第二話 執事はご挨拶いたします
「おやお嬢様。言葉が乱れていらっしゃいます」
「誰のせいだと思ってんのよこのエセ執事!」
「執事だとお認め頂き誠にありがとうございます」
「辞書も読んだことないおつむならそりゃ空気も読めないわよねっ!」
「もうよい。セバスチャン、娘を連れて退出しなさい」
「は⁉ お父様ふざけてま……」
「はいはい。お嬢様はお仕事の邪魔にならないようにお外へ出ましょうね~」
「わっちょっと! 押さないでばかばかっ!」
そんな必死の抵抗もむなしく。父の命令により彼に子供をあやすように背を押され、執務室を追い出されたのだった。
ばたんと閉まる扉。
あわててそれに手を伸ばしたが。
その前にはにっこりとほほ笑む執事。
まるで扉の番人にでもなったかのようなその態度に、これでもかと怨念や苛立ちを視線にこめて睨む。が、彼は素知らぬ様子で口を開き恭しくお辞儀をした。
「改めましてご挨拶いたします。私の名はセバスチャン・田中——まぁ本名ではありませんが」
「はぁ~~~~~~!!??? あんたまだ嘘ついてたの!!?」
蝶よ花よとしとやかになるようお嬢様であっても、さすがにこれにはおしとやかとはいいがたいくらいに分かりやすく激怒した。まぁ、おしとやかだったことはないのだが。
「ふっざけんじゃないわよこのボンクラ! ホラ吹きもいい加減にしなさい‼ 通りでふざけた名前だと思ったわ! 特に苗字‼」
「おっと? 今のは全国の田中さんを敵に回す発言です。百姓一揆が起こりますよ」
「誰よタナカって! しかもタナカって百姓なわけ⁉ 貴族でもないじゃないの!」
「米を愛し米に愛された由緒正しき米愛の名前です」
「うちはパンしか認めないわ!」
「おぉっと、こーれは戦争の予感。いえパンも素晴らしいですけれどもね。けれどもここは日本人の心を忘れない身としては米は捨てがたく……」
「ていうか、どーでもいいのよそんなことはっ!」
ぶんっと腕を振って、スカートにたたきつけると演技派執事は「あなおそろしや」と怯えたように構えた。
「からかうのもいい加減になさい! あんたの名前はなんなのよ⁉」
「あぁ失礼。ただしくは改名と申しましょうか——どうも世界線を超えるときに、いくらか記憶が欠落してしまったようでして。今の名前はセバスチャン・田中でございます」
「ウソね! 誰があんたの言葉なんて信じるとでも⁉ 耄碌したお父様に変わって私が絶対追い出してやる!」
「おやおや。お父様に怒られてしまわれますよ」
「いつものことよ!」
「それはそれで返しとしてどうなんでしょうか。お話に聞いた通りのおてんばお嬢様ですね」
やれやれと頭を振りながら肩を上げる姿は、まるで劇の中の人物のように現実味がない。なのに、いやだからこそか、目を引き付けられる気がしてセルフォニアの眉間のしわが深くなる。
「うーん、本当なんですけれどねぇ……? どうしたら信じてもらえるんでしょうか?」
眉を下げ口元に指を添えて心底困ったとでも言いたげな顔をするが、どう考えても全く困ってない余裕が感じられる。まるで道化のようでつかみどころがない。
なんか、とにかく、胡散臭いっ‼
数分たって出た結果は、結局最初に感じたものと相違なく。そう思うともう何もかもが目の敵のように見え、目の前のシワもホコリもない執事服すら憎々しく思えてくる。
「とにかく、この名前には『完璧な執事になりたい』という一途な思いが込められており……」
「……あんたさっきハンターやってたとか言ってなかった?」
「なんと! よく覚えていらっしゃいましたね! 私感激でございます!」
「数十秒前のこと忘れるわけないでしょ⁉ ただでさえあんた存在感しかないのに!」
「わぁ~お褒めいただき恐悦至極です!」
「褒めてないほめてない! いちいちその安っぽい感動いらないのよ!」
肩で息をしながらまくしたてると、「おぉ~お嬢様はツッコミ上手ですねぇ。芸人になれます」とのんきに言いながら、やたら廊下に響く拍手をされた。
まったくやってらんないわ!
なんなのよこいつ!
あとなんか今バカにしなかった⁉
も―決めた! こうなったら実力で打ちのめして追い出してやるんだから!
決心した彼女はキッと眉間に力を込めて。目の前で柔和な笑みを浮かべこっちらを見つめる執事もどきに向かって、できるだけ恨みを込めて吐き出すように投げ捨てた。
「どうやってお父様に取り入ったか知らないけど、異物は排除してやるんだから——勝負よっ!」
おまけに人差し指を銃口のように突き付けてやると、自称執事はぱちくりとその切れ長の目を瞬いた。