第2章:罪の記録
同日二二時五五分、西東京市・青葉台アパート三一二号室。暗い玄関を抜けると、畳六畳の居間中央に朱の円が描かれ、円周上に淡黄色の小型ランプが四十八個並んでいた。宝船式召喚陣である。
円の中心に座る青年──絵里香の兄・佐守光平(二七歳)──の体表には、墨書きのような「罪」の一文字が絶えず浮沈している。
「光平! 意識はある?」
朋美の声に光平は蒼白の顔を上げ、掠れ声で答えた。
「記録が……僕を飲み込む。早く逃げろ……」
背後の柱時計が二三時を打つと同時に、陣のランプが一斉に濁った紫へ変色。部屋全体が禁書の結界に成り替わった。
龍也は刀で床を裂き、結界の隙間を作ろうとしたが、刃は寸前で弾かれる。朋美は刺青に手を当て、魔術回路〈ルビーリレー〉を起動した。
「光平、あなたが犯した行動をすべて声に出して!」
「二〇二四年一一月二五日、八王子の古書店で〈罪の記録〉を拾った。二週間前、力を試すため宝船式を書いた。そして……」
「十分よ!」
朋美は光平の告白によって具現化した黒文字を掌に吸収し、信号弾のような純白の魔力へ変換。結界を覆う紫膜へ打ち込む。
驚くほど静かな破裂音。続いて、宝船式のランプがすべて白光に戻り、結界は解除された。光平の体から「罪」の文字も消え、ただの汗に置き換わる。
深夜〇時三五分、アパート前。絵里香が毛布を持って駆け付け、兄を抱き締めた。
「ありがとう、朋美。ありがとう、龍也」
朋美は小さく首を横に振り、手の中に残った銀蔦片を見つめた。
「ここからが始まり。禁書はまだ誰かの手にある。次に会うのは、歌で人形を動かす姉弟……」
光平から得た手がかり─優しい人形師・里帆と、リズム使いの圭太─の名前を胸に刻み、朋美は夜空を仰いだ。真昼の月は相変わらず白昼の強さで輝いている。