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第一話 執事は異世界産でございます

 おかしい。

 おかしいわよ。

 得体のしれない者がうちに入るなんて!


 彼女は困惑していた。しかしその足は確実に、父の書斎へと歩を進め急いている。わき目もふらずズンズンと廊下を進む様に、メイドたちが潮を引くように避けこちらを見てコソコソと噂する。


 あんなとこでサボって気に食わないわね。

 あとで叱り飛ばしてやるんだから。

 でも今は、それよりも!


 はやる気持ちを止められない少女は、長くカールした青紫の髪を邪魔そうに払い、ノックもないまま勢いよく扉を開いた。



「お父様! あの噂はどういうことですのっ⁉」



 開け放った先に見えたのは、ふたつの人影。ひとつはきらびやかで重厚なこの部屋の調度品をあくまで引き立て役へ変えてしまう、立派なひげを蓄えた一際オーラを放つこの部屋の主である父の姿。


 そして、もうひとつは——。



「……噂は本当でしたのね。こんなどこの馬とも知れない男を、由緒正しいイリーズ伯爵家の執事に引き入れるなんて!」



 青紫髪の少女が指さした先には、黒い燕尾服の男。ワックスで整えられた黒髪はカラスの羽のようにつややで不吉そのもの。胡散臭いモノクルの奥の切れ長の瞳は狐のように狡猾さを思わせる。


 おまけに、そのたたずまい。

 上手く言えないが、只者ではなさそうな。

 異質ともいえる違和感があった。



「しかも黒髪……黒髪は闇魔法の象徴じゃありませんか! お父様だってご存じでしょう⁉」



 闇魔法は危険。闇使いはおそろしい。

 少女はそう聞いて育ってきた。

 いや、この国のものなら誰もがそうだ。


 特に髪にその魔力がにじみ出る者には気をつけろと——誰もが口にはせずに守ってきた決まりごと。それをあろうことか、厳格な父が破ろうとしていることに少女は驚愕した。


 差した指先をわななかせる娘を一瞥した父は、ゆっくりと口を開いた。



「セルフォニア」

「な、なんですの……」

「お前の言いたいことはわかる。だがこの男は異世界から来たらしい」

「……はぁ?」



 今しがた聞いた言葉が、耳から抜けていく。

 ため息のように気の抜けた声が漏れた。


「お、お父様がそのようにおとぎばなしのようなご冗談をおっしゃるなんて……」

「そんな子供だましの話ではない。お前は私の話が信じられないと申すか」

「い、いえ……」



 正直信じられませんけれどね!



 そうは言えないセルフォニアは、ただ口ごもるしかできない。父の言うことは絶対。これもまた、イリーズ伯爵家では不文律ともいえる決まり事だった。


「仕事柄様々な品物、様々な人間を見てきたが……こいつは本物だ。セバスチャン、これはうちで手を焼いている娘のセルフォニアだ。おまえも挨拶しなさい」

「承知いたしました、ご主人様」


 父に向ってうやうやしく頭を下げた男が、胡散臭い笑みを彼女へ浮かべて口を開く。




「初めまして、お嬢様。わたくしは異世界の日本(ニホン)という国から参りました——セバスチャン・田中と申します」




 なにその変な名前っ⁉

 しかもなんでお辞儀だけはきれいなのよ!

 名前はふざけてるくせに!



 しかし父の手前、そんなことは口には出せず——頭から爪の先まで忙しなく視線を往復させる彼女に向って、セバスチャン・田中と名乗る男は最上級に胡散臭い笑顔を送る。


 その笑顔に反比例するようにセルフォニアはゴミでも見分するように顔をゆがめて、彼の頭の先から足の先を何度も眺め腕を組んだ。



「あなた、執事の経験があるというの?」

「さぁ、どうでしょう?」

「お父様!」



 こいつ、私のことナメてますわ!!!!



 彼女の抗議の表情を受け止めた父は、つまらなさそうに瞬きをして静かに述べた。


「前職は冒険者だそうだ。そうであろう?」

「左様でございます」

「いや私にもそう答えなさいよ⁉」

「申し訳ございません。なにぶん、人見知りなもので」

「人見知りが執事を仕事に選ぶわけないでしょっ!」


 ふざけてる、ふざけてるわ!

 こーんなヤツが執事ですって⁉

 つとまるわけないじゃないのっ‼


 ふつふつと燃える怒りは、鋭い視線と言葉となって牙をむく。


「身分も経験もないなんて論外だわ! なにかやらかす前に身を引きなさいよ! 冒険者だったのならリスク管理くらいはできるでしょう⁉」

「セルフォニア様、私は——」

「名前呼んでいいなんて言ってないわ!」

「おぉ……これはこれは。いつぞやに倒したドラゴンよりも火を吹いていらっしゃる」

「あなたの口はホラしか吹けないみたいだけどね!」

「これは手を焼かれそうですね」

「うまいこと言ったとでも思ってるの⁉ やけどで済むと思わないことね!」


 少しの沈黙に聞きなれた深いため息が聞こえ、セルフォニアは身を固くする。


「この父の決定を不服と申すか」

「……っ」

「よいかセルフォニア」


 揺るがぬ父の眼光は、動くことさえできないほど険しく彼女を突き刺す。


「これはお前のためでもあるのだぞ。女のお前がこの家督を継ぎたいと思うのなら、知識を増やし見聞を広め敵から身を守らねばならない。今のお前に、ひとつでもできるか?」

「そんなの、努力すれば……!」

「即答できぬ時点でお前は口先だけの小娘だ」


 彼女はむっとしたものの、思い当たる点があるのか少しうつむいて視線を外した。その様子も見ていた執事は「ふむ」と呟いた。


「まぁそうですね。気合と根性でどうにかなるターンは終わりましたから。しっかりエビデンスを提示しなければクライアントのご要望にはお答えできませんし」

「んえ?」

「私がお嬢様のお傍にいれば革新的なソリューションを確実にお届けでき、タスクを見える化することも可能です。さらには……」

「は……なんの呪文?」


 聞いたことない言葉ばっかり!

 なにいってんのこいつ⁉

 ぺらぺらしゃべりだしたわ!


 父のオーラとはまた違う圧倒的な何かを前に、彼女はただ目をむいて呆けるしかなかった。その様子に彼は小首をかしげた。


「おっと失礼いたしました、伝わりませんでしたか。魔法なんて高尚なものではなく——大変申し訳ありませんが私、魔法が使えないんですよ。なにせ異世界産なものですから」

「…………異世界人って、魔法使えないの?」

「どうなんでしょう? 少なくとも、私は使えないですね。なにぶん同胞に一度も邂逅したことがないので、一概には言えませんが……」


 そう言って手をひらひらさせるのを目にし、ハッと意識を取り戻す。



「お父様! やっぱりこいつ役立たずじゃないですのっ‼」

「いえいえ、それほどでもございませんよ?」

「どこで謙遜してんのっ⁉」



 しかも笑顔! 胡散臭すぎる!

 お父様ダマされてますわっ!

 私がちゃんとクビにしないと‼


 しかしそんなことを決意したセルフォニアとは裏腹に、厳粛な父は重く告げる。




「今日からセバスチャンをお前につける。いい関係を築くのだぞ」

「は……はぁ~~~~!!???」




 突きつけられた要望に、彼女史上最大の大声がでた。

とりあえず3話まで読んでいただけたら雰囲気がつかめると思いますのでなにとぞ……。(雰囲気分かるように今日中にあげます)

2話目は21時30分前後にUP予定です。

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