第8章:過去の影と新たな絆
二〇二五年四月八日 午後零時一五分、石川県珠洲市・鰡岬地下。地震で崩れた洞窟の底に、半円形の石室が露になっていた。天井に走る亀裂から光が差し込み、中央の祭壇を照らす。その祭壇こそ〈希望と空席〉──空席は欠けた石板、希望はそこへ収まる黄金プレートを意味する。
プレートの代わりに、例の黒火刻印がはめ込まれていた。周囲では黒幕の配下が石室壁面に呪文字を刻み、新たな蔦を培養している。
朋美たちは天井穴からロープで降下し、不意を突いた。龍也が二歩で間合いを詰め、呪文字を刻む男の首に切っ先を突き付ける。
「動くな。刻印を外せ」
男は嘲笑い、呪文字を血で上書きした。石室全体が揺れ、黒蔦が壁から噴き出す。里帆が低音のカデンツァを歌い、圭太の振動が壁面を割る。蔦は成長を止め、男は崩れた岩にのまれた。
祭壇前、黒幕が現れる。背中に新たな刺青──巨大な蔦の樹──を浮かび上がらせ、静かに両掌を重ねる。
「空席を蔦で満たせば、禁書は完全だ。お前たちはここで終わる」
黒幕が両掌を開くと、蔦の根が祭壇下から噴出し、朋美へ伸びる。圭太が金片で高速ビートを刻み、蔦の成長サイクルを乱すが、数が多すぎる。
朋美が刺青を最大解放し、魔力を己の循環から引き抜く形で〈フルブライト・サークル〉を展開。光輪が蔦を切り払い、黒幕へ迫る。しかし黒幕は祭壇の空席に指を差し込み、自身の心臓の鼓動を刻印に変えて押し込んだ。
空席が赤黒く輝き、洞窟全体が共振する。
「圭太、下がって!」
朋美の叫びの直後、圭太は里帆を庇うように前へ出た。洞窟天井から落ちた石塊が彼の背を直撃し、圭太は地面に倒れ込む。
里帆が駆け寄り、震える声で名を呼ぶ。圭太は微笑を浮かべ、砕けた金片を姉に握らせた。
「リズムは……任せた」
次の瞬間、蔦に絡まれた空席が炸裂。黒幕は爆煙に紛れ撤退し、石室の天井が完全に崩落した。
午後三時、洞窟出口の海岸。白波が砕ける岩場で、里帆は弟を抱えたまま動かない。圭太の胸は静かで、血に染まった金片だけが彼の鼓動の名残を響かせていた。
「圭太……」
朋美は言葉を失い、代わりに石室から持ち出した白銀の薔薇を里帆の手にそっと挟む。薔薇は淡い光を放ち、金片に寄り添うように輝いた。