第7章:死と乙女の旋律
二〇二五年三月二九日 午前四時〇二分、長野県北安曇郡の標高一九〇〇メートル地点。月明かりを反射して樹氷が銀の回廊を成す「白銀の森」に、朋美たちは足を踏み入れた。この森には〈死と乙女〉と呼ばれる精霊の残響が棲む──それが黒幕の次の拠点だと、夢みがちな鸚鵡さんが残した手紙は示していた。
進路を阻むのは氷結した深根ツタ。光を吸い込む黒い蔦が雪面から伸び、足首を絡め取る。龍也が刀で切り払おうとするが、蔦は瞬時に再生する。
「圭太、リズムじゃなく振動で切断を狙って」
朋美の指示に、圭太は膝をつき、砕けたメトロノームの金属片を握り込む。指先で一定の角度に曲げ、雪面を叩き始めた。微細なビートが蔦の繊維を震わせ、再生速度を落とす。その隙に龍也が風を切り、蔦は粉雪をまき散らして崩れた。
森の奥、氷柱の間の開けた円形広場に、白いドレスの幻────乙女──が佇んでいた。長い黒髪と閉じた瞼。周囲を取り巻く霊圧が一瞬で耳を聾する。
「これは守護者。攻撃ではなく調律で応答を」
里帆が深呼吸し、高音域のレガートで祈りの歌を紡ぐ。圭太が胸元で金片を振動させ、リズムを乗せる。乙女の瞼がゆっくり開き、金色の瞳に涙が溜まった。
「……罪、返して」
囁くような声とともに、乙女の胸から黒幕の刻印が浮上した。
朋美は刺青を展開。白いルーンが半径十メートルの魔方陣へ投影される。乙女の体から刻印を引き剥がすと、刻印は雪面で燃えるような黒火に変じた。
龍也が刀で斜めに薙ぎ、刻印の核を撃ち裂く。黒火は一閃で霧散し、乙女は胸に手を当てて微笑んだ。
「ありがとう。罪は森から去った。……けれど黒幕はまだ北を目指している」
乙女は雪の粒子となり、夜空へ舞い上がった。代わりに足元に一輪の白銀の薔薇が残る。その花弁に刻まれた座標は──能登半島奥地、〈希望と空席〉遺跡──。