第二王子殿下、わたくしと白い結婚をした夫になりきってお話されていますが、その変なナイトキャップは魔道具ではないようでしてよ?
「イザベル・トロフ子爵令嬢、私が愛しているのは平民のマリーだ。君ではない」
なんで唐突に、第二王子殿下の愛している相手を教えられなければならないのだろう?
第二王子殿下は、わたくしの夫でもないし、恋人でもない。
ここはわたくしが嫁いだクスバリュー侯爵家の館にある、わたくしの部屋だ。
どうしてこんな屋根裏部屋に第二王子殿下がいらしているのか、そこからして、まったくわからない。
わたくしはもうイザベル・トロフではなく、イザベル・クスバリューよ。
この方は、なんで結婚前の姓と身分で呼びかけてきているのかしら?
だいたい、マリーが好きなら、わたくしではなく、わたくしの夫であるローランに言えばいいのよ。マリーはわたくしの夫の愛人なのですもの。
ローランならば気の毒なマリーと一緒に、ネルギー公爵とプルラ公爵による二回目の決闘を見物しに行ったわよ。
噂によると前回の決闘では、三人目の参加者だったクエンソート公爵が唱えた雷魔法が暴走したのよね。雷がお城の北の尖塔を直撃して、死人が出るところだったと聞いたわ。
今回は、クエンソート公爵は領地で謹慎していて不参加だったはず。
ネルギー公爵とプルラ公爵は魔法が使えないので、レイピアを使って戦うらしい。
ローランが嫌がるマリーに「前回のような事故は起きないはずだよ。安心して一緒に行こう」なんて笑いかけていたわ。
おそらく魔道具の使用は禁止されているわね。『必ずクリティカルヒットが出る手袋』や『相手の動きを見切れる眼鏡』ならまだ良いかもしれないけれど、『掲げると雷が落とせる杖』などを持ち出されたら、前回と同様の事故が起きる可能性が出てきてしまいますもの。
「おい、イザベル、聞いているのか!? 私はマリーが元娼婦であっても、お前よりマリーの方が好きなのだ!」
この第二王子殿下の怒鳴り方、ローランにそっくりだわ。
どういうこと? 第二王子殿下はなぜ、わたくしの部屋で夫のモノマネを始めたの?
この方は、このフィズス王国の第二王子であられるフレデリック・フィズス殿下よね?
王妃殿下から受け継いだ黒髪と青い瞳は、この国ではとても珍しいものだ。
鍛え抜かれた肉体を濃紺の騎士服で包んだ、こんな長身の美丈夫が他にいるかしら?
この国の騎士団長も務めておられる、フレデリック殿下にしか見えないわ。
半年ほど前、この国は隣のザードマ王国に攻め込まれ、王都の兵士たちも辺境で防衛の任務に当たることになった。
騎士団長でもあるフレデリック殿下は、出征する兵士たちに向かってひざまずき、騎士団長まで務めていながら共に行けないことを詫びられた。
フレデリック殿下は王位継承権第二位であるため、騎士団長までは許されても、辺境の前線行きは許してもらえなかったのだろう。
平民がほとんどの兵士たちに向かって、首を垂れたフレデリック殿下の高潔なお姿は、王都の人々の心を打った。
その時のお姿は絵画として大聖堂にも飾られて、王都の民たちから『第二王子フレデリック殿下を知らない者は、この王都にはいないのではないか』とさえ言われていた。
「ええと、あの……?」
あの高潔なフレデリック殿下が、わたくしの部屋でローランのモノマネをするなんて、そんなことってあるかしら?
もしかして、この方はローランが寄越した旅芸人?
旅のモノマネ芸人の方が、まだわかるわ。
フレデリック殿下がいきなり来てモノマネを始めた、なんて、わけがわからなすぎるもの。
ローランはフレデリック殿下そっくりな旅芸人に自分のモノマネなんてさせて、どうしようというのだろう?
わたくしは幼い頃、たった一回だけフレデリック殿下と会ったことがあった。
お城を抜け出してこられたフレデリック殿下が、わたくしの実家の庭に迷い込んだことがあったのだ。
あの時、わたくしは花冠を作っていた。
「お花の冠ができたところなの。かぶらせてあげるわ」
わたくしは使用人の子供が来たのだと思って、フレデリック殿下に自信作だった花冠を貸してあげようとした。
「そんな女のかぶる冠などいらぬ! 私は本物の王子だ! 城に帰ったら本物の冠があるからな!」
フレデリック殿下は口ではわたくしの花冠を拒否しながら、わたくしの手から花冠を受け取って、わたくしにかぶらせてくれた。
「こっ、こういう、お花の冠はっ、お前のような令嬢にこそ、似合う」
顔を真っ赤にしたフレデリック殿下は、「城に帰る」と言い残して来た道を戻っていかれた。
わたくしが胸の奥にしまっておいた、大切な思い出だ。
ローランはどこで、わたくしとフレデリック殿下が会ったことがあるということを知ったのだろう?
「君を愛するつもりはない。初夜の寝室で言ったはずだ」
はい、聞きました。夫となったローランが言っていました。
それをなんでフレデリック殿下のモノマネ芸人から聞かされているのだろう? 腹立たしいわ。
わたくしは旅芸人の、フレデリック殿下によく似た端正な顔に目をやる。その顔の上には、目のマークが散りばめられた黒いナイトキャップが載っていた。
「この私が子爵令嬢などと結婚してやったのだ。金持ちなお前の実家に行って、もっと援助をもぎ取ってこい」
ああ、言われた言われた、それ。言っていたわ。
何度聞いても腹立たしい。どんどん怒りが増してくるわ。
ものすごく腹立たしいことは腹立たしいのだけれど、変なナイトキャップが気になって、旅芸人の話にあまり集中できない。
フレデリック殿下のふりをするのに、変なナイトキャップが必要なの? いらなくない?
「ああ、お前は継母と妹たちに冷遇されていたのだったな。援助など望むべくもないか。ハハハハハ」
笑いがすごく乾いている。セリフは上手だけど、嘲笑は不得意みたいね。
これって、笑ってさしあげたらいいの?
わたくしにどうしろと?
最近のフレデリック殿下は、こんな変なナイトキャップをかぶっているのかしら?
それとも、騎士団に導入された魔道具で、騎士団の全員がかぶることになったのを、わたくしが知らないだけ?
どこの商会が、どこからこの魔道具を輸入したのかしら?
最近、王太子妃殿下となられた方が、サンロレー魔法王国の王女だったわね。王太子妃殿下が間に入って輸入したのかしら?
「お前の食事は俺とマリーの残飯のはずだが、そんなに太るなど、よほど口にあっているようだな」
こいつ、本当に腹立たしいわ!
変なナイトキャップに怒りを削がれていなかったら、殴りかかりそうなほどよ。
まさかあの変なナイトキャップには、『相手の戦意を削ぐ』という効果が付与されているの? それなら騎士団に導入されるのも……、ちょっとわからないわ。もうちょっと見た目を改良させたらどうなの?
わたくしが輸入するなら、絶対にもっと見た目を良くさせるわ。
となると、やっぱり王太子妃殿下が輸入した可能性が高いわね。あんな妙な見た目でも騎士団に買ってもらえるなんて、普通のルートとは考えられないもの。
変な旅芸人が来た上に、わたくしの商売まで危ういなんて……! 今日はなんという日なのかしら!?
こんな旅芸人の相手なんてしている場合ではないわ!
銀のネジ巻き商会に行って従業員を招集し、王太子妃殿下が輸入に乗り出したかもしれない件について調べさせなければ。
「そんなに美しく着飾ったところで、この私の気を引くことなどできないぞ。そろそろ身の程をわきまえたらどうだ」
なに言ってるのよ!? 気を引きたいわけないじゃない!
こっちだって、親同士が決めた相手に嫁がないといけないから、仕方なく嫁いだに決まってるでしょ!
過去にローランが言った侮辱をまとめて聞かされるなんて!
わたくしは旅芸人の前で震えだした。これはローランの嫌がらせに違いない。
「商売などしているなんて、マリーより君の方がよほど平民のようだ。君のような卑しい考えの女は、このクスバリュー侯爵家にはふさわしくない」
あなたが卑しいと蔑むその商売によって、わたくしの実家もなんとか持ち直したし、このクスバリュー侯爵家も今なんとかやっていけているのよ?
わたくしはまだ子爵令嬢だった頃、乳母だったスージーと、その夫のジュールの力を借りて、銀のネジ巻き商会を立ち上げた。サンロレー魔法王国の魔道具の輸入と販売を行うことにしたのだ。
わたくしの乳母だったスージーは、夫がたまたまサンロレー魔法王国の出身だったため、サンロレー魔法王国の言葉がしゃべれた。
わたくしもスージーに習ったので、サンロレー魔法王国の言葉が話せる。そのおかげで、わたくしは今日まで、なんとかやってこられたのだ。
わたくしは領地経営だけでは、実家を立て直せなかった。
お父様は『新しいお母様』の若さと美貌に夢中で、お金のことなんて使用人にすっかり任せてしまっていたの。
ああ、お父様、どれだけのお金を使用人たちに盗まれていたと思う!? とんでもない金額だったわよ!
手癖の悪い使用人を解雇して、新しい使用人の面接をして、雇って、大変だったのよ!
「サンロレー魔法王国から王女が嫁いで来るらしいぞ。国単位での輸入が始まるだろうよ。ハハハハハ、お前の卑しい商売も終わりだな!」
旅芸人、あなたがローランから得る賃金も、その『卑しい商売』で稼いだ中から支払われているのですわよ!?
ローランもマリーに夢中で、お父様と同じように使用人にお金を盗まれていた。
わたくしは実家の時と同じように使用人を雇い直し、このクスバリュー侯爵家の帳簿を毎月毎月、確認した。
そういえば、継母と妹たちが、わたくしにお金を借りに来たことがあったわね。
『この家では、自由になるお金なんてありませんわ』
と泣き真似をして追い返したわ。
お父様がここに怒鳴り込んできたこともあったわね。
『イザベル、お前が勝手なことばかりしたから、私では領地のことがわからなくなっているではないか! 離婚して帰って来て、領地をなんとかしろ!』
とかなんとか、喚き散らしていたわね。
『そんなに簡単に離婚なんてできませんわ……』
と答えたら、お父様は顔を真っ赤にして、ぶるぶる震えながら帰っていった。
継母と妹たちも、お父様も、あれから来ないけれど、どうしているのかしら? きっと自力でなんとかしたのよね。
今になって、わたくしに頼ろうなんて、もう遅いですわよ。
「平民の真似が得意なようだな。これからは平民らしく、自分で掃除も洗濯もするといい」
口調こそローランに似ているけれど、この旅芸人、まったく動かない。
モノマネ芸人って、身振り手振りの真似は不要なのかしら? 旅芸人のことは、噂で聞いたことはあるけれど、実際に見るのは初めてだからわからないわ。こういうものなの?
セリフを言うたびに、旅芸人の表情が険しくなっていっているように見えるのも気になるわ。うれしそうにして欲しいわけではないけれど、不快感をそんなに前面に出して良いものなのだろうか。
ローランが探してくるような旅芸人ですもの。あまり芸が上手ではないのかもしれないわね。この程度でありながら、支払われる銀貨の枚数だけは、一流芸人並みなのでしょうね。
「君とは離婚だ!」
これは言われたことがなかった。
「ええっ!?」
わたくしは驚きのあまり、声を上げてしまった。
「いや、離婚するだろう!?」
旅芸人が確認してくる。
ついにマリーを養女に迎えてくれる、侯爵家と釣り合う家を探し出せたの!?
『奥様、ローラン様をなんとかしてください! あたしみたいな元娼婦に侯爵夫人は無理です! やっと娼館を出られたんです! あたしだって、どうせ結婚しなきゃならないのなら、身分の釣り合う平民と気楽に暮らしていきたいです!』
マリーは泣きながら、わたくしに訴えてきた。
「まさか、マリーと結婚するつもりなの!?」
マリーはローランに嫌がられようとして、ずっと下品な元娼婦らしく振る舞っていた。ローランが教育係を付けても、絶対に勉強しないようにしていた。
「それは、まあ、マリーと結婚することになるだろうな」
わたくしはローランと離婚できたら助かるけれど、今度はマリーがかわいそうなことになってしまうわ!
わたくしはローランがいない時、マリーに館のメイドや侍女の仕事を教えていた。
わたくしが離婚する時には、マリーを侍女として連れていくつもりだったのよ!
「マリーは渡さないわ! ローランにそう伝えてちょうだい! いいえ、いいわ。わたくしが直接、言いに行くわ!」
わたくしは屋根裏部屋の扉を塞ぐようにして立っている旅芸人に近寄った。
旅芸人は驚いた顔をして、わたくしを見下ろしていた。
「ローランに伝えろ、というのは……?」
「え……?」
ローランに雇われたわけではないということ?
「お父様か、お継母様と妹たちに雇われたの?」
「……雇われたとは?」
まさかこの旅芸人は、自発的にモノマネをするため、ここに来たとでも言うのだろうか?
……自発的に?
わたくしは旅芸人がかぶっている、変なナイトキャップに目をやった。
「あの……、フレデリック殿下……ですわよね……? どうやら、その変なナイトキャップは魔道具ではないようですわ」
わたくしは胸の前で、震える指を組んだ。
自分で言っておいて、信じられない。
まさか、フレデリック殿下がわたくしの夫のふりをしていたなんて、そんなことが本当にあるだろうか?
「なっ!? なんだとっ!」
フレデリック殿下は、すごい勢いで変なナイトキャップを頭からむしり取った。
真っ赤な顔をしたフレデリック殿下は、ナイトキャップを畳んで騎士服のポケットにしまった。
フレデリック殿下は、どうやら穏やかな方に育ったようだわ。怒りに任せてナイトキャップを破いたり、床に投げつけ踏みつけたりはしなかったのですもの。
「兄上、義姉上……! なんということをっ!」
どうやらフレデリック殿下は、王太子殿下と王太子妃殿下に騙されたようね。
おそらく『念じた相手の姿に変身できる』あたりが付与された魔道具だと言われたのだろう。
わたくしは相手が旅のモノマネ芸人などではないことを確信すると、その場でひざまずいた。
「イザベル嬢、やめてくれ! 困る!」
フレデリック殿下は慌てて、わたくしの腕を支えて立たせてくれた。
「このように押しかけてきて、すまなかった」
「えっ、いえ、そんな……」
わたくしは曖昧な笑みを浮かべた。
フレデリック殿下はなにかの魔道具か、あるいは魔法を使って、ローランのわたくしに対する仕打ちを調べたのだろう。
……初夜の寝室の様子までって、それはちょっとやりすぎですわよね。
「君がクスバリュー侯爵家で冷遇されていると知ったのだ」
「王家にまで、そんな噂が届くなんて……」
「いや、噂ではなくてだな。うん、まあ、噂のようなものだが。とにかく知ったのだ」
誰になにを聞いて、ローランの言葉をあんなに詳しく知ったのかしら……?
マリー? マリーなら初夜の寝室でなにがあったのかまで、ローランから聞いただろうけれど、あの子はそんなことを言いふらすような子じゃないわ。
「自動筆記で質問に答えてくれるペンを使ったのだ。君の結婚生活について記述させたところ、初夜の寝室で『君を愛することはない』と言われたなどと書き始めたのだ」
わたくしは自分が輸入した品によって、このような事態に陥ったのね……。
一回使うと壊れる『知恵の泉の羽根ペン』は、王宮や貴族の館で働く事務官たちがまとめ買いしていく人気商品だった。
今は問い合わせの手紙の下書きを作らせる用途で使われている品だけれど、個人の結婚生活について質問しても、こんなに詳しく答えてくれるのね。
現行品の『知恵の泉の羽根ペン』は問題が起きる前に発売禁止にして、回答内容に制限をかけた品を改めて輸入するようにしないといけないわ。
「義姉上が『再現魔法』でクスバリュー侯爵の言葉をしゃべってくれた。義姉上の無表情な美しい顔から、あの男の恐ろしい罵り声が発せられるのは、私にとって凄まじい恐怖体験だった」
わたくしは王太子妃殿下のお顔はよく知らないけれど、美人がローランの声で罵り始めたら、それは恐ろしいだろう。
それにしても、王家の方々は、いったいなにをしておられるのかしら……。
部屋の外でローランが叫んでいるような声がした。
複数の足音が、この屋根裏部屋に近づいてくる。
「あの、フレデリック殿下、なんとなく、だいたい、わかりましたので、ひざまずいてください」
わたくしが頼むと、フレデリック殿下はすぐに、わたくしの前でひざまずいてくれた。
すぐに部屋の扉が開けられて、ローランとマリーと執事が入ってきた。
わたくしはフレデリック殿下に右手をさし出した。フレデリック殿下はすぐに、わたくしの手をとった。
「イザベル、いったいなにをしている……!? そちらは、フレデリック殿下……!?」
ローランはわたくしとフレデリック殿下を見比べた。
わたくしはローランに笑いかけた。
「ローラン様、王家の方々は、あなたのわたくしに対する仕打ちを、すべてご存知なのですって」
「なぜ!? なぜ王家が乗り出してくるのだ!? おかしいだろう! 王家がお前のようなただの子爵家の娘に注意を払うなどっ! 我が家とて、王家に監視されるような名家ではないぞ!」
それはわたくしも抱いた疑問だった。
わたくしはもう、答えがなんとなくわかっておりますけれど。
「それはこの私、フレデリック・フィズスが、イザベル嬢を愛しているからだ! クスバリュー侯爵、イザベル嬢との白い結婚は解消してもらうぞ!」
フレデリック殿下は強く言うと、わたくしを見上げた。
わたくしは自分の全身が熱くなるのを感じた。
「イザベルとの白い結婚の解消……。わかりました。この後、すぐ大聖堂に行きます……」
ローランは力なく了承した。力ないのは、王家に嫌われたクスバリュー一族が心配なのだろう。
「イザベル嬢、白い結婚を解消した後、どうか我が妻となってほしい」
フレデリック殿下はわたくしに笑いかけた。
わたくしは「はい」と答えて、小さくうなずいた。
フレデリック殿下は、わたくしの指先にそっと口づけてくださった。
フレデリック殿下は立ち上がると、ローランを冷ややかに見下ろした。
「ネルギー公爵とプルラ公爵の決闘はどうなった?」
「プルラ公爵が勝ちました」
ローランは小さな声で答えた。
「では、イザベル嬢はプルラ公爵家の養女として、我が元に嫁いでくるのだな」
「あの決闘って、そういうことだったの!」
マリーが声を上げてから、慌てて口を押えた。
わたくしがマリーに目配せすると、マリーはすぐにわたくしの元にやって来た。
「フレデリック殿下、わたくしの侍女のマリーです。一緒に連れていってかまいませんわよね?」
「もちろんだ」
フレデリック殿下は大きくうなずいた。
わたくしはマリーを抱きしめた。
マリーもわたくしを抱きしめ返してくれた。
「マリー!? どういうことなのだ、マリー!」
「あたしには侯爵夫人なんて無理です」
「しっかり学べば、なんとかなる!」
そういう問題ではないのに、それすらもローランにはわからないみたいね。
ローランは、マリーを愛していると言いながら、マリーの本当の気持ちを知らない。
わたくしがマリーを放すと、マリーはまっすぐにローランをにらみつけた。
「今だって、どこに行ったって、元娼婦で平民の出って笑われているじゃないですか! でも、ローラン様は、あたしを庇ってくれたことなんてないでしょう!」
「お前が元娼婦で平民の出なことは、事実ではないか! どうしろと言うだ!」
愚かなローラン。元娼婦で平民の出だったとしても、マリーにだって自尊心くらいあるのよ。
それがわからないから、あなたは侯爵でありながら、マリーに捨てられるのよ。
「奥様はあたしがここの使用人たちに、元娼婦って馬鹿にされてたら、怒ってくれましたよ。あたしは奥様についていきます!」
その使用人たちは、わたくしが女主人として解雇した。出自や身分などがどうであれ、マリーはこの屋敷の主人が連れてきた客人だったのだ。無礼な態度をとって許されるわけがない。
「話は済んだようだな。では、行こうか」
フレデリック殿下がわたくしに片腕を差し出してくれた。
わたくしはフレデリック殿下にエスコートされ、マリーに付き添われて、屋根裏部屋を後にした。
フレデリック殿下、わたくしも花冠をかぶせていただいた日から、ずっとお慕いしておりました。
こうして迎えに来ていただけて、わたくしはこの世で一番、幸せです。
あの変なナイトキャップも、なかなかお似合いでしたわよ。