですからね。お嬢様のたくらみは、あくまで私がその提案を受けたときのみ成立する可能性が発生するわけなのですが……」
「⁉ 執事のくせに断るわけ⁉」
「だってそもそも、お嬢様にとって私は執事ではないのでしょう? ならば言うことを聞かないのは当然の通りではありませんか」
にこっと笑うその様に、ぎりっと奥歯を噛むお嬢様。
ああ言えばこう言う生意気執事は、のらりくらりヘラヘラとかわし、このまま彼女の言うことも聞かないか——と思われたが。
「でも、いいですよ」
「へ?」
予想外の返答に、間の抜けた声が出た。
目を閉じた彼が穏やかに告げる。
「しましょうか、勝負。どんなものでも構いません。どうぞご随意に。ただし——」
弧を描いた目は眼前の獲物を見据え。
赤い三日月から、白い犬歯がのぞいた。
「私が勝ったら、1つ願いを聞いてくださいね?」
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さすがに廊下で勝負とはいかないと考えた2人は、伯爵邸の庭へ出てきた。風に揺れる草木と木漏れ日が、爽やかな初夏のはじまりを予感させるが。
「いいんですか? 物理的な勝負で。元ハンターの私には、最も有利な勝負ですけれども……」
「口先だけの嘘つき相手なんて、これで十分だわ」
「その上何もお持ちではありませんが……失礼ながらお嬢様は武器などは使われないのですか?」
「いいの。生まれ持ったものがあるから」
「そうですか。万が一傷つけることもなさそうで安心いたしました」
「あら余裕ね。そんなこと言ってると先手貰っちゃうわよ?」
「どうぞどうぞ。お好きなように」
穏やかでない勝負もまた、この場所で始まろうとしていた。
だいたい、こんな胡散臭い話し方のハンターなんて見たことも聞いたこともないわ。その時点で察して余りあるわよね。仮にハンターが事実だとしても、こんなに特徴的で噂にもならないなら——。
こいつは雑魚よ!
「まぁでもそうですね。チェスなんかをやってお嬢様が負けてしまったあかつきには、目も当てられないことになりそうですから……」
「なんで私が全部負ける前提なのよっ⁉︎」
「どうしたらお嬢様の心を守れるかという配慮でございます」
「さっきから良心のかけらもない悪意の言葉のステップ踏んどいて何言ってんの⁉︎」
執事姿で胸に手を当てる仕草は、遠目から見れば主人のワガママに健気に付き合う使用人にしか見えない。そう、遠目から見れば。
はーもーあっっったまきた!!!!
その口、二度と聞けなくしてやるわ。
私をナメてるのが悪いのよ!
けちょんけちょんにしてあげるわ!
そう心に決めた彼女は、ぴきぴきと音を鳴らすこめかみの血管が切れないように深いため息を吐くと。一転してにやりと口角を上げて、肩にかかる髪を払いながら口にした。
「まぁいいわ。今からやることのルールは簡単。1本勝負よ。相手に負けを認めさせたら勝ち」
「お嬢様がそんなに素直に負けを認めてくださるとは思えないのですが……」
「そうなったら認めてあげるわよ。潔さも貴族の信用には大事だからね」
「おや意外ですね」
「我が家の家訓は『実力を重んじ正義とせよ』よ」
「お~なるほど。素敵な家訓でいらっしゃいます。とはいえ、この勝負の前では幾分か物騒に聞こえますけれども」
当たり前じゃないの。私が負けるわけないんだから。
あなたと私じゃ差があるの。
庶民では埋まらないもの。
そう、決定的な差がね!
思わずこぼれ出る不適な笑みを浮かべた彼女は、強者が敗者に向ける面持ちで告げた。
「あんたは私には勝てないわ。何故なら私にはこれがあるからね——“撃ち抜け、礫岩 ”!」
その声に呼応するようにあたりが黄土色の光に包まれると、まるでトラップか銃弾のように石が勢いに自称ハンターの彼へ向かって発射される。
しかし軽く跳躍したかと思うと、続けざまに襲うそれを受け流すように避けていく。
「おお、なるほど魔法を嗜まれていらしたとは。小さなモンスターくらいならこれでも倒せそうですね」
「ふん! ちょこまかステップを踏んで足元がお留守なようね! “ 芽吹け、操花”!」
横跳び執事がちょうど降りたった足元に黄土色の光が走ると、避けるまもなく足首に蔦が絡みつく。
「!」
「 逃がさないわ! ”吹き上がれ、風巻”!」
その言葉に応じるように淡い緑の光を纏った突風が吹き荒れ、庭木の枝葉をへし折りながら罠にかかった狐へと襲う。
突然の風に顔を腕で覆いながら、抜け出そうと一歩足を引く執事。しかし未だ蔦は絡みつき、竜巻となった風は彼の周りをを包囲して逃さぬ檻となってしまった。
「あはははは! 魔法の使えない庶民には、味わえない魔法のお味はどうかしら⁉︎ ぐうの音もでないようね!」
セルファニアはまるで悪役のような高笑いを披露しながら、高みの見物をする。
当然よね! だって天才の私だもの!
この歳で上級魔法を使える者はそういない!
完全に油断したでしょう!
そして、その油断が命取りなのよ‼︎
「でも困ったわ。負けを認めてもらえないとやめられないんだもの——つまりもうちょっと遊んで大丈夫ってことよね?」
くすくすと笑うと、彼女は腕を組んで目を細めた。
「ちょうど人間で試してみたかったの——怪我しちゃったらごめんなさい?」
そう告げると、息を吸い込む。
次の一手を決めるために。
そう、詠唱で確実に仕留めるために。
「地の神、マウティス・イグニス・クティグアニ・ヤグアシトゥーサの御名のもとに集いし精霊よ、その力を我に寄与し賜らん——“乱れ咲け、罪花”!」
黄土色の光に包まれて芽吹いた大樹のような人喰い花が、囚われの執事に牙を剥く——!
と、思われたが。
「なるほど。お嬢様の実力はよくわかりました」
その途端、とんでもない突風が吹き抜けた。
「っ! な、なに……って、え⁉︎」
顔を覆った一瞬。
その手を下ろすと、見えたのは。
「な……なんであんた抜け出してんのよ〜〜〜〜〜!!!????」
囚われていたはずの竜巻は消えて。
絡んでいたはずの蔦は切れて。
倒れた人喰い花の上に腰掛ける執事だった。
次回投稿は明日の7時前後を予定しています。






